海辺の街
朝の静かな空気の中、純一たちは西の都に足を踏み入れた
「すごい、今までの町と全然違うな」
純一はあたりを見まわした
白を基調とした外壁に、オレンジ色に統一された屋根
道には石畳が敷き詰められていて、高台には宮殿のような建物が見える
「あの宮殿に賢者がいるのかな」
ユーリが宮殿を見上げる
「まだ酒場も開いてないだろうし、とりあえず朝ごはんを食べに行こう」
ウィリンが言い、一行は歩き出した
◇
朝ごはんを済ませて、町なかを散策していると時間がたつにつれて人が多くなってきた
酒場も今までの町とは比べものにならないくらい広かった
昼間なのに冒険者たちで賑わっている
ウィリンが酒場のマスターの話を聞く
「この町にいる賢者に会いたいんだけど、どうしたらいい?」
「冒険者さんたちも賢者さまに会いに来たのか、賢者さまは忙しいから、なかなか会ってもらえないって話だよ、まあ宮殿に行くだけ行ってみたら?」
返ってきたのはいまいち要領を得ない答えだった
「まあ、とりあえず宮殿に行ってみよう」
ウィリンが言ったとき、横から声をかけられた
「エレノア!」
◇
「エレノア、その人たちは誰だ?こんなところで何をしてるんだ」
「オルガー…」
エレノアは見たことがないような険しい顔をしている
「もしかして、元婚約者の?」
純一が小声で聞くと、エレノアは小さく頷く
「あなた達は何者なんだ?エレノアをどうするつもりだ」
「やめて!この人たちは仲間よ」
彼の言葉にエレノアが声を張りあげたとき、純一が遠慮がちに言った
「とりあえず、座って話したら?」
◇
「俺たちは席を外そうか?」
純一は言ったが、エレノアは首を横にふる
「ここにいてちょうだい、お願い」
エレノアが心細げに言うので、純一たちも同席することになった
◇
「君がなぜこの町にいるんだ、お父上はこのことを知っているのか?」
エレノアの元婚約者、オルガーが話を切り出す
しかし、とんでもないイケメンだな
純一はオルガーを見て思う
手入れの行き届いた金髪に、彫りの深い顔立ち、仕立ての良い服を着こなしている姿はまさに貴公子といった感じで、酒場には全然似合わない
文系の大学でモテるタイプだ
純一は全然関係ないことを考えていた
「あなたこそ、奥様を放って何をなさっているのかしら?」
エレノアが切り返す
「そのことなんだけど」
オルガーが苦い顔をする
「ロザリーとは別れたんだ」
「えええ!」
彼の言葉に思わず純一が声を上げた
◇
なんと、オルガーは3日で離婚していた!
彼は離婚の経緯を語った
オルガーは使用人だったロザリーと恋に落ちて結婚した
彼はロザリーが淹れるお茶が好きだったし、彼女の作る料理も好きだった
髪のセットや髭剃り等の身の回りの世話も彼女にしてもらうのが一番だったし、つかれた時は彼女のマッサージで癒されたかった
結婚すれば大好きな彼女をひとり占めできると思っていた
しかし、ロザリーにとっては違った
彼女にとっては、お茶を淹れることも料理も、オルガーの世話もすべて仕事だった
自分は妻となったのだからもう使用人としての仕事はしない、新しく雇った使用人にさせろと主張した
オルガーにはそれが理解できなかった
結婚してからは彼の世話だけをしていればいいのだから、使用人だった頃の仕事とは違うはず
旦那の身の回りの世話をするのは、使用人としてではなく妻としての役目ではないか
ロザリーの言葉を照れ隠しの類いだと軽く流していたら、彼女は失望し家を出て行ってしまった
オルガーはそこではじめて事態を深刻に受け止め、ロザリーを生まれ育った修道院まで迎えに行ったが、すでに彼女は尼となっていた
◇
あまりの顛末にエレノアは絶句していた
純一はひそかにロザリーに同情した
おそらく帰る実家もなく、修道院で尼になるしかオルガーから離れる方法がなかったのだ
もしかしたらオルガーの求婚も、使用人としての立場上断れなかったのかもしれない
「僕が君に対して何かを言える立場じゃないのはわかっている、僕がしたことをゆるしてもらえるとも思ってはいない
でも、家を出て冒険者の真似ごとをするのは違うんじゃないか
君のご家族も心配されているだろう、僕と一緒に家に帰ってくれないか?」
エレノアはうつむいたまま、震える声で話し始めた
「わたくし、わたくしは、別にあなたへの当てつけで旅に出たわけじゃないの
この数日間、いろんなことがあった
酒場へ行くことも、夜中に探検することも、鳥に乗って空を飛ぶことも、きっと家にいたら一生体験できなかったことよ
大切な仲間もできた
これから、わたくしたち賢者さまに会いに行くのよ」
エレノアはまっすぐオルガーの目を見て言った
「わたくし、家には帰らないわ」
◇
「今日のところは帰るよ、でも、危険なことだけはしないと約束してほしい」
そう言い残して、オルガーは酒場を出て行った
「大丈夫か?」
純一がエレノアに声をかけると、エレノアは大きく息を吐いて答えた
「思っていたよりは、大丈夫だったみたい」
そして笑顔で言った
「時間をとらせてしまってごめんなさい、宮殿に行きましょう」
◇
宮殿では、受付の女性が応対してくれた
「何か御用でしょうか」
「賢者さまに会いにきたんです」
ウィリンが答える
「賢者さまは大変忙しいので、ご期待に沿えないこともございます、まずはご用件をお伺いします」
「俺は、魔法のコントロール方法が知りたいんです、今までは自己流でしかやってこなかったので」
「俺は別の世界からこの世界に来てしまったので、元の世界に帰る方法を探しています」
純一の話を聞いて、女性の表情が変わる
「そちらのお嬢さま方は?」
「私は行方不明になった父親を探しています」
「わたくしは付いてきただけですわ」
「少々お待ちください」
女性は一旦奥に下がり、しばらくしてから戻ってきた
「賢者さまは本日は予定が埋まっておりますので、明日の昼にまた来ていただくことは可能ですか?」
「わかりました、明日また来ます」
ウィリンが答えて、純一たちは宮殿を後にした
◇
宮殿から町の中心部に戻って、純一はウィリンと2人で酒場にいた
「ジュンイチは行かなくてよかったのか?ケーキ好きなんだろ」
エレノアとユーリはこの町の名物のチーズケーキを食べにカフェに出かけていた
「お茶会は女子だけのものって前言われたんで、それにリーダーと2人で飲むのも悪くないし」
「そう?」
ウィリンは照れたように笑う
「そういえばさ、パーティーメンバー募集してる人ってたくさんいるんだな」
純一は壁の掲示板を見る
ライブハウスとかでよく見る『バンドメンバー募集!』のようなノリで『回復魔法使い』とか『戦士』とか『未経験歓迎!一緒に冒険しませんか?』とかいろいろ貼ってあって見るだけで結構面白い
「大きい町は人が集まるから…」
言いながら掲示板を見ていたウィリンの視線が、一点で止まる
「あいつら、この町に」
掲示を見ながらウィリンが小さくつぶやいた時
「ウィル?ウィルだよね」
後ろから声が聞こえた
◇
声をかけてきたのは褐色の肌に長い黒髪、エメラルド色の大きい瞳と厚みのある唇が印象的な美しい女性だった
「ドリス!」
「やっぱりウィルだ、あんな別れ方だったから気になってたんだ、その、元気にしてる?」
彼女は遠慮がちに聞く
「まあ、元気だよ、そっちは?」
「あんまり良くないね、やっぱりウィルの魔法に頼ってたところが大きかったから、それで、どうなの?魔法の調子は」
「悪化してる、この間なんて同じ建物にいただけの人を回復したよ」
ウィリンを追放したパーティーのメンバーなんだろうけど、ウィリンが結構普通に話してるのが純一には意外だった
「そっちのお兄さんは?」
彼女が純一の方を見る
「あ、どうも」
「一緒に冒険してる、炎の魔法使いなんだ」
「そうか、もう新しい仲間がいるんだ」
「そっちはまだ回復魔法使いは見つかってないみたいだな」
掲示を見ながらウィリンが言う
「だめなのよ、新しい人が来てもウィルが基準になっちゃってるからなかなか物足りないし、マルコスも結構むずかしい人だから、結局ケンカしちゃって」
「ククク、あいつ喧嘩っ早いからな、目に浮かぶようだ」
「ねえウィル、お仲間の前でなんだけど、もどる気はない?マルコスも口には出さないけど、あの、追い出したこと後悔してると思う」
それまで笑っていたウィリンが急に冷たい表情になる
「パーティーに戻る気はない、マルコスにも伝えておいて」
「そう、そうだよね、ごめん」
「俺はやくそう以下なんだろ」
「そんなこと、ごめんね気分悪くさせて、あの、しばらく私たちこの町の宿屋に滞在してるから、パーティーに戻らなくていいから、気が向いたら顔を見せて」
ウィリンは返事をしなかった
「楽しく飲んでたのにお邪魔してごめんなさい、あなたに神のご加護がありますように」
彼女は純一にも声をかけると、酒場から出ていった
◇
純一はなんて声をかけていいのかわからなかったので、とりあえず感想を言った
「美人だったな、胸も大きいし」
「やっぱりジュンイチもそう思うか!いい女だよな!」
ウィリンが得意げに言うので、純一はなんだか面白かった
「いい女って、誰のこと?」
丁度そこにエレノアとユーリが帰ってきた
◇
「西の都到達を記念して」
「乾杯!」
その日は酒場で祝杯をあげた
みんないろんな思いを抱えて旅をしてるんだな、純一は改めて思っていた
いったい、『賢者さま』は何者なのか
明日何が起こるのか
純一は少し恐ろしくもあった