ざまぁ代行~あなたの輝く未来のために、正義を執行いたします!~
「それで? あなたはどうしたいの?」
プリシラは、唇を噛みしめた。
彼女の正面では、仮面を付けた謎の令嬢が豪奢な椅子に腰かけている。彼女が豪華に波打つ金髪をかき上げると、仮面の奥でアメジストの瞳がきらりと光った。
(どうしたい?)
そんなの、決まっている。
「あのクズ野郎を、叩きのめしたい……っ!」
その言葉に仮面の令嬢は妖艶にほほ笑んで、プリシラの手を取った。
「いいわ。そのざまぁ、私が代行いたします!」
* * *
プリシラは裏切られた。
彼女の元婚約者であったガス・ウィバリーは、社交界でも有名なプレイボーイだった。由緒正しい伯爵家の嫡男で将来が約束されているだけでも女性は放っておかないのに、それに加えて彼はイケメンだった。金髪碧眼の甘いマスクに、すらりと高い身長……。
彼は完璧だった。
そんな彼と政略結婚とはいえ婚約を結ぶことができて、プリシラは夢のような心地だった。
最初の内は。
ガスは婚約を結んでからしばらくは、社交界に出るときには必ずプリシラを伴った。三日おきに手紙を送ってくれたし、昼間にも度々プリシラのもとを訪れ、甘い言葉を囁いた。庭園のガゼボで身体を寄せ合って、口づけを交わしたこともある。
ところが数か月もすると、彼からの連絡はプッツリと途切れてしまった。
そしてある日、婚約破棄を知らせる手紙が届いたのだ。
曰く、『プリシラが複数の男と関係を持っていることが発覚した。このような身持ちの悪い女とは結婚できない』ということだった。
プリシラも両親も愕然とした。なぜなら、まったくの事実無根だったから。
むしろ、浮気をしていたのは彼の方だった。
婚約破棄の手紙が届いたのは、その浮気について彼を責め立てた翌日だった。彼は、自分の不貞をごまかすために、プリシラの不貞をでっちあげたのだ。
それに気づいた時には、もう遅かった。
『プリシラ・マッケイン男爵令嬢が複数の男と浮気をして婚約破棄された』という噂は瞬く間に社交界に知れ渡り、彼女は社交界からつまはじきにされた。
さらに実家の事業は傾き、プリシラも両親も失意のどん底に叩き落されてしまったのだった──。
* * *
日に日に憔悴していく彼女を心配した友人の一人が、とある秘密倶楽部のことを教えてくれた。
裏通りのカフェで合言葉を伝えると案内される、秘密の地下室だ。
そこにいたのが、この仮面の令嬢だった。
プリシラが洗いざらい全ての事情を話すと、彼女がざまぁ代行を請け負ってくれたというわけだ。
「後のことは、全て私に任せなさい」
仮面の令嬢がニヤリと笑って右手を上げると、どこからともなく黒尽くめの男が現れた。彼女と同じデザインの仮面をつけている、怪しげな男だ。
「ルイス。全て調べ上げるのに、どれくらいかかりまして?」
「三日もあれば」
ルイスと呼ばれた男は、即座に答えた。
「全て?」
首を傾げたプリシラに、仮面の令嬢が微笑みかける。
「そのクズ野郎について。誰といつどこで会っているのか、仲の良い友人は誰なのか……」
白くて細い華奢な指を折りながら、仮面の令嬢が楽しげにささやく。
「食の好み、お気に入りのテーラー、よく出入りする遊び場、女の好み、学校の成績、足のサイズ、子どもの頃のエピソード……」
ゴクリ。
プリシラは思わず唾を飲み込んだ。
仮面の令嬢の瞳が血走って見えたからだ。
「髪の本数、局部のサイズに至るまで、すべて調べ上げるのですわ!」
ガタン!
仮面の令嬢が拳を突き上げて立ち上がると、勢い余って椅子が倒れた。
彼女はとんでもないことを言っているはずだが、黒尽くめの男はいたって冷静で、ささっと椅子を元に戻しただけで無表情のままだった。どうやら慣れているらしい。
「そして、彼を追い詰めて弱みを握るのです。情報は力、力こそすべて。力をもって、クズ男に制裁を下すのです!」
もしかしたら、とんでもない人に相談したのかもしれない。プリシラは後悔し始めていた。
だが、もう後には引けない。
この仮面の令嬢の力を借りて、このざまぁを成し遂げるしか、彼女に道はないのだ。
* * *
仮面の令嬢から密かに手紙が届いたのは、それから五日後の夜のことだった。
その手紙には、
『舞台が整いましたわ』
という一言だけが、やたらと流麗な文字で書かれていた。
さらにその翌日、プリシラのもとに別の手紙が届いた。
アディントン公爵家からの、舞踏会の招待状だった。
アディントン公爵家と言えば、プリシラにとっては雲の上の存在で、名指しで舞踏会に招待されたことなど未だかつて一度もない。
公爵家とこれといった縁はなく、王宮で開かれた大舞踏会で、遠くから公爵令嬢を見かけたことがあるだけだ。
(まさか、これが舞台……?)
プリシラの背を冷たい汗が伝った。
いったい、何が起こってしまうのだろうか。
想像すると、怖くなる。
だが同時に、期待している自分もいて。
プリシラは、一週間後に控えたその舞踏会のために、完璧に準備を整えることを決めたのだった。
そして一週間後、準備を整えた彼女を迎えにきたのは、見知らぬ青年だった。
だが、目が合うとすぐにその正体に気づいた。
仮面の令嬢の隣にいた、ルイスと呼ばれていた男だ。
「今夜は私がご案内いたします」
緊張でドキドキするプリシラを、ルイスは完璧にエスコートしてくれた。
会場に着くと、ルイスを見た令嬢たちが目の色を変えた。そして、彼がエスコートしているのが噂の浮気女だと分かると、ヒソヒソと噂話を始める。
両親には気にするなと言われた。人の噂も七十五日、いずれ忘れられて、何事もなかったように社交界に戻れる、と。
だが、この侮蔑を含んだ好奇の視線は、精神的にかなりクルものがある。
「落ち着いてください」
顔色を青くするプリシラに、ルイスが淡々と告げた。
「お嬢様の準備は完璧です。今夜、あなたのざまぁは達成される。……あなたは堂々と胸を張っていれば、それでいい」
淡々とした口調で、おそらくプリシラを慰めるために言ったのではない。彼は事実を羅列しただけだろう。
だが、プリシラは確かに勇気づけられた。
「はい」
堂々と胸を張ればいい。
その通りだ。
自分は何も悪いことなどしていない。悪いのは全てあの男なのだから。
プリシラは自分に言い聞かせて、人々の好奇の視線にさらされながらも、広間の中を堂々と進んだ。
その先で待っていたのは、主催者であるアディントン公爵夫妻だった。ルイスに促されて挨拶をすると、にこやかに応じてもらえた。
そうこうしていると、広間の中央がにわかに騒がしくなった。
「ひどい! あんまりですわ!」
一人の令嬢が、叫び声を上げたのだ。栗色の髪の可愛らしい女性だが、今は髪を振り乱して必死の形相で隣に立つ男に縋り付いている。
「まさか、ガス……!」
その令嬢にすがられているのは、プリシラの元婚約者、ガス・ウィバリーだった。
どうやら彼もこの舞踏会に出席していたらしい。公爵邸の大ホールで開かれた舞踏会には五百名ほどの人が集まっているので、偶然だったかもしれない。
だが、彼がこの場に来ていることも、どうやらトラブルに巻き込まれたらしいことも偶然ではないと、プリシラには分かっていた。
「お、落ち着くんだ、メアリー」
ガスは慌てた様子で栗色の髪の令嬢をなだめようとしている。だが、今度は別の令嬢が彼に掴みかかった。
「信じられませんわ!」
真っ赤なドレスの令嬢が、ガスの頬をひっぱたいた。
さらに、
「私だけだって、そう言っていたのに!」
また別の、羽飾りをつけた令嬢が金切り声を上げる。
三人の荒ぶる令嬢と、それに囲まれて冷や汗を流す一人の男。
まさに、修羅場である。
いったい何が起こっているのかと出席者たちが遠巻きに見ていると、慌てた公爵夫人が彼らに駆け寄った。主催者としてはこんな状況を放置することはできない。
「まあまあ、落ち着いてくださいな」
公爵夫人が声をかけるが、女性たちは落ち着く様子など欠片も見せず、今度は公爵夫人に迫った。
「この男、私というものがありながら、他の女を連れてきたんです!」
「今夜は私と一緒に過ごそうと言っていたのに!」
「いいえ、私をエスコートすると約束していました!」
と、女たちは口々に公爵夫人に訴えた。
この男は、三股をかけていた全員と、同じ舞踏会に出席する約束をしていたということだ。
「人が多いから、バレないと思ったのかしらね?」
「そうかもしれませんわ」
「上手く時間をずらして立ち回れば、三人を鉢合わせさせることなくやり過ごせたかもしれませんわね」
「公爵家の舞踏会ともなれば、出席できるだけで名誉なことですから」
「三人ともに好い顔をするために、こんなことを?」
「リスキーではありませんか?」
「いやいや、そのスリルこそが浮気の醍醐味……」
などと、周囲の貴族たちは彼らの動向を見守りながら楽しげに話している。
「あらあら」
公爵夫人は困った表情を浮かべて、ガスの方を見た。
「当家の舞踏会で、ずいぶん楽しそうなことを計画なさったのね?」
言われたガスは、顔色が青を通り越して土気色になっていた。
「さあ、お嬢さん方は別室へ。冷たいものでもお飲みなさい。……後のことは、私に任せなさい」
公爵夫人に優しく促されて、三人の令嬢は怒りに肩を震わせながらも、ウェイターの案内で会場から出て行った。このままここに残って男に怒りをぶつけたところで、良いことは何もないからだ。
「で、では、私も……」
ガスもそれに便乗して退席しようとしたが、公爵夫人は許さなかった。
「お名前は?」
公爵夫人がよく通る声で尋ねた。
「えっと、私は……」
ガスはなんとかこの場を逃げ出そうと、モゴモゴとごまかしながら後ずさりを始めた。
この場で名乗ってしまえば、それで終わりだ。
といっても、この場に彼の顔と名を知っている人がいないはずがないので、無駄な抵抗でしかないのだが。
「お名前は?」
二度尋ねた公爵夫人に、とうとうガスは降参した。恐怖と悔しさで全身をブルブルと震わせながら、か細い声で答える。
「ガ、ガス・ウィバリーと申します」
「ウィバリー伯爵のご嫡男ですね。……今夜のこと、よく覚えておきますわ」
それだけ言って、公爵夫人はくるりと踵を返した。
取り残されたガスは、へなへなとその場に座り込んだ。
「皆さま、お騒がせいたしましたが、余興は終わりましたので。引き続き舞踏会をお楽しみください」
公爵夫人の宣言で音楽が再開し、ホールに華やかな喧騒が戻ってきた。ニコリと微笑んだ公爵夫人のアメジストの瞳がシャンデリアの明かりを反射してきらりと光る。
(あれ?)
あの瞳には見覚えがある。
そうだ。
仮面の向こうの、あの瞳だ。
と、プリシラが気づいた瞬間だった。
「私のお母さま、怖いでしょう?」
彼女の背後から近づいてきた誰かが、耳元でささやいた。
「!?」
驚きに思わず声を上げそうになってしまったプリシラの唇に、白くて細い華奢な指が触れる。
「初めまして、プリシラ嬢」
プリシラが振り返ると、そこには妖艶にほほ笑む美貌の公爵令嬢がいた。
美しい金髪を華やかに結い上げ、アメジストの瞳とおそろいの美しいドレスに身を包んでいる。
「アビー・アディントン公爵令嬢……!」
驚くプリシラに、アビーがニヤリと笑う。
あの仮面の令嬢と同じ表情、同じ仕草で……。
「ドッキリ、大成功ですわね」
ドッキリどころではない。
まさか、公爵令嬢があんな怪しげな秘密倶楽部を運営しているだなんて。もしも世間に知られれば大醜聞だ。
「ふふふ。上手くいきましたね」
アビーの視線の先では、くるくると華やかなドレスが舞うホールの真ん中でガスが座り込んでいる。
顔見知りなのだろう一人の男性が声をかけるが、聞こえているのかいないのか、ガスはぶつぶつと何かをつぶやきながら虚空を見つめている。
「まあまあ、情けない」
アビーは嬉しそうにほほ笑んだ。
三股したことが世間に知れ渡るだけでも醜聞なのに、彼は公爵家の舞踏会で失態を犯した。公爵家の顔に泥を塗る行為だ。
この場で名乗らされた彼は、向こう数年は首都の社交界に顔を出すことはできないだろう。誰も公爵家を敵に回したくはないから。
公爵夫人が直接手を下さなくとも、彼は社交界から追放されるというわけだ。
さらに、彼は伯爵家の長男だが、廃嫡されるかもしれない。
それほどのことを、彼はしでかしたのだ。
だが、プリシラには一つ腑に落ちないことがあった。
(彼は、そんなにバカだったかしら……?)
確かに、浮気者の最低クズ男だが、それほど頭が悪かったと言う印象はない。プリシラと婚約を結んでいるときの浮気も巧妙に隠していたし、浮気が露見した後の立ち回りもうまかった。だから、プリシラと彼女の実家は窮地に立たされることになったのだ。
「ふふふ。ああいう虚栄心が強くて、中途半端に賢い男は操りやすいのよ」
アビーは楽しげに言ってから、プリシラの手を取った。そして、フロアの中央に彼女を誘う。
舞踏会では男と女がペアになって踊るのが常識だ。だが、主催者であると同時に貴族の中で最も高貴な身分を持つ公爵家の令嬢が、友人を誘ったとなれば事情は変わってくる。
出席者たちは、楽しげに踊るアビーとプリシラを微笑ましい笑顔で見つめた。
「あの男、あなたと浮気相手の女性の他に何人も関係を持っている女がいたのよ。最低よね。完全に割り切った関係の女性もいたけど、彼と本気で結婚したいと思っている令嬢も多かったわ」
ワルツのリズムに合わせてアビーがくるりと回る。次いでプリシラが華麗なターンを見せると、アビーがうっとりと笑みを深くした。
「だけど、あの男がなかなか婚約してくれないから、彼女たちは焦れていた。そこへ公爵家主催で舞踏会が開かれることになり、あの男も招待されたと耳にする。もしも、公爵家の舞踏会にパートナーとして出席することができたら、公に恋人として紹介してもらえる。そうなれば、次は婚約だわ! 彼女たちは、そう考えた。……困ったでしょうね、彼は。何人もの女の子から、同じ舞踏会に連れて行ってほしいとねだられて」
じわりと、プリシラの背に汗が伝った。
まさか、こんな無茶なシナリオが自然に成立するはずがない。おそらくアビーは彼女たちを言葉巧みに唆したのだろう。もちろん、直接ではなく人を使って。
「困った男は社交クラブで愚痴をこぼした。たまたま隣に座っていた紳士は、彼のことを『若いねぇ』なんて笑いながらも、とても親身にアドバイスをしてくれた」
『たまたま隣に座っていた紳士』などいない。いたのは、アビーの手の者だ。
「舞踏会は夕方に始まって、夜中過ぎまで続く。時間をずらして、全員連れて行けばいい。招待客だって出入りがあるから、誰も君が連れている女性が変わったことなんて気にしないさ。舞踏会ではパートナーを入れ替えて踊るのは当たり前のことだしね」
アビーがくすりと笑って、プリシラの耳元に顔を寄せる。
「だけど、令嬢たちに送った手紙に書く待ち合わせの時間を間違えるなんて、間抜けよね?」
おそらく、彼はそこまで間抜けではない。
令嬢たちには、きちんと別々の時間を書いた手紙を送ったはずだ。……彼女たちの手に届くまでの間に、手紙がすり替えられるとも知らずに。
とはいえ、招待状を持っているのは彼だから、たとえ待ち合わせ時間を間違えて女性たちがやって来たとしても会場には入れない。
彼女たちが鉢合わせすることは、起こらないはずだったのだ。
だが、彼女たちは同じ時間に居合わせてしまった。
「彼女たちは、どうやって会場に入ったんですか?」
プリシラがおずおずと尋ねると、アビーはぐるりと周囲を見回した。何人かの貴族が彼女の視線に気づいて、目配せでそれに応える。
「待ち合わせ相手がいなくて困っている令嬢がいたら、助けてあげたくなる男性がいてもおかしくないわよね?」
おかしくはない。
自分には決まったパートナーがいないから、招待状がなくて困っている令嬢を連れて会場に入ってあげる。そんな親切で都合の良い男性は、いるにはいるだろう。
だが、そんな男性が同じ場所、同じ時間に三人もいるのは不自然極まりない。
全て、アビーの計画だ。
周到に張り巡らされた罠に、彼は見事に引っかかってしまったのだ。
ワルツが終わる。
曲の余韻と共に二人の手は自然と離れ、向かい合った。
「いかがでしたか?」
「……スッキリしました」
憎い男が、完膚なきまで叩きのめされたのだ。
同時に彼が浮気者だと周知されたことで、プリシラの名誉も回復した。
良いことだらけだ。
だが、プリシラは後味の悪さも感じていた。
ワルツが終わる頃には、ガスはウェイターたちの手によって助け起こされ、ホールの外に連れ出されていた。
これからの彼の人生を思うと、気の毒だったかもしれない、という気持ちもわいてくる。
「あなたは、お優しいのね」
アビーは優雅な仕草でスカートの裾をつまみ、膝を折る。プリシラも同じように礼をとった。
「でも、あの方はあなたの人生に必要ない方ですわ。あなたは、あなた自身の人生を生きればよろしいのよ」
そう言われても、簡単に割り切れるものではない。
「……悔しいわね。あの男があなたに付けた傷は、一生消えない。あの男のことを、あなたは一生忘れられない」
アビーの瞳が寂しげに揺れた。
「忘れろ、とは言いません。だけど、今日のことが、あなたの輝かしい人生の第一歩になることを、心から願っていますわ」
その言葉に、プリシラの目頭が熱くなった。
彼女は、あのクズ男を懲らしめるためにこんなことをしたのではない。
プリシラのために、彼女がこれからの人生を前向きに生きていくために……、彼女のために、骨を折ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ああ、でも」
「え?」
「お礼なら、目に見える形でいただきたいわ」
「わ、私にできることなら」
「それじゃあ、あなたのお父様が手掛けていらっしゃる堆肥製造の事業のことで相談があるのだけど」
「あの赤字事業ですか?」
「やり方がまずいだけよ。私が出資するから、事業を見直して、一緒に大儲けしましょう!」
まったく抜け目がない。
もしかしたら、アビーは最初からプリシラの父の事業を狙っていたのかもしれない。プリシラが秘密倶楽部を訪れたのも偶然なんかではなく、あの友人にも彼女の手が回っていたのだろう。
だが、プリシラはそれでもいいと思った。
大胆で、賢くて、抜け目がなくて、優しい。
プリシラはそんな彼女のことが、大好きになっていた──。
* * *
「今回も完璧なざまぁでしたわね!」
深夜過ぎ、アビーは自室で祝杯を上げていた。空になったグラスに、ルイスがおかわりのワインを注ぐ。
「まったく、無茶をされましたね」
「そう?」
「ええ。今回は下準備に『人』が必要でしたから。人の口に戸は立てられません」
「もちろん、足がつかないようにしたのよね?」
「はい。ですが、その分、人件費が……」
「けち臭いこと言わないでちょうだい」
「ですが……」
「お金なら有り余っているんですから」
アビーはグラスの中のワインをクルクルと回しながら、プリシラのことを思い出していた。
帰り際、彼女は
『またお会いしましょう』
と、公爵令嬢相手に堂々と言ったのだ。
しゃんと背筋を伸ばして、淑女のお手本のような微笑みを浮かべて。
婚約破棄されたすぐ後、とある夜会で見かけたときには、心無い噂に晒されてしゅんと肩を丸めていた彼女が。
彼女はきっと大丈夫だ。
「……さて」
アビーがグラスを置くと、ルイスがさっと一枚の書類を差し出した。
「次は、どなたのざまぁを代行しましょうか」
アメジストの瞳が、きらりと光った──。
Fin.
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また、現在連載中の作品もお読みいただけると……
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