1、《16歳》断罪、やっぱりあるんですね
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「クロエ・ソーデライド嬢。あなたをここに断罪するとともに、私、第一王子ステファン・アッシュフォードとの婚約破棄を申しつける。」
先輩の卒業パーティーでいきなり起こった断罪。
王子の腕は男爵令嬢ソフィア・ヨークの肩を抱いている。
それを見ればこの婚約破棄後、誰と再婚約を結ぶのかが誰の目にも明白だ。
王子の後ろに並ぶ王子の側近たちも、緊張した面持ちでクロエと対峙している。
悪役令嬢断罪阻止のために長年頑張ってきたクロエは、ここに至ってもまだ信じられないという顔だ。
国王は無反応。それは、この断罪を国王も既に了承済みということを示している。
そう、既に仕組まれていた断罪劇……知らないのは悪役令嬢クロエだけというところか。
クロエはこんなことが起こるなんて、今日の今日まで全く気付かなかった。
なんならパーティーの前に、ステファン王子が、
「クロエ、ごめんね。今日は最初から王族席に座ることになっているんだ。エスコートは側近のアレックスにさせるけど、浮気はダメだよ。」
なんて、冗談ぽく、でも熱っぽい目でそう言ってきたくらいだ。
「浮気」という言葉が、まるで恋人同士の嫉妬みたいで、妙に照れてしまって、ついいつも以上につっけんどんな「了承しました。」という冷たい声になってしまったのだが。
特に最近は、王子はそういうリップサービスが多かったから、すっかり油断してしまった。
いや、油断どころではない。もしかしたら、好かれているのではないかと一瞬頭をかすめたりした。
無論、そんなわけはないことは分かっている。
だけれども、恋人とか本当の婚約者とかは無理でも、友だちとしてなら割とうまくやっていけるような気がしていただけに、クロエは正直裏切られた気持ちでいっぱいだ。
今日のリップサービスも、昨日の笑顔もみんな演技だったということだ。
ああ、裏切られていることも気付かないなんて、なんて愚かな悪役令嬢だろう。
いや、裏切られたと思うことすら甘いのか。これが乙女ゲームの世界だと分かった時からこの断罪は決まっていたではないか。
それでもまだ挽回は可能だと、クロエは王子を真剣に見つめた。
しかし。
ああ、政略婚約とはいえ、昨日まで彼女を婚約者として大切にしてくれていたはずの王子は、今は冷たく彼女を見下ろしている。
そんな冷たい目を自分に向ける人だったのかとショックを隠しつつ、それでも冷静を取り繕い、静かに尋ねた。
「殿下。わたくしの罪とおっしゃいましたが、わたくしには全く身に覚えがございません。いったい何のことか。ご説明いただけますか。」
彼女は、冷たい王子の視線から逃げることなく真っ直ぐに見つめてそう言ったというのに。
彼女の真剣なまなざしを受けた王子の瞳が嬉色に染まった。王子に抱かれているソフィアがギョッとするくらいに。
この断罪が、いや、この婚約破棄がそれほどに嬉しいのかと、クロエは大きな衝撃を受けた。
が、絶対に態度には表すまいと奥歯を噛んで目をそらさなかった。
王子が「やれ」とばかりに顎を向けたのを合図に、騎士団長の息子が罪状を淡々と言葉にした。
彼が読みあげた文の「奴隷輸出」という言葉ですぐにクロエの表情が変わった。明らかに身に覚えがあるという顔だ。王子が仄暗い笑みを浮かべた。
クロエは王子を見据えてすぐに反論したが、まるで説得力がない。
続いて、宰相の息子が孤児院やならず者を支配している罪を読みあげた。
これに対してもクロエは反論しようとしたが、すぐに次の断罪者によって遮られた。
最後は文官長の息子。彼が「平民いじめと男爵令嬢ソフィアを害そうとした罪」を告げると、クロエは驚きで目を見開いた。
しかし、すぐにその側近から目を外し、王子に向かって言った。
「わたくし、そんなことしておりませんわ!」
もう、クロエは王子しか見ていなかった。ただ、王子を真っ直ぐに見据えたまま、はっきりと否定した。
そう、否定したのだ。
あとは、王子の判断だ。
王子の表情を見れば、今朝までの、政略とはいえ婚約者に優しかった殿下に戻ることがないだろうことは分かる。
処刑なんてあり得ないとは思うが、あったとしてもそれがクロエと王子の信頼関係の結果ということだ。クロエを信用できないなら、そこまでだ。
でも、この十年、婚約者として過ごした日々の欠片でも脳裏に残っているならば、簡単に処刑なんて言わないはずだ。
少しでも、クロエの頑張りを見てくれていたのなら、せめて追放だ。処刑でないなら、追放だって万々歳だ!
あわよくば、などと夢を見ていたクロエが愚かだったのだ。
――もう悪役令嬢救済なんて、終わりだ。ここからは、家も名前すらも捨てて、前世同様庶民として生き延びてやるだけだ。
処刑か。
追放か。
追放であってほしい。
けれども、もし処刑なら?
そこまで考えて、処刑かもしれないというのに、クロエは自分が慌てていないことを滑稽に感じた。
長年努力し続けてきたのに、でも無理だったということに、それほど違和感がない。
――あーあ。そうね、私、不器用だもんなあ。
前世も今世も頑張った。頑張った結果が悪かったとしても、今世なら、何だか自分で自分を認められる気がする。
クロエは王子に向かってほほ笑んだ。
――うん。私は頑張った。いいよ、殿下。あなたの思うように処罰してくれても。処刑の瞬間まで私、この笑顔をあなたに向けられる。だって、私は頑張ったもの。誰が認めてくれなくても、私は私を褒めてあげるんだ。……殿下、分かる?ううん、分からなくてもいいや。……ねえ、殿下。私ね……。
クロエが心の中で王子にささやいていると、クロエの前に、一人の美しい青年が片膝をついて芝居じみた声と手ぶりで愛を語り出した。留学中の隣国第二皇子だ。
「おお、クロエ嬢。あなたの国はなんとあなたを理解しないことか。ああ、今あなたは傷つき、そしておびえていることでしょう。しかし、あなたがこんなに苦しんでいるというのに、今私は、あなたを得られるチャンスという思いがけない幸運に、天にも昇る思いだ。ああ、どうか、私の妻として隣国アステッドに来てはくれまいか。あなたが望むなら、私は王となって、あなたを王妃にもしてみせよう。どうか、この手を取って……」
「いや、あなた普通に邪魔だから。」
目線さえ送らずに、クロエが扇子でぐぐぐっと第二皇子の顔を押しやり、ステファン王子の方へと一歩足を進めた。
さっきの言葉をよくよく聞くなら、隣国第二皇子は、皇太子でもない第二皇子なのに「王となる」とか物騒な発言をしたのだが、クロエは全く見ていない。
ステファン王子の方もクロエしか見えていないようだ。王子は、断罪による興奮なのか、誰も見たことのない恍惚とした表情をクロエに向けている。
王子に一歩近づいたクロエに、近衛騎士の手が剣の柄に伸びる。
その時だった。
王子に肩を抱かれていた男爵令嬢ソフィアが、王子の腕からするりと抜けたかと思うとくるっと後ろを向き、側近の一人を指差して叫んだ。
「こ~の茶番を仕組んだのはっ、お前かぁ!?」