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13、《6歳》悪役令嬢、ヒロインの未来の養家を訪問する

 クロエは誘拐されたあの日から、いまだ不安の中にいた。

――ヒロインは、あの誘拐に関わっていない?それとも……既にアステッド帝国に?

 もし、ヒロインがアステッド帝国に行ってしまっているとしたら、きっとユーリに何か良くないことが起こるだろう。それを考えると、クロエは不安で不安で、いてもたってもいられなかった。

――そもそも、なぜ私はヒロインの名前を忘れてしまったんだろう。

 ヒロインの所在など、名前さえ知ってらいれば調べられそうなものなのに、前世のクロエは、初期設定で名前を変えてしまったので、そもそもの名前が分からない。

 いや、そんなの言い訳だ。攻略ページを見ていたのだから、ヒロインの名前は知ってはいるはずなのだ。なのに……

――思い出せない……。

 こんな大事な情報を思い出せないなんて、何と使えない悪役令嬢だろう。

――ううう。悔しい。せめてアステッド帝国にいるはずの悪党の元締めをシメたい。

 クロエの苛立ちの矛先はアステッド帝国だ。

――お父様が、アステッド帝国に人をやってしばらく経つというのに、まだ誘拐組織分からないし!

 クロエは部屋の中をうろうろしては、ソファーに座る、また立ち上がってはソファーに座るを繰り返している。

 アーヴィンは無言のまま、お茶を淹れた。

 クロエは手元に置かれたカップを口に運んだが、思考は止まらない

――とにかく、ヒロインについて知ってることが少なすぎる。せいぜい、学園入学直前に養子縁組する家が「ヨーク男爵家」ってことしか知らないし……。

 そこまで考えて、クロエはハッとして立ち上がり、叫んだ。

「そうよ!ヨーク男爵家からたどればヒロインに行き着けるのでは?!」

 クロエの唐突な行動も、アーヴィンは慣れっこだ。

 にっこりと笑って、

「お考えが決まりましたようですね。では、ご指示を。」

と胸に手を当てた。


◆◆◆


 アーヴィンから渡されたヨーク男爵家の調査報告書を読んだクロエはため息をついた。

「予想外の貧乏領地だわ。」

――ヒロインを養子に迎えるくらいだから、少しはお金があるのかと思ってたのに。

 養蚕業を主とする領地で、上質の絹が採れるのにも関わらず、貧乏。

 理由の一つに、この国では絹のようなハリのない生地はドレスには使われないということがあげられる。

 しかし、クロエはにんまりと笑った。

「でも、他国に売るとなると話は違うのよね。」

 特に、以前公爵にくっついて行った東の国では、体にぴったり合うドレスが流行っているため、絹の価値はうなぎ登りだ。

「ねえ、アーヴィン。これ、うまくしたら、商売になるわね?」

 アーヴィンが頷く。

「ええ。東の国とつなげられれば、大きな儲け話になりそうではありますが。その前に。」

 アーヴィンは次のページを開くよう示した。そこにはヨーク家に関するある噂が載っていた。

 それを見て、クロエは、「ああ、なるほど。」とアーヴィンの懸念を悟った。

「これは、大問題ね。」

「ええ。どんなに事業がうまくいっても、足元から掬われてはどうにもなりませんから。」

「そうよねえ。」

 とはいえ、絹が売れるかもしれないという情報は、ヨーク家につながるネタとしては抜群に良い。

――いくら私が公爵家の令嬢だとは言え、六歳の子どもが一人で行ったところで、ヒロインの情報は得られないわ。でも、ヨーク家が商売相手になると知ったら、お父様が動いてくださる。それなら、ヒロインのことも聞けるはずよ。


◆◆◆


 そこからのアーヴィンは早かった。

 クロエの父親に協力を取り付け、即ヨーク男爵にアポを取り付けた。

 あれよあれよという間に、クロエはヨーク男爵家訪問を果たした。

 クロエはまだ六歳。とはいえ、公爵の名代として訪問したから、ヨーク男爵も、クロエを目上の貴族として扱ってくれた。

 まず、クロエが聞き出したかったのは、ヒロインのこと。

 知り合いの高位貴族でクロエと同い年の子どもがいないかを、かなり根掘り葉掘り聞いた。

 だが、男爵に心当たりはなかった。

――どういうこと?

 ヒロインと養子縁組をする「ヨーク家」は、この家しかない。だから、この家で間違いないはずなのに、男爵の言葉のどこにもヒロインらしき存在が出てこない。

 養子縁組で一番考えられるのは、親戚の子どもを預かるというパターンだ。

 ところがヨーク男爵は、祖父の代で男爵位を授かっただけの元平民だと言う。だから、親戚も平民が多く、高位貴族には知り合いすら全くいないのだと。

――ゲームの中のヒロインは高位貴族からの転落だったはず。

 幼い頃に親の事業失敗で爵位を失い、彼女は平民になる。学園に入る直前に、ヨーク男爵と養子縁組をしたため、貴族として学園に入学することができるが、一度平民落ちした娘など、貴族と認めない者も多い。それで、学園内で悪役令嬢クロエを始めとする高位貴族どもに「平民」、「平民」と事あるごとに蔑まれるというストーリーだったとクロエは記憶している。

――今、ヨーク男爵がヒロインに心当たりがないと言うならば、六歳の時点ではまだこの家とのつながりはないってことよね。これから知りあうってこと? えええ?何の接点もない子どもを、しかも学園に入る15歳になってから養子にする?平民なら15歳はもう大人と同様で働き手よ?そんな年の子を?なんで?

 クロエが混乱していると、アーヴィンが横から小声で囁いた。

「クロエ様。どうなさいますか?」

「ええ?どうって?」

「事業提携の話です。おやめになりますか?」

――そうか。絹の事業提携の話に来たんだった。ヒロインの情報が得られないショックにすっかり忘れるところだった。父の名代で来ているのに。

 クロエは姿勢を正して交渉を始めた。資金提供と販路紹介、そしてマージン交渉は父親のアドバイス通りにうまくいった。男爵も、何度も頭を下げ、クロエに礼を言う。多分、この商売はうまくいくだろう。

 今は領地も小さく、人員も少ないが、公爵家から人材提供がされるようになれば、一気に大きな事業になるはずだ。さらに、今は東の国でのみもてはやされる絹を我が国でも貴族にありがたがられる存在にできれば、もっともっと大きな儲けが期待できる。

 クロエが父にこの話を持ちかけた時、

「おもしろいところに目をつけたねえ。」

と褒められたのだから、多分間違いはないはずだ。

 ただし、ヨーク家には問題がある。

 父親が監修してくれた契約書にサインがなされ、事業提携が確定した後に、クロエはおもむろに尋ねた。

「男爵様。ご息女方をご紹介いただけますか?」

 男爵の顔が一気に青ざめた。

 そう、ヨーク家の問題とは、男爵の二人の子どものことであった。子どもと言っても、既に成人している大人であるが、この二人の子どもは大問題であった。

 男爵は、祖父が平民から貴族になったというだけあって、金銭感覚がきちんとしている。絹商売だって、今回のような派手なやり方ではないが、堅実に儲けを出している。少し人が良すぎるかなという値段設定でもこうしてやれているのだから、男爵の商売センスだって悪くない。

 なのに、なぜヨーク家は貧乏なのか。

 その答えが、男爵の二人の子どもたちである。二人の出費が異様に多い。調査によると、二人とも娘で、近隣ばかりか遠くの国までドレスの生地を求めるという。

 いわゆるドレス貧乏。ただの贅沢病だ。高位貴族でも、娘がドレス好きの場合、家が傾くくらいの出費になるらしい。それが男爵ともなれば、あっという間に家など傾いてしまうはずだ。

 クロエは、父親から、その二人のことをなんとかできる手はずが調うまでは契約してはいけないと言われていたけれど、十年もしないうちにこの家にヒロインが来るのだから、それまでに家が傾くことはないだろうと先に契約を交わした。その後に、二人の娘を教育しなおせばいい話だ、と。

 男爵に、暗に二人をここへ呼べと言ったのに、男爵はうんうん唸って、それから白状した。

「実は、娘たちは研究室を出ることはなく、食事も……それどころか睡眠でさえ全て研究室なのです。」

「研究室?」

「はい。娘たちは、家の一角を研究室に作り変えて、日夜研究に励んでおりまして。」

「……えっと。娘さんたちはドレス好きで、ドレスに出費がかさむと聞いておりますが。」

「ああ、公爵令嬢様にまで、噂は届いておりましたか。いやはやお恥ずかしい。しかし、その噂は少しばかり違っておりまして。そもそもうちはパーティーなどにも呼ばれませんし、贅沢なドレスなど持たせておりません。」

「え?贅沢な素材を集めていると聞きましたよ。」

「はい、そうでございます。娘たちが集めておりますのはドレスではございません。生地を作るための素材でございます。新しい生地を作ることに没頭しているのです。」

 若い女の金の使い道としてはなかなか珍しいものではあったが、クロエはその研究とやらが気になって気になって仕方がない。

 男爵は、

「公爵令嬢様にお見せできるような部屋ではないのですが。」

と渋々研究室に案内した。


◆◆◆


 研究室は意外に広い空間だった。とは言え、書類や様々な器具が所狭しと並んでいるから、綺麗な空間とは言い難い。

 男爵が中の返事も待たずにさっさとドアを開けると、娘二人は一応笑顔で迎えた。

「あら、お父様。用なら後にしてください、実験中です。邪魔です。」

「お父様。隣国からの素材が届いたのかと思ってしまったじゃありませんか。邪魔です。」

 二人とも既に男爵のことを見ていない。男爵はあわあわと二人に近づいた。

「こ、こらこらお前たち。誰がいらっしゃっていると思っているんだ。ソーデライド公爵のご令嬢が来てくださっているんだぞ。」

「ええ?公爵令嬢?」

「ええ?なんでこんな貧乏男爵のところに?」

 男爵がぶち切れた。

「うちが貧乏なのは、お前たちがそうやって散財ばかりするからだ!」

 男爵の言葉に、二人は「あ~。それは確かに。」という顔をしたが、それから近くにある生地をそっと男爵に手渡した。

「お父様には悪いと思っているんですよ。でも、これは投資だと思っていただかないと。ほら、この色合いをご覧ください。」

「そうですよ、お父様。ほら、この手触り! いずれ、この生地を求めて、たくさんの人、たくさんの国が我が領土に押し寄せますよ。」

「来るか~!」

 男爵は癇癪を起こしたけれど。

 クロエはその美しい色合いが気になって、男爵が怒って手を挙げた瞬間にひょいと取り上げた。

 手にとってすぐにクロエは驚いた。

「何これ!こんな手触り初めて!」

 それを聞いた男爵の娘二人が喜色満面で近づいてきた。

「そうでしょう?そうでしょう?」

「さすがは公爵令嬢!きちんと良いものがお分かりになる。」

――確かにこれはスゴイ!前世でもこんな吸いつくような、ずっと触っていたいような生地なんてなかった!これに比べたら、絹なんてザラ紙のようなものだわ。

 クロエは興奮して言った。

「こんな良いものがあるなら、これを売りましょう!」

 しかし、男爵はすぐに首を横に振った。

「それは売れません。」

「え?どうしてです?こんなに手触りが良くて、さらにこの光る色のグラデーション!最高じゃないですか?」

「使い道がございません。」

「ハイ?」

 男爵は悲しげに話し始めた。

「娘たちは、親の私が言うのもなんですが、才能がある。こんな手触りの生地を発明し、染色もこの通り。ですが、その才能とは、芸術の才能です。商才ではないのです。」

「と、言いますと?」

「費用が莫大にかかりすぎるのです。売るとなると、とんでもない値段をつけねば割に合わない。しかしそれでは売れない。しかも、いくらら手触りが良かろうとドレスには向かない。つまり、使い道がないのです。」

 確かに、こんなにハリのない生地ではドレスに向かない。ドレスならどんな金額でも出す令嬢はいるだろうけれど、ドレス以外で高額で売るのは難しいだろう。

「う~ん。でも、何かあるのでは?これだけ手触りがいいのですから……。あ、例えば下着やパジャマはどうでしょうか!」

 クロエが嬉々として言ったアイディアに男爵が首を振り、二人の娘は「あ~あ。」と目を合わせた。

「ソーデライド様。高級下着と言えど、下着は下着です。使ったら洗わねばなりません。しかし、この生地は洗濯に対応しておりません。」

「え?洗濯できないの?」

 男爵は恐縮し、体を縮めた。

 二人の娘は「てへっ」と笑って答えた。

「最近、洗濯に対応できるよう研究を始めたところで、今のところ、めどは立ってません!」

 二人は清々しいほどに明るくそう言った。

 クロエは、この二人がドレスで散財しているなら、二度とドレスを買わないよう教育するつもりでここへ来たが、二人の研究の話になんだか興味が出てしまっている。「やめろ」とは言えない。

――それに、この研究をうまく事業化できたら、きっと今日の契約よりも大きな利益を生むわ。家が潤っていれば、将来的にヒロインを養子にしやすいのでは?

 クロエは、娘二人が言うように、これを先行投資だと思うことにした。

――使い道が決まっていないところは確かにリスクだわ。でも、アイディアさえ出れば、いずれこれは大儲けの種に化ける。やってみてもいいと思う。そうよね、ヒロインの環境を良くしておくことも必要だもの。

「いいわ。私がパトロンになります。あなたたちは研究を続けて。ただし、素材はうちのお父様を通して集めてね。」

 男爵はしきりに汗を拭きながら、「公爵様がお怒りになるのでは?」とクロエを止めていたが、クロエは上機嫌でヨーク男爵家を後にした。


 公爵家に帰ったクロエは、事の顛末を父親に話した。

 普通の親ならそんなギャンブルのような先行投資をしてきたなんて聞いたら叱りそうなものだが、やはり子どもに甘いソーデライド公爵は、

「おもしろくなりそうだねえ。」

とニコニコするだけだった。

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