22、《15歳》悪役令嬢、アーヴィンの作戦に喜ぶ
クロエは幼いころに孤児院の子たちの就職問題にぶち当たり、そこから学校の必要性を感じていた。けれど、未だに学校設立の目処は立っていない。
最初は資金の問題さえ解決すれば設立などすぐのような気がしていた。
しかし、実際には全くもって簡単ではなかった。平民の世界に持ち込むには、学校という存在そのものが浮世めいたものだったからだ。
というのも……。
貴族の学校である王国学園は15歳で入学だが、平民であれば15歳はもう立派な働き手である。働ける年なのに、学校になど行かせようと思う家庭はないだろう。
それでも学校に行かせようと思わせるには、前例が必要だ。成功例だ。
「○○さんの息子さんは、学校に行ったから、その分一生食うに困らない職に就けたんだって。」
というたぐいの評判だ。
前例を作るために前例が必要というどうにもならない問題に、クロエは、
――既存のシステムを使いたい。
と考えた。
既存のシステム……つまり、貴族の通う王国学園だ。王国学園に平民も入ることができるようになれば、平民が国の仕事に関われることになる。国の仕事なら一生食うに困らない職だ。その前例さえあれば、平民も学校に行きたいと思うに違いない。
「ただ、その場合、今度は貴族の方で、平民と一緒に学ぶことを嫌悪する人とかでそうなのよね。それで平民をいじめたりとか。」
「実際に、平民出身のソフィア様は初日からかなり嫌味を言われたりしていたようですよ。」
「えっ。アーヴィン、それ本当?」
クロエは初耳だったので驚いた。Aクラスではあんなに好意的に受け入れられていたのに、他クラスでは本人を見ずに、単純に「元平民」ということしか伝わっておらず、そのため彼女が廊下に出た時などに、他クラスからかなりきつく意地悪なことを言われたという。
クロエが腹を立てると、アーヴィンが言った。
「ですが今回の作戦なら、多分それも改善されますし、クロエ様のいう学校問題も解決するでしょう。」
「どういうこと?」
「単純な話ですよ。ソフィア様は元平民ですから、彼女が能力があると認められれば王国学園の門戸が平民にも開くでしょう。つまり、クロエ様がおっしゃる『前例』というものを、ソフィア様にしていただくのです。」
「あ!なるほど!」
一瞬クロエは目を輝かせたが、
「でも、ソフィアが意地悪をされるって方はどうやって改善するの?そもそもお願いしたのは、ソフィアが王子を攻略してくれるアイディアなんだけど。」
と不服な顔をした。
アーヴィンは微笑して答えた。
「ソフィア様が意地悪をされないようにするためには、彼女を守る人が側にいる必要があります。それに最も適役なのが王子ではありませんか?」
「それはそうね。王子が側にいるのに彼女に意地悪するなんて、貴族ならだれもできないはずだもの。」
「ええ。ですから、王子を彼女につけることにしました。」
クロエは驚いて尋ねた。
「しましたってどういうこと?」
「具体的には……。ソフィア様は学習面は問題がないとされています。クロエ様がヨーク姉妹と組んで、一年間で教え込みましたからね。」
「うん。ソフィアもヨーク姉妹も頑張ったと思うよ。それが?」
実際には、ソフィアが困らないように全て調えたのはクロエなのに、クロエは自分が頑張ったことを忘れている。それがほほえましくて、アーヴィンはまた小さく笑いながら言った。
「でも、彼女が全くできないことがあります。」
「え?ないよ?全部教えたもの。」
「いいえ。クロエ様ご自身があまり興味がないばかりに、今も全く念頭にないことがひとつございます。」
「うそ。何?全部教えたはずなのに……。」
「ダンス……教えましたか?」
クロエは「あ。」と口を開けた。その通りだ。学園にはダンスの時間もあるが、貴族は全員ダンスは踊れる前提で入学してくるから、ダンスの授業は技術力アップが目的で、全くダンスを知らない人向けではない。
「ソフィア、小さい頃に習ってたりしないかな……。」
「よほどの高位貴族でないと、小さい頃に踊れる必要はないんですよ。」
「え?そうなの?知らなかった……。」
「クロエ様はよほどの高位貴族ですからね。無論、ソフィア様は踊れません。確認もしております。」
「うわあ、なんてことだ!」
「というわけで、王子です。」
「どういうこと?」
「ダンスの個人レッスンを、朝と放課後の二回、王子がソフィア様に指導することになりました。ですから、朝も放課後も、二人は一緒にいることになります。しかもダンスですから、身体接触も多い。自然に攻略が始まるでしょう。それに、一緒にいるところを見られることも多いでしょうから噂になりますし、そうすればソフィア様をいじめようなんて誰も思わない。それで、ソフィアのダンスの技術が上がり、全教科で良い得点が取れれば、平民が学園に入る前例扱いがしてもらえる手はずになっております。」
アーヴィンのアイディアに、クロエは興奮して「すごい、すごい」と跳ねて喜んだ。
アーヴィンが、小さく、
「これで朝から王子がクロエ様を迎えに来ることはありませんし、放課後も王子がぐだぐだとクロエ様にまとわりつくこともなくなりますし。」
と笑ったことに、クロエは気付かなかった。
◆◆◆
入学式から毎日、王子は馬車から教室までエスコートしてくれていた。それ以外も「婚約者を大切にしてますアピール」が安定していた。
ところが、アーヴィンの作戦が始動すると、まず、朝の出迎えがなくなった。
クロエは、王子の朝の出迎えは、恐縮すぎて困っていたので、正直ほっとした。
「だって、いずれ解消される婚約なのに、あの出迎えは目立ち過ぎて恥ずかしかったから。」
クラスの座席は早い者勝ちなので毎日変わるけれども、王子の席については側近たちが、
「護衛の関係で王子の席だけは固定になりました。」
と発表し、さらに周囲を側近たちが囲むことになったから、クロエの席は遠くなった。
その代わり、クロエの近くにアーヴィンが座れるようになったので、これもクロエはホッとした。
「やっぱり、アーヴィンが近くにいてくれると安心する。」
嬉しそうにアーヴィンに微笑むクロエを王子が微妙な目で見ていることをクロエは知らない。
お昼だけは食堂の二階にある、王族専用の部屋で王子と一緒に食べる。だが、元より側近たちも一緒であるから、そうなると王子との会食というよりも、みんなでランチという感じだ。
席こそ王子の隣りだけれども、会話は二人だけではないからクロエが困っても誰かが会話を続けてくれる。これもコミュ障のクロエにはありがたかった。
そんな日々を過ごしていると、アーヴィンが、
「王子とソフィア様の噂が出ているようですよ。」
と言った。
クロエはソフィアの王子攻略のシーンを直接見てはいないけれども、噂が立つということは間違いなく、誰かが攻略シーンを見ているからに違いなく、これにもクロエはホッとした。
「今までの努力が実を結んできてる気がする。」
クロエがにっこり微笑んで、アーヴィンが、頷く。
周囲は二人の様子を生温かい目で見ているのだが、それにもクロエは気付かない。
クロエは知らないが、ソフィアと王子の噂が出るということは、誰でも「では、婚約者はどうなるのか」と思うに決まっているのだから、今、クロエは注目の的だ。
アーヴィンは、この国一番の実力者ソーデライド公爵に認められて伯爵位を譲られた有能な人だと知れ渡っているし、そのアーヴィンとこれだけ親しそうにしていれば、そこに恋の噂が立つことなど至極当然の流れだ。
つまり、今流れている噂は、「王子とソフィアの恋物語」だけでなく、「公爵令嬢と若き伯爵の恋物語」の二本立てだ。無論、アーヴィンは知っているが、それでどうこうするつもりもないので、そこはクロエへの報告の必要は感じていない。
クロエは単純に、
「ソフィアと王子が結ばれれば、戦争は起こらないわ。」
と喜んでいるので、そこに水を差す必要はないのだ。
「これで、王子の攻略は心配ないわね。次は、アステッド帝国の第二皇子対策よ!」
クロエの目的はもう次に移っている。
アステッドの第二王子が転入してくるのは、夏前だったはずだ。もうあまり時間がない。今は王子の攻略が始まっているけれど、例えば第二皇子の顔がめちゃくちゃソフィアの好みど真ん中だったとかで攻略変えされても困る。
「できれば、転入そのものを阻止したくて、手は打ってみたんだけど、今のところ効果があったのかなかったのかすら……。」
アーヴィンは余裕の顔でほほ笑んだ。
「大丈夫ですよ。来たとしても、準備は進んでいるのですから。」
クロエはアーヴィンが「大丈夫」と言うと、本当に大丈夫になるような気がする。
「うん。ありがとうね、アーヴィン。」
二人でほほ笑み合った。
それを後ろから見ている王子は、いつもの王子スマイルのまま、とてつもないどす黒いオーラを撒き散らしている。
なぜなら、今、王子は、ソフィアと決めた共同作戦の最中にいて、とてつもないストレスを抱えているからであった。




