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人魚の大切なもの

村の近くの湖で、純一たちは人魚の少女に話しかけられた


「冒険者さん、ウォザックに行くの?」


「ああ、そうだよ」


ウィリンが答えると、人魚は歌うように続ける


「わたし、もうすぐあの村の人と結婚するの」


「結婚?」


結婚というワードに反応して、エレノアが少し嫌そうな顔をする

人魚は話を続ける


「王子様と出会ったのは星が綺麗な夜だったわ」


彼女の話はこうだった


ある夜、彼女は湖に落ちた男を助けて岸まで送り届けたが、その際に男に惚れてしまった

諦めようとしても想いはつのり、彼のことばかり考えていたある日、魔女からある契約を持ちかけられる

人間にしてやる代わりに大事なものを差し出すこと、また、人間になっても想い人と結婚できなかった場合泡となって消えること

そしてついに人間になれる日が今日ということだった


エレノアが言う


「それって相手の方はあなたのことを知らないのではなくて?」


「そうかもしれない、でももう想いを抑えられないの」


「その方があなたのこと好きにならなかったらどうなさるの?泡になっちゃうんでしょう」


「だって、王子様と一緒にいられない世界なんて、生きていたって仕方がないわ!」


エレノアはなんとも言えない苦い顔をしていた

純一達はとりあえず村へ向かうことにした





村で宿をとり、買い物を済ませると純一たちは酒場へ向かった


「この村で最近湖に落ちて生還した人っている?」


ウィリンが店主に尋ねると


「それだったらダンテだな、あいつこの間ベロベロに酔って湖に落ちたから、今日も来てるよ」


奥の席でひとりで飲んでいる男をさす


「ん?俺がどうかしたの?」


彼はヒゲ面でガッチリした体型の中年男性だった


「冒険者さんがお前に話があるんだって」


「ちょっと話があるんだ、一杯ご馳走するよ」


ウィリンの申し出を彼は辞退した


「いや、この間飲みすぎてから嫁がうるさくてさ、酒はいいよ、話って何?」


「結婚なさってるの?」


エレノアが声を上げる


「そうだけど、どうかしたの?」


ダンテが不思議そうに言う

エレノアは事情を説明した


「ええええ、あれ、人魚が助けてくれたんだ、しかも結婚しないと死ぬって、何だよそれ、怖えよ」


彼は何も知らなかったようで驚いていた


そのとき酒場のドアが開いて、酒ダルのような恰幅のよい中年女性が入ってきた


「あんた!またこんな時間まで飲んで、ほら帰るよ」


「妻のアンナだ、湖に落ちて以来酒場まで迎えにくるようになっちまったんだ」


アンナは純一たちを見かけるとにこやかに声をかける


「あら、冒険者さん、ウォザックにようこそ、ゆっくりしていってくださいね」


ダンテに向き直るときつい声で言う


「ほら!あんたは帰るよ」


「ちょっと待ってくれよ、なんか大変なことになってるんだよ」


「大変なこと?」


「とりあえず、湖まで行ってみよう」





湖までの道中でエレノアが事情を説明した


アンナは最初は言葉を失っていたが、次第にぽつりぽつりと話し始めた


「そうかい、酔っ払ってあの湖に落ちたのに助かったのも奇跡だと思ってたんだよ、そんなことがあったんだね」


ダンテは気まずそうに黙っている


「その子がいなかったらあんたは死んでたんだろ、命の恩人に感謝しなきゃ」


そのとき前方から何かがものすごい勢いで走ってくるのが見えた


「王子様!私、人間になったわ!」


湖で見かけた人魚が、全裸で、全力疾走でこちらへ来る

純一はあんなに堂々としてたら何か違う生き物を見ているようで全然エロくないなと思った


「あんた、なんて格好してんだ!とにかくうちにおいで」


ダンテに抱きついてキスをしようとする人魚を、とりあえず家に連れ帰ることにした





「そういえばさ、大事なものを差し出すとか言ってたじゃん、何をあげたの?」


急遽アンナの服を着せた元人魚にユーリが尋ねる


「兄さまの頭髪をあげたわ」


「なんて事するんだ!」


それまで黙ってた純一がいきなり大声を出したのでユーリがビクッとした


「ジュンイチ、どうしたの?」


「なんで人の頭髪を勝手に差し出すんだよ、自分のにしろよ!」


「あんたらちょっと黙っててくれよ!」


ダンテに怒られる


「この人のことは好きにしていい、私は身を引くよ」


アンナは言いきかせるように元人魚に話す


「あんたがいなかったら永遠にこの人を失っていたけど、あんたが助けてくれたおかげで今でもこうやって会えるし、同じ世界で同じ時間を過ごすことができる

この人と一緒になってクソみたいなこともゴミみたいなこともムカつくこともたくさんあったけど、たまにはいいこともあったし、私はもう十分幸せにしてもらったよ

命をかけて会いにきてくれた子と、残りの人生を過ごしてもいいんじゃないか」


「アンナ、そんなこと」


ダンテは泣きそうな顔をしている


「王子様は」


さっきまで興奮状態だった元人魚が静かに口を開いた


「王子様はこの方を愛しているのね」


悲しそうな顔で言う


「わたし、帰るわ」


「でも、このままじゃあなた」


エレノアが声をかける


「いいの、泡になるのも悪くないわ」


そのとき、家のドアが開いて、ダンテをひとまわり大きくしたようなヒゲ面の青年が入ってきた


「ただいまー、あれ、お客さん?珍しいね」


さっきまで死にそうな顔をしていた元人魚の表情がパッと明るくなる


「王子様!わたし、こっちの王子様でもいいわ!結婚しましょう」


「ちょっとあなた、ダンテのことを愛していたのではなくって?」

「ちょっと待っとくれ、息子との結婚は認められないよ!」


エレノアとアンナが同時に叫ぶ


エレノアは今度はアンナに向かって声を上げる


「待って、あなた旦那さまを譲るのはよくて、息子と結婚させるのは嫌なの?」


「あたりまえだろ!あの飲んだくれは結局他人だしいくらでもくれてやるよ、でも息子は長い間大事に育ててきたんだ!わけのわからない女にあげるわけにはいかないよ」


「他人って、アンナ」


「話が見えないんだけど、結局この人たちは何なの?」


抱きつこうとする元人魚をおさえながら息子が言う


「リーダー、ややこしくなってきたしそろそろ帰ろう」


純一がウィリンに耳打ちする


「そうだね、お邪魔しました」


いまいち納得していないエレノアを連れて、純一たちは逃げるように宿に帰った





「ジュンイチ、起きてる?」


夜、うとうとしていたところで、エレノアの声で起こされた


ユーリは丸くなって寝ていた

ウィリンは「なんで…なんで…なんで…」とうわごとを繰り返しながら寝ていた


「起きてるけど、寝なくていいのか?疲れてるんじゃないのか」


「眠れなくて、ねえ、結婚ってなんなのかしら」


「結婚?」


意外な方向からの問いに純一は少しひるむ


「アンナは、旦那さまが他人と結婚しても生きていて同じ世界にいられるならそれでいい、充分幸せだと言っていたでしょう

わたくし、どうしてもそんな気持ちにはなれないわ」


「俺も結婚してるわけじゃないから偉そうなことは言えないけど、それぞれの夫婦のかたちがあって、みんな結婚とは何か探りながら自分なりにかたちを作っているんじゃないかな」


月並みなことしか言えない

エレノアの問いへの答えはこれでいいのか、純一にはわからなかった


「わたくし、わからないの

結婚が、結婚だけが必ずしも幸せの形でないのなら、なんで、なんでわたくしが、あんなに、苦しまなければならなかったのか」


話しながらエレノアは泣き出してしまった

純一はエレノアを思いきり抱きしめたかったが、彼女には触れてはいけない気がして何もできなかった


エレノアが泣き止むまで純一はただ黙っていた


「ごめんなさい、明日も早いものね。もう寝るわ、おやすみジュンイチ」


「ああ、おやすみ」






「次の村、ミッドブルーは少し遠いから、今夜は野営になる、しっかり物資を揃えていこう」


朝になって、ウィリンが日程を伝える

エレノアが普通にしていたので、純一は少しほっとした





街道に出ると、森の中で昨日の元人魚が薪拾いをしているのを見かけた


「おはよう!もう旅立つのね」


こちらに気付き、話しかけてくれる


「あなた、無事でよかった、あの後はどうなったの?」


エレノアが安心したように言う


「結婚するかはともかく、あの家で置いてもらうことになったの、それで家にいるからには働けってアンナが」


魔女との契約である『想い人との結婚』の判定がまあまあゆるかったことに純一も安心する

彼女のこれからの人生の中できっといつかは達成できるだろう


「湖にずっといれば働く必要なんてなかったけど、地上は大変なのね、まあもう戻れないし頑張るわ」


彼女はにこやかに言う


「じゃあね、よい旅を!」


「ありがとう、あなたも頑張ってね」


元人魚に別れを告げて、純一たちはウォザックを後にした

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