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15、《7歳》『王子のお茶会』①悪役令嬢、秘密を共有する

 クロエがヨーク家と知り合い、『あなたは奴隷』シリーズを始めてから、毎日がめまぐるしく過ぎた。

 しかし、月日が経つにつれて、だんだんと製造ラインも販売ラインも安定し、人に任せても大丈夫になってきた。近頃は、忙しさも少し落ち着いたとクロエもほっと息をつけるようになった。

 それでクロエも余裕が出来たわけだが。

 今まで自分に余裕がなくて気付いていなかったが、なんだか城の中が騒々しい気がする。それに……。

――なんだか最近、ユーリたち、なんか殺伐としてない?

 側近候補たちの様子にクロエが首をひねっていると、王子が優しく答えをくれた。

「私主宰の大きな催しがあるからね、みんなその準備をしてくれているんだよ。」

「あ。『王子のお茶会』!」

 クロエは乙女ゲーム前半の大きなイベントを思い出した。

 そうだ。

 王子が初めて企画運営するお茶会、通称『王子のお茶会』が七歳だった気がする。

「『王子のお茶会』?まあ、私が主宰するという意味では『初めての私のお茶会』には違いないね。でも、実際には、サイラス、アレックス、ユーリを始めとする僕の側近候補たちの力量を試す催しでもあるんだ。だから、高位貴族子息は、今、みんな頑張ってくれてるところなんだよ。」

「まあ、そうなのですね。」

とか微笑みながら、クロエは内心頭を抱えた。

 誘拐事件以降、自警団やら『あなたは奴隷』シリーズの発売やら、忙しくて忙しくて、クロエは忘れていたのだ、こんな大切なイベントを!

――これ、初めてヒロインが攻略対象と出会う大切な大切なイベント!!なぜ忘れてた、私!!

 このイベントで一番大きいのは、王子との出会い。それは放っておいてもイベント発生するだろうとクロエは踏んでいる。だから、そこを気にするつもりはない。むしろ、ヒロインにはどんどん王子攻略してもらいたいと思っている。

 問題は、ユーリだ。『王子のお茶会』でヒロインと出会うのは王子とユーリの二人だ。だが、ヒロインに王子攻略してもらうには、ユーリと出会わせるわけにはいかない。

 ゲームのユーリは、他の側近候補との差別化を図って、お茶会の菓子を他国から取り寄せることを思い付く。しかし、予想外のトラブルで他の子息たちとの差別化計画は失敗に終わる。落胆している時、ヒロインが悪役令嬢にジュースをかけられているのを見かけ、ヒロインを庭園へと連れ出す。そこでいろいろ話してるうちに、ヒロインの人柄に惚れるという展開だ。

――ていうか、ゲームの悪役令嬢クロエよ。なぜ、ヒロインにジュースかけた!?本当に本当に、クロエ、あんた何やってんの!

 もちろん今のクロエはそんなことしない。するわけがない。

――でも、ヒロインにジュースかけないってだけで、ユーリとの出会いイベント潰せる?例えば、いわゆる『乙女ゲームの強制力』というものが発動したら、かけるつもりないのに、ヒロインにジュースぶっかけ事件が発生するとか??

 かえすがえすも、ヒロインの名前を覚えていなかったことが悔やまれる。

――いやいや。立ち止まってる暇はないわ!今、できることをするのよ!

 このイベントは、ユーリが企画失敗し、必殺『ヒロインの慰め』が発動する展開となるのだから、単純にユーリの企画を成功させればいい。

――ユーリは、隣国の、とても珍しい菓子を入手する予定がうまくいかなかったはず。なら、私がそれを手に入れるとか、あるいは……その菓子の製造から販売まで私がやっちゃう?それで、ユーリ以外に売らなければ、ユーリの企画は成功よ!これ、意外と簡単かも!まあ、菓子のアイディア出して製品化するのに三ヶ月、評判にするのに二ヶ月ちょっと。半年もあればいける!

 クロエは、にっこりと王子に尋ねた。

「そのお茶会は、いつですの?」

「あと二ヶ月半というところかな。そろそろ君の家にも招待状が届く頃だね。」

 クロエは絶句した。

――無理。二ヶ月は無理~!


◆◆◆


 帰りの馬車に乗った途端、クロエが言った。

「アーヴィン。急いで隣国の珍しい菓子を探してきてちょうだい。」

 この無茶振りに、アーヴィンは冷静に答えた。

「クロエ様。情報という情報は、国の内外に関わらず、あまねくソーデライド公爵家に集まるようにしてあります。菓子に関する情報も、クロエ様のため、公爵様から常に最新の情報を得るよう我々は命じられております。」

「つまり?」

「つまり、クロエ様がお持ちの情報が最新でございます。」

「えええ~。」

 クロエは菓子に目がない。最新のお菓子を集めるのは最早クロエのさがと言っても良いほどだ。

 しかも、父親のおかげで入手ルートに困ることはない。最新の珍しいお菓子を常にゲットしている。

 問題は、珍しい菓子を入手する度に、クロエが手土産に城に持っていっているというところ。

 つまり、各国の珍しいお菓子も、クロエによって王子達にはもう珍しい食べ物ではなくなっているということだ。

「詰んだ……。」

 アステッド帝国での商売なら、『あなたは奴隷』シリーズで自信をつけた。けれども、あれだって、ルートを作るまでにどれだけ時間がかかったか。

 今、二か月という短い時間で、しかもアッシュフォード王国に響き渡るほどの評判が必要なのだ。

――準備だけでも二カ月なんて短すぎるのに。ましてや評判までとなると……。

「それは無理~。」

 クロエが馬車の中で行儀悪く座席にぐでっと倒れた。

「そもそも『あなたは奴隷』シリーズの時だって、私は開発に携わってないし、全部ヨーク姉妹とお針子ニーナのアイディアだもの。結局私がしたことなんて資金提供だけよ。そんな私に二カ月で何が出来ると言うの。」

「ぬいぐるみというアイディアはクロエ様のものですよ。」

「ええ?ぬいぐるみって言ったのは、単純にニーナがぬいぐるみを繕っているのを見たからで……。」

 ふと気付くと、アーヴィンがジッとクロエの目を見ている。

「え。何。どうしたの、アーヴィン。」

「クロエ様は一体何を隠していらっしゃるのですか?」

「え。何。急に。」

 クロエが座りなおした。

「どうしたの、アーヴィン。」

「以前から不思議でした……クロエ様はご自分を低く見ていらっしゃる。その割に、はっきりと未来を知っているかのような行動を取られる。」

 クロエはドキッとしたが、表情には出さないよう気をつけて次の言葉を待った。

「クロエ様。あなたは何か、未来についてご存じですね?そして、それが起こらないように行動なさっている。違いますか?」

 クロエは声も出なかった。

 アーヴィンは続ける。

「あの誘拐の時もそうでした。見てもいないのに、他の被害者の存在を知っていました。それに、被害者の中に、クロエ様の探す方がいらっしゃらなかったのではありませんか?だから、騎士団長様にあれだけ聞いていらっしゃった。」

 その通りだ。アーヴィンはあの時見ていたのだ。そして、察していた……。

「ヨーク男爵についてもそうです。あなたは同い年の令嬢の存在ばかり気にしていた。……その方はあの誘拐事件の時に探していらっしゃった方と同一人物ではありませんか?」

 もう隠しきれるものではなかった。アーヴィンはもう知っている。クロエがヒロインを探していることを。そして、未来を知っていることを。

 沈黙が降りる。

 だが、今日のアーヴィンは諦めない目でただクロエを見つめている。

 クロエは覚悟を決めた。

――アーヴィンなら……。

 クロエは乙女ゲーム『傾国を照らす陽となれ』について語り出した。


◆◆◆


「つまり、今回は、ユーリ様がヒロイン?とやらと接触しないよう、珍しい菓子が必要なのですね?」

「はい。そうでございます、アーヴィン様。」

 うなだれるようにクロエは答えた。

 前世について話し終わった時のアーヴィンは、クロエを疑ったり、ましてや馬鹿にしたりはしなかった。ただそのままを受け入れたようだった。

 アーヴィンの懐の大きさにクロエは頭が上がらない。

 アーヴィンが苦笑した。

「私に『様』なんて、いけません。」

「いやいや。今、言ったでしょう、私のダメダメ前世。こんなダメ人間の私が、ゲームのシナリオであなたを侍従にしてしまったのよ。人の人生を弄ぶ悪い悪役令嬢なのよ……。」

「違いますよ。」

 アーヴィンは美しい笑顔を見せた。

「ゲームは知りませんが、あなたはダメなんかじゃありません。それに、私は私の意思でクロエ様に仕えると決めたのです。あなた様が手を差し伸べてくださった時、私はあなた様のためならば命さえも捨てられると感じたのです。」

「わ~!だから、ダメだって!ゲームのアーヴィンみたいなことしないで!たとえ私が断罪されても、あなたは生きなきゃダメ!」

 アーヴィンはくすくすとしばらく笑った後で、

「クロエ様。私に話してくださって、ありがとうございます。」

と嬉しそうに言った。

 クロエは、

――話して良かった。

と心から安堵した。

――今まで一人で戦っていた気がする。

 前世を知ったアーヴィンがこうして笑ってくれるなら、ここからも頑張れるような気がした。

「クロエ様。これからは何でも相談してくださいね。」

 そう言うアーヴィンが頼もしい。

 実際に、アーヴィンは、ユーリの菓子問題をあっという間に解決した。

「必要なのは、『珍しい菓子』と『評判』ですよね? では、できますよ。クロエ様のアイディアがあれば。」

 それから、アーヴィンとクロエは菓子作りと箱などの高見え包装の開発をし、同時に情報操作の下準備をした。一か月もしないうちに、話題の菓子は製品化され、評判も立った。それはユーリ近辺にだけ届くよう操作された偏った評判だったが、思惑通りユーリの耳に届き、ユーリからの注文が入ったところで、クロエはアーヴィンに抱きついて喜んだ。

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