14、《6歳》悪役令嬢、隣国に『奴隷』を売る
ヨーク家から帰ってから、毎日クロエはあの奇跡のような美しい生地をどうやって売るかを考えていたが、一向にアイディアは出なかった。
八つ当たりのように、
「誘拐犯組織はまだ見つからないんですか、お父様。」
とソーデライド公爵を責めてみたりもしたが、気分は晴れない。
――もし、ヒロインがアステッド帝国に渡ってしまっていたら、ユーリが死んじゃう。
何かしなければと思うのに、何も手に着かない。
侍従のアーヴィンが、そっと囁いた。
「クロエ様。最近、孤児院に出かけられていませんから、子どもたちがクロエ様に会いたがっているのでは?」
言われてみれば、自警団づくりに追われていたところに、ヨーク男爵との商談の準備・契約が入り、孤児院には出かけていない。
「クロエ様は、忙しくても王城には行きますのにね。」
とアーヴィンは言うが、それは当たり前だ。城に行って、ユーリの元気な姿を見てホッとしなければならない。
「でも、そうね。孤児院にはしばらく行ってなかったもの。アーヴィン、支度をしてちょうだい。」
◆◆◆
孤児院のサロンにクロエが足を踏み入れたというのに、いつもと違って子どもたちはクロエに気付かなかった。みんな夢中になって何かを見ようと中央に群がっている。
「みんなが集まっている中心には、お針子のニーナがいるんですよ。」
職員が嬉しそうに説明してくれた。
「ニーナは孤児院を出た後、運よくお針子として就職できましてね。腕が上がってお休みをもらえるくらいになったので、数年ぶりにここに戻ってきたのですよ。今は、みんなの服を直しているところなのです。その腕前ときたら、やはり我々から見てもとても上手でして。みんなああやって、ニーナのお針子の技術を見ているんですよ。」
クロエも皆の邪魔にならないよう、そうっと覗いてみた。
先ほどは服を直していると言っていたけれど、今は古ぼけたぬいぐるみを直している。
――なるほど。本当に腕がいいのね。
その素早い針さばきに、クロエは感動する。古ぼけたぬいぐるみが、ただほころびを直されるだけでなく、どんどんと新品のように生気を取り戻していくようだ。
その様を見ているうちに、クロエはあることを思いついた。
「アーヴィン。今すぐヨーク男爵に連絡を取って。」
◆◆◆
結果から言うと、ニーナはクロエに引き抜かれた。ニーナは「元の店に申し訳ないから」と断ったがのだが、クロエが店に行き、かなりの好条件を提示したことで解決した。
「あなたには、いずれ先生になってもらいたいの。」
クロエは詳しく話した。
裁縫ができれば、就職の幅が広がる。孤児院で、裁縫に興味のある子が早くからニーナに教わっていれば、孤児院を出る年になった時も困らないのではないかと考えたのだ。
その話にニーナは涙をこぼし、礼を言った。
話がまとまったその足でニーナはヨーク男爵邸の研究室に連れられてきた。
「あの、クロエ様、一体……。」
「この生地でぬいぐるみを作って売ろうと思うのよ。」
クロエは言った。
ヨーク家の二人とニーナは目をパチクリさせて顔を見合わせた。
クロエは構わず続ける。
「この手触り!ずっと触っていたくなるでしょう?この生地はね、人をダメにする生地よ。」
「はあ。」
三人は生返事をしたが、クロエはそれにも構わず叫んだ。
「だって、ずっと触っていたくなるもの!」
「はあ。」
「だから、ニーナ。あなたには、この二人と協力し合って、ぬいぐるみを作ってほしいの。」
「ええっ。」
と言ったのはニーナだけ。
「ぬいぐるみ!」
ヨーク家の二人の顔が輝いた。それを見て、クロエがニッと笑う。
「ぬいぐるみなら、めったに洗わないし、たいした量の布地を使うわけでもないから、多少高くても行けるわ。だから、ニーナと三人で、いくつかサンプルを作ってほしいの。」
クロエが美しく笑う。言っている内容と相まって、三人には女神のように見えたことだろう……次の瞬間までは。
クロエは、一瞬で禍々しい表情になり、こう付け加えた。
「そして、それを隣国アステッドに売りまくる!名前ももう考えてあるわ。『あなたは奴隷』よ。首に名札を付けるの、『あなたは奴隷』って。つまり、このぬいぐるみを持っている人はこのぬいぐるみの奴隷ってわけ。……奴らが奴隷を欲しがるなら、奴らを奴隷にしてやる! この生地のとりこになって、アステッドの奴ら全員、ぬいぐるみの奴隷になるがいい!」
ニーナが小さく叫んだ。
「ひ~。」
ヨーク家の二人は喜んでいる。
「ぬいぐるみということは生地の色合いも考え直さねば。」
「ぬいぐるみなら中に入れる素材が大切ね。生地の風合いを損ねない素材といえば……。」
クロエの宣言とともに、二人の新しい研究計画が始まった。
クロエは「打倒アステッド!」と叫んで高笑いをしている。
ニーナは、ここに来たことを早くも後悔していた。
◆◆◆
サンプルは数日後、ソーデライド公爵家に持ち込まれた。ヨーク家の二人の芸術センスとニーナの腕前で、とんでもなくかわいいぬいぐるみがたくさん。
「こ、こんなに?」
サンプルだから、一個のつもりでいたクロエは、おびただしい数のぬいぐるみとそのかわいらしさに悶えながらそう言った。
ヨーク家の二人がふふんと笑って説明を始めた。
「見てもらえば分かるけど、同じ染色より、少しずつ違った方が一点ものって感じがしていいだろうと思って、わざと全部印象を変えてみたんだ。」
「それと、ここを見て。耳だけとか右足だけとか染めを変えることで、自分だけのものって感じもするかと思ってやってみたよ。」
「いいね!」
クロエは興奮しながら言った。
「じゃあ、同じ種類は何個ってふうに個数を限定して、さらに見えにくいところに番号を刺繍しよう。そうすれば、限定品の出来上がり。一個一個に価値が付く!」
ヨーク家の二人も「いいね!」と興奮している。
クロエは、ニーナにも尋ねた。
「ニーナも何か戦略あるんじゃない?」
ニーナは少しははにかんで言った。
「足の裏に、買った方のお名前やメッセージの刺繍を入れますっていうのはどうでしょうか。無論、有料で。」
三人が言った。
「いいね!」
女子四人で一緒にきゃっきゃとはしゃいだ。
――奴隷には奴隷で勝負よ。絶対に成功させてやる!
◆◆◆
本当にクロエは、アッシュフォード王国でのぬいぐるみ販売はしなかった。
工場も全て秘密裏にした上で、アステッド帝国でのみ販売した。それでも製造が追いつかず、予約だけで三年先まで埋まった。
このぬいぐるみ、『あなたは奴隷』シリーズで儲けた金は皆を幸せにした。
ヨーク家の二人には、ここまでに使い込んだ研究費の何倍もの利益となってもたらされ、男爵は泣いて喜んだ。
ぬいぐるみの型紙から縫い方まで一人で考案したお針子ニーナは、裁縫教室を開いた。その教室は、広く門戸が開かれ、たくさんの卒業生が世界中で活躍することになった。
クロエは……。
誘拐のお礼とばかりに、
「アステッド帝国から、外貨を奪ってやりましたわ。」
と父親に報告した。
父親は、安定の親馬鹿ぶりで、クロエを褒め称えた。
クロエは、『あなたは奴隷』シリーズの販売のために寝る暇もないほどに忙しい日々を過ごし、疲れて半分寝そうな時には、
「アステッド帝国め、奴隷制度をやめるか、『あなたは奴隷』シリーズで奴隷になれ!」
と高笑いをしてまた頑張った。
クロエの思惑は置いておいて、『あなたは奴隷』シリーズは、アステッド帝国の子どものみならず、大人をも魅了した。そう、大人までも、その生地の手触りに癒しを感じ、もう手放すことなどできなくなったのだ。
まさしく、「アステッド帝国国民は『あなたは奴隷』シリーズの奴隷になった」と新聞報道されるほどの人気を博したのだった。




