17、《7歳》「王子のお茶会」③悪役令嬢、ユーリは攻略させません!
ユーリを攻略させないための菓子作戦はすべて失敗した。
ユーリはゲームのシナリオ通り、国内の有名店に菓子を注文することになった。それでも、その店にいろいろ注文をつけて、他との差別化は図ったわけだが、他の子息の持ち寄る菓子とあまり変わらないだろう。
悪役令嬢クロエの失敗は、ユーリにも「失敗」という結果をもたらした。
クロエが落ち込まないわけがない。
――私のせいだ。私がダメダメな悪役令嬢だから。
落ち込むクロエを侍女たちがドレスアップしていく。
今日はいよいよ『王子のお茶会』当日なのだ。
クロエがぼんやりしていても、侍女たちの手でクロエはいつも以上に着飾られていく。
出来上がると、アーヴィンが侍女たちを下がらせた。それから、クロエを鏡の前にいざなう。
猛省中だったクロエは、その時初めて鏡の中の姿を見、そして驚いた。
「ア、アーヴィン! ド、ドレスが、ドレスが違う!」
ゲームの中のクロエは、やたらとフリフリしたピンクのドレスを着ていた。今、クロエが来ているのは真っ白な大人っぽいドレスだ。
アーヴィンがほほ笑んだ。
「勝手をして申し訳ございません。ですが、ゲームのクロエ様のドレスについて、クロエ様はお好みではないとおっしゃっていましたし、ゲームと異なる方がストーリーに変化をもたらすには好都合かと思いまして。」
「なるほど。それはそうだ。」
クロエも納得した。なぜか、ゲームのクロエが着ていたからと迷いなくピンクを選択していたが、クロエの悪役顔にピンクは似合わないとクロエは思っていた。
――それに、この白いドレス、ウェディングドレスみたい!
この世界に「ウェディングドレス」なんてないけれど、今クロエのドレスは前世のウェディングドレスそのものだった。クロエはアーヴィンに、
「どう?似合うかな?」
と問うと、アーヴィンは、「とてもお似合いです。」と答えた。
――私、結婚願望はないけど、ウェディングドレス願望はあったのかもしれない。
鏡の前で、横を向いたり斜めから見たりと、ちょっとはしゃぐ気持ちになった。
「ありがとう、アーヴィン。私、今日、頑張って、ヒロインにユーリ攻略させないから!」
「それでこそ、クロエ様です。」
――たかがドレス一着で気持ちが切り替わるなんて、なんて単純な悪役令嬢だろう。
そう思わないでもなかったが、今、クロエはやる気に満ちている。
今日、きっと城にヒロインはやってくる。そして、王子を攻略する。クロエの仕事は、ヒロインを王子の攻略だけに集中させることだ。
――うん。今日は失敗できない。絶対に頑張って、ユーリから離れないぞ。
強く決意し、両親とともに城へと向かった。
◆◆◆
会場は、広い王城の庭園だった。既にたくさんの人でにぎわっている様が遠くからでも見えた。クロエが思っていたよりも大規模なお茶会だ。
入り口にはサイラスがいて、
「ソーデライド公爵家の皆様、ようこそ。どうぞ、こちらの花をお持ちください。」
と一輪ずつ花を手渡された。
それぞれの家にふさわしいその花は、サイラスの美しさもあいまって、女性客をうっとりさせた。男性客も、ウェルカムフラワーという初めて目にするアイディアに感嘆し、サイラスを「さすがは未来の宰相殿」と褒めた。
客は装いによってはその花を髪に挿したり、胸に飾ったりしている。そうでない人は中央の花瓶にそれぞれ挿していく。すると、その花瓶は思いのほか、見事な飾りになっていった。
――そう言えば、今日のお茶会は、王子の側近の能力比べでもあるのよね。
だとすると、サイラスは誰よりも一歩リードしているようだ。
「すごいアイディアね、さすがはサイラスだわ。」
クロエが褒めると、サイラスはいつもの気さくなサイラスに戻って、
「ありがとう。それより、クロエ。今日は一段と綺麗だ。純白のドレスなんて、クロエにぴったり過ぎて。ああ、いつも以上に君の美しさが際立っているよ。」
と囁いた。
その甘い言葉にクロエは真っ赤になった。
「あ、ありがとう、サイラス。あなたも素敵よ。」
実際に今日のサイラスはいつも以上に素敵だ。いつもだって、美形なのに、こんなにオシャレをしていたら、もう目がつぶれるのではないかと思うほどに美しい。
すぐにサイラスの後ろからアレックスが現れた。
「ああ、クロエ、来たね。待っていたよ。」
「アレックス!」
今日のアレックスは、近衛隊の儀礼用の制服を着ていた。クロエは惚れ惚れした。
「制服、すごく似合っているわ。すごく素敵。」
「うん、今日はこの制服で剣舞を踊るんだ。楽しみにしていて。」
「まあ、剣舞?すごいわ。とても楽しみ!」
――なるほど。アレックスは余興をするのね。それも剣舞なんて!騎士団長子息として最もふさわしい演目じゃない?
側近の能力比べも、これならアレックスが他の子息より一歩も二歩もリードするだろう。
クロエがうっとりとアレックスの余興に思いを馳せていると、アレックスがクロエの装いを褒め始めた。
「それより。クロエ、今日の君は本当に綺麗だ。いつも綺麗だけど、もっと……何というか、もう信じられないくらい綺麗だよ。」
あけすけな褒め言葉に、クロエはまた真っ赤になった。
「クロエ!」
主役の王子まで現れたのにはクロエも驚いた。
「まあ、殿下。殿下はご挨拶の時にご登場なさると聞いてましたわ。」
「うん。まあ、そうなんだけど。でも、今日は忙しくて、クロエとゆっくり過ごす時間もなさそうだから……先に見ておきたかったんだよ、クロエのドレス姿。」
「わたくしの姿など……。」
とクロエは言ったけれど、それは本当だ。目の前の王子は、一国の王子としての正装をしているから、いつも以上に「王子様」だった。こんな素敵な王子様の前では、いくらおしゃれをしたからといって、クロエなどかすんでしまうだろう。
しかし、王子はクロエのドレス姿を褒め称えた。
「ああ、クロエ。本当にかわいい。そのドレス、最高に似合っているよ。とても素敵だ。」
いつもながら、王子は優しい。多分、令嬢誰に対しても優しく接してくれるというだけの話だろうけれども、褒められ慣れていないクロエには、もう社交辞令だろうと照れくさくて恥ずかしくて。
「素敵なのは殿下です。いえ、殿下はいつも素敵ですけれど、本当に素敵で……。」
と、せいぜい「素敵」を繰り返すしかできなかった。
王子は本当に顔を出しただけらしい。すぐに侍従に連れられていってしまった。
クロエは周囲を見回した。
そして、お茶会の準備に走り回っていたユーリを見つけた。
ユーリは、クロエを見て一瞬気まずい顔をしたけれど、避けたりせずにきちんと近づいてきてくれた。
「ユーリ。ごきげんよう。」
クロエが礼をすると、ユーリも気まずそうではあるが、
「うん。……あの、その。……クロエ、そのドレス、よく似合っている。」
と言った。
ユーリの褒め言葉はそれだけだったが、クロエはもう天にも昇る気持ちになり、返事をすることすら忘れてしまった。
「ああ、クロエ。まだ準備で忙しいんだ。僕は行くよ。」
あっという間にユーリは行ってしまった。
前回のことを引きずって、今日は無視されるかもしれないという可能性を考えていたクロエは、ユーリが話しかけてくれたことがとても嬉しかった。
――ユーリ。私、絶対にヒロインにあなたを攻略させないからね。




