消えた新郎
「ごめん寝坊した、先入ってて」
由美はスマホの画面を呆然と見つめていた
純一からの最後のメッセージから4時間、何度も連絡を入れたが一向につながらない
結婚式場のスタッフが心配そうに由美を見ている
なんでこんなことになっているのだろう
3店舗まわってやっと決めたウェディングドレス、歳をとってから写真を見返しても古くならないようにシンプルにしたアクセサリー、大好きなひまわりの花をたっぷり使ったウェディングブーケ
幸せな日を彩るはずだったアイテムは、ひとりで待ちぼうけてる今となってはみじめさを強調する呪いの装備のように由美には感じられた
結婚式の時間は過ぎているのに、新郎が現れない
心変わりしたのか、結婚が嫌になったのか
まじめな純一がそんなことをするとは思えなかった
「何かあったんじゃ」
不吉な考えが由美の頭に浮かぶ
「由美、大丈夫?」
言いながら控室に由美の母親が入ってきた
「お客さんは一旦帰ってもらおうか、純一さんが見つかってから改めてまた集まったらいいよ」
「うん」
力なく由美は答える
招待客の中には遠方から来てる人もいる
顔も見せずに帰すのは本当に申し訳ないが、とても人前に出られる心境ではなかった
今日は由美と純一の結婚式だった
由美は実家から、純一は新居から結婚式場に向かうはずだった
結婚式が終わったら2人で新居に帰り、明日からは新婚旅行だったのに
由美の母親が戻ってきた
「お客さんには事情を話したから、とりあえず今日は由美も家に帰ろう」
「うん」
◆
家に帰ってからもまともな食事は喉を通りそうになかった
由美は自室でコーラを飲みながらポテチを食べていた
「ゲームでもしようかな」
少しは気がまぎれるかもしれない
由美がゲームに電源を入れようとしたところでスマホが鳴った
テーッテレテテテ テレレレレレ
テレレテレレ テレレレレーレ テーテテ テレテテー♪
由美はスマホに飛びついた
『純一 からの着信です』
画面に文字が表示される
おそるおそる由美は電話に出た
「由美?俺だけど」
純一だった
「純一!無事なのね!よかった、一体どうしたの?いまどこにいるの?」
一気に話す由美に、しばらく沈黙したあと純一が静かに言った
「ごめん、由美、落ち着いて聞いてほしい」
由美の頭に嫌な考えがよぎる
純一が続ける
「俺、異世界に来ちゃったみたいなんだ」
「えええ?」
◆
結婚式に現れなかった純一は、なんと異世界転生していた。
「異世界?異世界ってどこ?」
「わからないよ、異世界なんだから」
純一が困ったように話す
「どうにかして帰りたいんだけど、どうしよう」
純一のこんなに不安そうな声を由美は初めてきいた
「周りには何があるの?」
「町?なのかな、店とか民家がある」
「とりあえず情報をあつめようか、町の人に話しかけたら冒険のヒントがあるかも」
「知らない人にいきなり話しかけられないだろ」
「町の規模はどのくらいなの?酒場はある?」
「けっこう大きいな、酒場らしきものはある」
「じゃあまずは酒場に行こう、情報は酒場に集まるから、うまくいったら仲間にも出会えるかも」
「金がないよ、何も注文しないのに入るわけにもいかないだろ」
「お金持ってなかったの?」
「通貨が違うんだよ、なんかGってやつみたい」
「その辺の民家のタンスあさったら酒代くらい入ってないかな?」
「そんなことできるわけないだろ!」
純一は異世界に行ってもまじめなんだな、由美は思った
「道具屋は開いてる?なにか換金できるかも」
「開いてるよ、でも高値で売れそうなものなんてないよ」
「結婚指輪があるじゃない」
由美が提案すると純一は困ったように言う
「え?指輪売っちゃうの?」
「とりあえずお金作らないと、指輪は帰ってきてからまた買えばいいよ」
「そうか、そうだよな、売ってくるからちょっと切るわ、またかける」
電話が切れた
純一の身に何か大変なことが起こっているのはわかった
由美は純一のそばにいられないことがもどかしかった
◆
純一から再び着信があったのは、かなり時間が経ってからだった
「もしもし、由美?」
「おつかれ、どうだった?」
「2万Gで売れた、あと酒場でステータス鑑定?もしてもらった」
「そんなのできるんだ!どうだったの?」
「なんかすごい褒められた、レベル99の炎の魔法が使えるらしい」
「レベル99はすごいね、純一は魔法使いなんだ」
「その鑑定士の人が仕事のあっせんとかもしてる感じ、今は断ったけど
さっき知り合った人と今から飲むことになったから切る、また電話する」
「わかった、気をつけてね」
そう言って由美は電話を切った
異世界転生だなんてにわかには信じがたいけど、純一が言うのだから本当なんだろう
由美は純一のためにできることを考えたが思いつかなかった
ぬるくなったコーラを飲む
朝になるまで、純一からの着信はなかった