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10、《6歳》悪役令嬢、隠しルートを潰したい②

 誘拐されたにも関わらず、クロエが感じているのは、命の危険ではない。

 馬車を奪われた時から、クロエには、ある疑念があったのだ。

――そもそもこの誘拐、もしかして、ゲームのイベントじゃない?

 乙女ゲーム『傾国を照らす陽となれ』の中に、誘拐イベントがあったのをクロエは思い出していた。

 正規ルートでいうと、やはり六歳くらいだったと思うが、ヒロインが他の孤児たちと一緒に誘拐され、隣国アステッド帝国に売り飛ばされそうになるというイベントだ。

 このイベントは、意味ありげに起こるわりに、あっさりと解決する。なぜならば、その時なぜか高位貴族の娘まで誘拐されており、その貴族の家の騎士団がすぐに助けに来て、ついで的にヒロインや孤児たちも助かるのだ。

 その時の高位貴族が誰なのかまではゲームでは語られなかったが、そもそも私立騎士団を持っているなど公爵レベルでなければありえない。

 クロエの家は筆頭公爵家。そして、現在進行形でクロエが誘拐されているとなれば、ゲームの中でヒロインと一緒に誘拐されたのはクロエだった可能性が高い。

――つまり、ただ待っていればお父様たちが騎士団を連れて助けてくれるのよね。でも……。

 問題はそこではない。

 実は、『傾国を照らす陽となれ』は、二層構造と言われる珍しい乙女ゲームであった。

 普通の乙女ゲームなら、隠しルートは、どんどんと攻略を進めていった先で分岐する、いわば成功報酬的な現れ方をする。

 ところが、このゲームの隠しルートは、こんな始まったばかりのこの誘拐で分岐する。

 誘拐されたヒロインが選ぶ三つの選択肢に異常なものが混じっているのだ。

a、「きっとすぐに助けが来るわ。みんな大丈夫よ。」

b、「誰か来たら、やっつけて鍵を奪いましょう。」

c、「隣国アステッド帝国か……行くしかないわね。」

 この三つ目が意味不明だ。逃げなきゃ、という場面でヒロインが唐突に隣国に行こうと決心するという選択肢が現れる。

 実は、これが隠しルートだ。この三つ目を選ぶと、助けが間に合わず、ヒロインたちはまんまと隣国アステッドに送られてしまう。そして、そこからは、アステッド帝国が舞台の乙女ゲームが始まるのだ。

 この隠しルートを探し当てた者は、たいがい呆れた。

 なんと隣国アステッド帝国が舞台になると、アッシュフォード王国の人民は全てモブとなる。

 そう、攻略対象だったはずの、王子やサイラス、アレックスが全く出てこない。

 後半出てくる時にはもう攻略対象なんかではなく、敵国のモブ。

 そう、隠しルートで物語の舞台が変わるのだ。

 本編での隣国アステッドは、アッシュフォード王国を狙う悪い皇太子とその兄弟たちが住まう敵国に過ぎないのに、舞台がアステッドに変わった途端、アステッドの攻略対象たちの切ない物語が始まる。

 特に第二皇子の攻略は、涙なしには語れない。胸を締め付けられるその物語に、多くの乙女が夢中になった。メイン攻略対象がこの第二皇子であり、ヒロインがうまく第二皇子を攻略すると、最終的にはアステッドの第二皇子が、王となったステファン王子からアッシュフォード王国を奪い、アッシュフォードの王となる。さらに、兄が治めるアステッドをも攻め、最終的には平和な大国、新アッシュフォード大帝国を築くというストーリー。

 この話、本編よりもおもしろく、さらに第二皇子の魅力が半端ないため、なんと『傾国を照らす陽となれ』の続編はこちらのアステッド版で出ているくらいだ。そして、このアステッド版続編ゲームが爆発的に売れたわけだが。

 前世のクロエも、隠しルートをやってみたが。不満しかない。

 なぜなら、そちらのストーリーでは、サイラスの過去など出てこないから、普通に、極々普通にサイラスがアッシュフォード王国の宰相をやっている。

 ユーリは、というと。クロエは何度も探したのだが、恐ろしいことに、隠しルートではユーリの存在は、綺麗に消されている。

 いないのだ。

 続編に至っては、ユーリの役どころに新キャラが投入されていて、そのキャラがまたものすごい人気キャラとなり、人気第一位の第二皇子と並ぶ攻略キャラとして確立している。

 それはもう不満しかない。

 クロエはユーリを消し去った続編は許せないと思っている。

 だが、今は、許す許さないレベルの話ではない。

――つまり、今この建物の中にヒロインがいるってことでしょ?もし、ヒロインがアステッドに行くとか考えたら、舞台がアステッドに動く。そうなったら、自然にユーリが消えるストーリーが始まるってこと?……ユーリが消えるって……それ、ユーリが死ぬってことじゃないの。冗談じゃないわ。どうあっても、ヒロインにはこの国にいてもらわないと!


◆◆◆


 どれくらい時間が経っただろう。鍵のかかったドアの方から微かな音がした。足音だ。

 二人は同時に目配せをし、アーヴィンの方が静かにドア付近に移動した。

 足音は二つ。軽い。やせているか、子供か、そのどちらかだとアーヴィンは思った。

――多分、子供だ。十代前半ってところか。何かを持っている。食事を運んできたのか。

 鍵が開く音がして、ドアが開く。そこには十歳前後の兄弟と思われる少年がお盆を持って立っていた。

 ドアが閉まると同時に、アーヴィンが若い方の少年の背中に何か金属らしきものを突き付けた。

 年長の方の少年が振り向こうとした時には、アーヴィンが、

「動くな。動くとこいつの命はない。」

と冷たく言い放っていた。

「に、にいちゃん……」

 背中に何かを突き付けられている少年が情けない声を出した。

 思わずもう一人の少年がふりかえりそうになったが、アーヴィンに「そのままだ。」と止められた。

「まずは、そのお盆を床に置け。」

 言われるがままに、お盆を床に置く。

「何なんだよ。六歳の貴族のガキって聞いてたぞ。」

「ああ、六歳のガキだ。ただし平民だ。」

「平民がそんないい服を着ていられるか。」

「いいところで働いているからな。お前たちの職場は違うらしいな。」

「なっ……。」

「動くな。そのままって言ったはずだ、ミロジ。」

 ミロジと呼ばれた少年が振り向いた。

「な、なんでオレの名前を……。」

「中央第一孤児院……。オレもいたからな。ちょうどお前が孤児院を出る日、オレが入所だったから……お前が先生たちにそう呼ばれているのを聞いた。一度聞いた名前は忘れない。」

 アーヴィンの言葉に少年は声も出なかった。

「で、ミロジ。見張りは何人だ。」

「……オレが言うとでも?」

 ミロジが強がると、年少の男の子の背中に突き付けられているものの切っ先が背中に刺さった。

「い、いたい……いたいよ、にいちゃん……。」

 ミロジが青くなる。アーヴィンが繰り返す。

「見張りは何人だ?」

「……見張りなんか。」

「何人だ。」

「……この先が食堂になっていて、そこに全員いる。全部で十一人だ。逃げ切れるわけがない。」

 クロエが聞いた。

「あなたたち、本当にここで働いているの?」

 ミロジが少し口ごもったが、ぼそぼそと呟いた。

「……騙されたんだ。最初は、簡単な下働きって話で。本当に買い出しやら荷物運びやらの下働きで、みんなすごく優しくて。それで弟も一緒に働いていいと言うから、こいつも連れてきた。……でも、それは最初だけだった。そもそもここは野党のねぐらだった。オレは孤児院しか知らなかった。世間を知らなさ過ぎたんだ。……犯罪者の集まりだと分からなかった。こんなところに弟まで!オレは……オレは……。」

 悔しさに泣くミロジをよそに、クロエは言った。

「なるほど。騙されたと。う~ん。それでいける?もう少し必要かしら?」

 アーヴィンも頷いた。

「そうですね。騙された、だけでは彼らの仲間であることには変わりないわけですし。」

「なるほど、なるほど。」

と、クロエが頷き、それからおもむろにミロジ達に命令した。

「では、ミロジさん。弟さん。私達を逃がしなさい。」

 クロエの悪役らしい笑顔にミロジは思わず頷いた。

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