23、《15歳》ヒロインと王子、悪役令嬢の知る未来を考える①
アーヴィンの作戦は実行されたが、今、アーヴィンの目論見と違うところで思わぬ展開を見せている。
最初、王子は頭を抱えた。
――なんでこうなった……。
もちろん王子はこの話を断った。
「なぜ、私がその女子生徒にダンスを教えねばならないのですか。」
しかし、クロエの父親であるソーデライド公爵は、わざとらしく悲しげに答えた。
「娘のクロエは、ずいぶん前から平民への学びの扉を開きたいとずっと努力を続けてきたのです。それがうまく行くか行かないかが、ソフィア嬢にかかっている。だが……残念ながら彼女はダンスの単位が取れそうもない。それに平民出身ということでいじめにもあっているそうじゃないか。そこで王子、あなたですよ。あなたがソフィア嬢にダンスを教えれば、誰も平民だと蔑むことはなくなるでしょう。そして、彼女が平民出身の高官になれば、学園の門戸が広く開くことになる。そのようにクロエは考えたというのに。そうですか、王子はクロエの望みを叶えてはくれないと。そうですか、そうですか。そんな望みも叶えてもらえないような方との結婚は、クロエにとって……どうなんでしょうねえ?」
なんて脅してくる。
それでも、「これは罠だ。」と気付いている王子は言葉巧みに逃げようとしたのだが、ソーデライド公爵は王に矛先を変え、王がさっさと了承してしまったので、王子は毎日朝夕ソフィアにダンスを教えるはめになったのだ。
こうなれば、もう、さっさとソフィアにダンスをマスターしてもらって、さっさとダンス指導を終了するに限ると割り切って、王子は真剣に教えようと意気込んで来たのだが。
王子スマイルは健在だが、心までスマイルではない王子は、爽やかな顔のまま、ソフィアにダンスを教えていた。
ソフィアの方は、心の中に忠実な表情……半目の死んだ顔で踊っている。
踊ってはいるが、だいぶでたらめだ。
「一度、止まって。」
王子スマイルのまま、踊りを止めた。
「ソフィア嬢、やる気を出してくれないと私も困るんだ。」
ソフィアは正直に言った。
「帰りたい。」
それからさめざめと愚痴を言いだした。
「ダンスなんて知らないよ~。知らないんだよ~。」
「ソフィア嬢。知らないことだから、こうして習っているんだ。さあ、頑張ろう。」
王子のキラキラ笑顔でこんなこと言われたら、普通の女の子なら、やる気100倍になることだろう。
しかし、ソフィアはあまり普通の女の子ではなかった。
「踊りなんて、盆踊りしか踊ったことないよ~。」
王子は聞き間違いかと「ボンオドリ?」と繰り返した。
「ボンオドリって何?」
「こういうの。」
ソフィアはハミングで歌いながら盆踊りを踊り始めた。それも、王子がもういいと言わなかったので、一曲丸々踊った。それもたいそう楽しそうに踊るから、王子も見ていて飽きることはなかった。
踊り終わると、王子は拍手した。
「うん。すごく良かった。美しい踊りだね。それに、すごく楽しそうだった。」
「楽しいよ。これをみんなで列を成して輪になって踊るんだ。やってみる?私の後ろについてみて。」
王子が返事をしていないのに、ソフィアはもう踊り出している。王子も後ろからついて踊り出した。
「同じ動きの繰り返しなんだね。これならだれでも踊れそうだ。」
「そうだよ。子どもから年寄りまで踊れるよ。うまいとか下手とか関係なく、みんなが楽しめる踊りなんだ。」
「それはいいね。この踊りはどこのものなんだい?君の故郷の?」
「あ~。故郷と言えば故郷……?」
「どこ?」
ソフィアは少しためらった。それから王子の目を探るように見た。そして言った。
「生まれ変わりって分かる?」
「ああ、アッシュフォード聖教で教えているからね。善行を積めば、来世で良いことが起こるっていう。」
「あ、分かるなら話は早い。私、前世の記憶があるの。この踊りはその世界のものだよ。」
ソフィアはあっさりと秘密を話したし、王子の方もあっさりと受け入れた。
「ということはアッシュフォード王国じゃない国ってことかな。」
「あ~。国どころか、世界が違うんだ。自動で動く馬車とか、空飛ぶ機械とか、遠くにいても声が聞ける機械とかがある。」
「自動で動くって……そんなのこの世界のどこにもないよ。全く文明が違うようだ。」
「そう。だから、別の世界だと思うんだ。と言っても、詳しい記憶があるわけじゃないから、自分がどんな人生を歩んだとか何も覚えていないんだけどね。」
王子が少しだけ何か考えて、それから尋ねた。
「ねえ。本当に生まれ変わりがあるとしたら、例えば、この国の未来を経験してから今のアッシュフォード王国に生まれ変わるってこともあるかな?」
「時間を逆行するってこと?」
とソフィアは首をひねったが、
「そもそも生まれ変わりってのも、だいぶ不思議なことなんだから、まああるかもしれないね。」
と認めた。
「でも、なんでそう思うの?」
「クロエを見ていると、彼女は未来を知っていて、それで動いているようにしか見えないんだ。」
「ああ、それで彼女が未来を経験した生まれ変わりって思ったのか。」
王子は、「突飛な考えだよね。」と顔を赤らめた。
「いやいや。生まれ変わりなんて突飛なことを言いだしたのは私だし。でも、王子は信じてくれたね。」
「うん。それならクロエのことも理解できるから。」
王子の優しい表情を見て、ソフィアは真面目に尋ねた。
「王子は本当にクロエ様が好きなんだね。」
王子はますます顔を赤らめたが、きちんと認めた。
「うん。好きなんだ。どうしようもなく。」
「うん。見ていて分かるよ。」
「うん。だから、クロエが何をやろうとしているのか、知りたいんだ。知って、彼女を助けたい。」
王子のつぶやきは、王子の本心だとソフィアに伝わった。王子が本当にクロエを思っていることも。
とはいえ、事実は事実とばかりにソフィアは話し出した。
「うーん。彼女がやろうとしていること、ねえ。なんとなく分かるよ。……王子も本当は分かってるでしょう?」
王子はぎくっとしたけれど、それを口にしそうになかったので、ソフィアが言った。
「とりあえず、王子が私にダンスを教えるっていう話は、クロエ様のお父さんから王に進言されて実現したんだと聞いてるよ?ってことは、多分、これ、クロエ様の発案では?だとしたら、クロエ様がやろうとしていることって……。」
「やめてくれ!」
王子は遮ったけれど、ソフィアは続けた。
「クロエ様は、私と王子をくっつけたがっている、が正解じゃない?」
王子は黙ってしまった。その沈黙が物語っている……王子もそう思っているということだ。
青ざめる王子を見て、ソフィアはちょっとかわいそうになって、
「いや、王子。さっきの話、クロエ様が未来を知っていて、そのために私たちをくっつけようとしているっていうのなら、別にクロエ様が王子を嫌いって話じゃないと思うよ?」
と慰めた。
「……嫌われてたまるか。」
王子がつぶやいた。
「出会う前から憧れていたんだ。出会ってひと目で好きになった。すぐに自分のものにしたくて、でも彼女はこっちを見てくれないからもう婚約してしまえと動いたのに、婚約すら二年もかかったんだ。婚約からだって八年……もう十年も。今まではたまにしか会えなかったのに、学園では毎日会えるから、本当に嬉しくて。……浮かれてしまったのは認めるけど、それにしたって、こんな……。」
「十年か。思ったより根が深くてびっくりしてる。」
「恰好悪くて悪かったな。」
「だいぶ、普段の王子と違うね?こっちが素ってわけか。」
「悪かったね。演技でないと、完璧王子なんてできないよ。クロエに追いつけるように頑張っただけの努力王子なんだよ。」
すねる王子は、教室で見ていた完璧王子よりソフィアに響いた。
「今の本音の姿の方がクロエ様も好きだと思うけどなあ。」
「恰好悪すぎるよ。」
「そうかなあ。常に恰好悪いユーリの方がクロエ様に構ってもらってるよ?」
痛いところをつかれた。
王子は知っている。初めてクロエに出会った日、彼女が見ていたのはユーリだった。その後、登城するのもユーリが目的だと知っている。何より、彼女がユーリをうっとりと見つめる瞬間がいくつもあることを知っている。学園に入学した日、彼女の視界にユーリを入れたくなくて、さっさと彼女を抱き寄せようとしたのに、彼女はユーリの制服姿を見て、顔を赤らめた。嫉妬でどうかしてしまいそうだった。だから……。
思考の海に沈んでいる王子を前に、ソフィアはあることを思い出した。
「あ。ユーリと言えば。彼も未来を知ってるんじゃないかな。彼、昔言ってたから。私と王子がくっつかないと世界が終わるって。」
「え?何それ!」
王子がガバッとソフィアの肩を抱いた。
「それ!もっと詳しく!」




