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11、《6歳》悪役令嬢、隠しルートを潰したい③

 クロエがおもむろに命じた。

「まずは私たちを、私たち以外が捕まってる牢へ連れていってくださる?」

 ぎょっとしたのはアーヴィンだ。それでも冷静なまま尋ねた。

「クロエ様。他に捕まってる者とは?」

 アーヴィンの問いには答えず、

「いるんでしょう?案内してちょうだい。」

と、悪役令嬢らしい極悪な微笑を浮かべた。

 ミロジが鼻で笑った。

「へえ? みんな一緒に逃げましょうって? ふん。……貴族のお嬢ちゃんらしい甘い正義感だな。 でも、無駄だぜ。捕まってるのは年端もいかない孤児ばかりだ。そんな連中、足手まといにしかならない。まずは自分が逃げることを考えろよ。」

 アーヴィンも賛同する。

「クロエ様。他の被害者は、きっと公爵家の騎士団が救出するはずです。まずは御身が大切です。」

 公爵家の騎士団が来るというアーヴィンの読みは当たるだろう。ゲームのシナリオ通りであろうとなかろうと、王宮に定刻に着かなかった段階で、クロエの父親が動かないわけがない。公爵家の騎士団が来て、クロエの安全が確保されたら、当然他の被害者たちも保護されるに違いない。

 今はクロエの安全だけを考えるのが得策というものだ。

――でも、そういう問題じゃないのよねえ。

 この誘拐は、きっと乙女ゲームのイベントだ。ヒロインが普通に救出されたら問題ない。だが、もし、例の三番目の選択肢を選んで隣国へ行ってしまったら……。

――ユーリが死んでしまうじゃない!

 だとするなら、ヒロインが隣国を選ぶ前に確実に救出しておかねばなるまい。

 説明が面倒になったクロエは、悪役令嬢口調で言った。

「あなた方、わたくしに指図するつもり? 私が案内しろと言ってるのよ!さっさとなさい!」

 言われた二人はヒッと小さく息を飲んだ。

 二人の様子に、クロエは気を良くした。

――悪役令嬢ムーブ、効くわね!


◆◆◆


 二人の後ろについて廊下に出ると、そこに見張りはいない。

「ほら、向こう。明かりが漏れてるだろう?あの部屋を通らないと外には出られない。だから、全員、安心してあの部屋にいるのさ。」

――なるほどね。危機管理意識が低いってとこね。

「それで、誘拐されてる他の人たちは?」

「こっちだ。」

 静かにそちらに向かおうとした時!悪者のいる部屋からたまたま出てきた一人の男と眼が合った。

――あ。やば。

 クロエはくるりと向きを変えた。

 男が大声で叫んだ。

「お前ら!何してやがる!」

 その声に、部屋からワラワラと悪党どもがなだれ込んできた。

――これはアカン!絶対アカン!完ッ全に詰んだッ!

 クロエは、命の危険を感じながら走った!

 とはいえ狭い建物の中だ、すぐに行き止まった。

 男どもが、ヤバい顔つきでゆっくりと近寄ってくる。

――ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!

 さすがのクロエも、なす術なし。

 アーヴィンはクロエを庇うようにクロエの前に立つ。襲い来る刃を自分の体で遮ろうとしているのか。

――うそ、なんで? これ、ゲームのイベントじゃないの? 公爵家の騎士団が来るんじゃないの? なんで助けが来ないの?

 緊張が極限まで来ていたクロエの脳裏には、 

――ああ、こういう時に「万事休す」って言葉を使うのかもな。

なんて、何の足しにもならないことしか浮かんでいなかった。

 その時だ!

 遠くから悪党の声がした!

「騎士団だ!!騎士どもがたくさん来てやがる!」

 慌てて逃げ惑うならず者たち。

 次々に現れる騎士たち。

 巻き込まれたり、人質にされないよう、アーヴィンがクロエを隅に引っ張り、やはり自分の体で隠している。

 目の端に、騎士たちがなだれ込んでくるのが見えた。

 騎士団が間に合ったのだ!

――でも、おかしくない?

 クロエは騎士たちの中に、公爵家の者ではない制服を見た。

――これって、王国騎士団、だよね?なぜ、国が動く?

 次々に悪党どもが捕まり、クロエも公爵騎士団に保護される中、クロエの意識は他の被害者たちの牢に向いていた。保護してくれている騎士を振り切ってでもその牢に向かい、ヒロインを探さなければ!と。

 しかし、騎士たちが、

「クロエ様、公爵様もいらっしゃる頃です!どうぞこちらへ!」

と外へと連れ出そうとする。

「でもまだ他の被害者が……。」

「他の被害者も全員救出します!まずは公爵に!」

 騎士たちに、ほぼ強制的に外へと連れ出された。

 外へと出ると、ちょうど父親が馬から降りるところだった。

「クロエッ!クロエーッ!!」

 名前を叫びながら、父親が駆けてくる。いつもの飄々とした雰囲気など少しも見えない。本当に心から心配されていたと実感する。

「お父様!」

 クロエも駆け出し、父親に抱き付いた。

「クロエ、クロエ……!」

「クロエは無事です。ご心配かけてしまって……。」

 父親は、痛いところはないか?ひどいことは?とひとしきりクロエに確かめ、クロエが大丈夫だと分かると、

「……そうか。無事で良かった。」

と初めて深い息をついた。

 落ち着いたところでクロエが尋ねた。

「ところでお父様。なぜ、王国騎士団がいるのですか?」

 父親は、質問の意味が分からないという顔をした。

「君が城に来なかったら、それは国も動くよ。」

「お父様の騎士団があるのに?」

「僕の騎士団は当然助けに来るさ。けど、君は国にとっても重要人物だからね。」

「ああ、お父様。そういう親馬鹿な妄想は置いておいてください。」

「妄想なものか。王子や側近たちが、クロエが定刻に来ないからと国王や騎士団長を動かしたんだ。」

――それはそうか。

 クロエは公爵令嬢だし、そもそも王城に向かう途中で誘拐されたのだし、とクロエも半分納得した。

「でも、王子も側近候補たちもまだ六歳ですよ?六歳の子どもに動かされる国王や騎士団長ってどうでしょうか。」

 何やらうちと同じ親馬鹿臭がする……とばかりに、クロエが小声で不敬なことを言うから、公爵は苦笑しながら後ろを振り返った。

「どうして国王や騎士団長が動いたか、……彼らに直接聞くといい。」

 公爵の視線の先で一台の馬車が止まった。止まった途端、中から王子や側近候補たちがわらわらと降り、クロエへと駆け寄った。

 それぞれクロエの手足を触り、ここは無事か、ここはどうだと聞いてくる。

 クロエは「大丈夫。」を何度も何度も繰り返す羽目になったのだが。

 一人、ユーリだけは、クロエに近付かなかった。少し離れたところから、ただクロエと友人たちを見つめていた。

 王子たちが、クロエの無事を確認し終わっても、ユーリは動かなかった。

 クロエは、ユーリの方に手を伸ばした。

「ユーリ。心配かけたね。でも、大丈夫。私は無事よ。」

 クロエが笑いかけるとみるみるユーリの顔が歪んだ、と思ったら声をあげて、わんわん泣き出した。

 泣き出したユーリを見たクロエは、

――うん。好きだな。

と思った。

 ゲームのユーリとは違うけれども、こうして自分を心配してくれるユーリを、やはり好ましく思う。前世の好きとは違うかもしれない。けれども、それでもやはりクロエはユーリが好きだな、と漠然と感じた。

 周囲の大人の反応はというと。急に泣き出したユーリに一瞬驚いたが、それが年相応の安堵の姿だと、微笑んだ。

 王子と側近候補二人は、最初は泣き出したユーリをポカンと見ていたものの、クロエの無事に安心する気持ちが急に込み上げて、釣られるように静かにメソメソと泣き出した。クロエも涙が滲んでいる。

 普段、大人っぽい言動が目立つ子どもたちも、こうなると形なしだが、彼らの真剣な心配と安堵を笑う者はいなかった。

 悪党どもは次々に騎士に連れられていき、その後ろから被害者たちも保護されていく。

 クロエは、目を皿にして被害者たちを見た。なのに、ヒロインらしき人がいない。

 最後の一人が救出されたと報告が上がると、クロエは「そんなはずはありませんわ」と食い下がったが、国と公爵家二つの騎士団が言うことに間違いなどあるはずがなかった。

――どういうこと!?

 クロエは混乱した。

――ヒロインは最初から、いなかった?

 何らかのことが起きて、そもそもこのイベントでの誘拐から免れていたならば、それは問題ない。けれども、そうでなかったとしたら?

――まさか……騎士団が来る前にもうアステッド帝国を選択していたら?

 それは、舞台がアステッド帝国に移ったことを示す。

 クロエはゾッとした。ゾッとして、ユーリを見た。

――ヒロインがアステッド帝国に行っていたら、ユーリはどうなっちゃうの?

 クロエは近付いてきた王国騎士団長に走り寄った。

「悪党全員捕らえたのでしょうか。逃した者や、皆様がいらっしゃる前に運ばれた被害者がいるのでは?」

 騎士団長は、アーヴィンやミロジから聞いたメンバーは全員捕らえたと言った。

 クロエは、その言葉で安心しなかった。

「お言葉ですが、騎士団長様。ここにいたのは小悪党ばかりでしたでしょう。この誘拐には、もっと大きな組織が関わっているはずです。だって、誘拐したって売る場所がなければ意味がありませんから。ならば、本当の犯人は、奴隷制度のあるアステッド帝国の者ではありませんか?」

 クロエは静かに話しているつもりだが、言葉の端々に怒りがあふれている。

 騎士団長は、クロエの鋭い問いに驚きを隠しきれなかった。息子のアレックスから聞いていた以上の賢姫ぶりに言葉を失う。しかし、すぐに平静さを取り戻し、微笑んだ。

「クロエ嬢。ここから先は我々に任せて、今は休みなさい。」

 それは、息子の友達を労る優しい言葉であったが。

 ユーリの不安な未来に激しく動揺しているクロエは、ますます興奮して喚いた。

「騎士団長様。わたくし、トカゲのしっぽ切りで終わりました、なんて報告は嫌です。この捜査、絶対、隣国アステッドまでつなげてくださいませ!なんなら、隣国の奴隷制度をなくすところまでやってくださいませ!」

 もはや、賢姫の影もないハチャメチャな要望だったが、クロエの切羽詰まった気持ちだけは伝わる。

 騎士団長は、クロエの言葉に真摯に答えた。

「クロエ嬢。この剣に誓って、我々は最大限の努力をしましょう。」

 しかし、すぐに「ただし」と付け足した。

「ただし。我が国の騎士団には、隣国の制度を変える権限はございません。」

 クロエは食い下がった。

「では、犯人だけ見つけてくださいませ。あとは父にお願いしますから。」

「いや、クロエ嬢。あなたの父上は外交官ですが、他国への干渉はできないものです。」

 騎士団長はそう言ったけれど。

 公爵が、

「ふふふ。娘の頼みとあれば、仕方ないなあ。」

とどす黒い笑みを浮かべたので、

「あ、出た、親馬鹿。」

と呟いた。

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