3 もふもふは至高
私は動物が大好きだ。
なかでも犬はどの犬種でも大好きだった。むしろ雑種でも好きだ。
小さい時から親に犬か猫を飼いたいと強請り続けたが兄妹が多く金銭面的に厳しく、大人になってから自分で稼げる様になったらと思ったが、トントン拍子で結婚、妊娠、出産をすませ、いざ!と思えばまさかの息子の動物アレルギーが発覚。
同じく動物好きに育ってしまった息子とガラス越しや、動画で子犬仔猫を愛でては悶え、里親探しのチラシに涙したものだ。
因みに息子二人、娘一人に恵まれ、次男と長女が保育園の時に中々リアルな犬と猫の動くぬいぐるみを貰った時は小学生だった長男とガチ泣きした。(お金は旦那のお手伝いで稼いだお小遣いだったらしい。(旦那が別に8割を出している笑))
そんなわけで。
目の前にもふもふですよ。
ふさふさですよ。
ふわふわかな?少し固めかな?
タダとは言わんからおばちゃんにナデナデさせてくれんかね。
ピコピコしている耳にゆっくりと揺れている尻尾。
途中からライズの話している内容など耳に入ってこず、3人の耳や尻尾を目が往復する。
「かわいぃ。」
我慢出来ずうっとりと呟いた言葉に3人の目が見開かれていく。
「あ。ごめん願望が。続けて続けて。」
願望を語っている場合ではなかった。
こちらに来て258日、初めて人?と会話したのだ。情報は貰えるだけ貰っておかねば。
正直この世界での女性の扱いより、衣、食、住や、金銭など
まずは常識的な情報が欲しいがあまりがっついてはいけない。
因みに何故人がいる所に転移していないかと言うと、自分の能力調査がしたかった為にあまり危険じゃない森に下ろして貰ったのだ。
チート能力をと言ったメルディスに即決でいらないと返し、基本的な生活に困らないだけの魔力と、魔物がいる世界と聞いたのである程度の魔物に対抗出来るだけの力だけを要求した。
まぁ、困らないだけの魔力と、ある程度と言う言葉にお互いの認識の差があったのは後日知ったが。
助かったのはこちらの食材が日本にいた時に見ていた物と似通っていた事、スキル?として鑑定を持っていた為に毒の有無や、食用になるかどうかなどの見分けがついた事も助かった。
狩りも小さい物から慣らしていき、最近ではオーク数体なら一気に仕留められるようになってきた。
昔お祖父ちゃんに連れられ鹿や猪などの狩りや解体を体験していたのがまさか死んでから役立つなんて思っても見なかった。
「え、いや………あー」
「あ、大丈夫ですよ、流石に許可なく触ったりなんかしないです。私だって急に髪触られたらヤダし。」
クルリと黒い毛先を指で遊ばせる。
昔から染めた事がらないからな痛みの少ない真っ黒なストレート髪だ。
「……本当にこの国の者じゃないんだな」
「さっきからそう説明してるけど?」
ガルインの呟くような声に、さらりと答える。
嘘をつくつもりはない、正しくはこの世界の人じゃないけど。
「………かわいいとは…?」
ずっとチラチラとこっちを見ていたサイルがじっと此方をみている。
「気分を悪くしたならごめんね、私が居た所には獣人はいなかったから、少しテンションが上がってしまっただけ。気にしないで。」
「……気色悪くはないのか?」
「…………ん?」
気色悪い?
「因みに何が?」
コテンと首を傾げるガルインとサイルも鏡合わせのように首を傾げる。頭についた耳もふるりと動く。
やめて。
可愛すぎて変な声出る。
ぐっと奥歯を噛みしめる。
「何が?」
「うん、何が気持ち悪いの?」
「……………多くの人族にとって、獣人は畏怖と嫌悪の対象だ。我らは耳と尾以外は人族に近しいが、中には顔も体も獣と同じ仲間もいる。人族からすれば獣人とは人族のなり損ないだ。」
「ふーん。あたしは何とも思わないし、寧ろモフりたい。」
「もふり?」
人族に獣人族。
まぁ、有りがちかなぁ。他の爬虫類系なんかもいたりとかするのかなぁ。
まぁそれは追々で………
「もふりってなんですか?」
「え、モフらせてくれるの?」
「え、いえ、……まずもふりとは…」
モフのセリフに思わず身を乗り出すとサイルが一歩下がった。おっと恐怖心を与えてはいけない。
ガルインとサイルは最初のプチハプニングからようやく落ち着いてきたのか、此方を興味深く見ながらも少し警戒しているように見える。
父親のライズがいるからまだマシなのだろう。
あぁ。ご近所で産まれた4匹の子犬が少し大きくなって知らない人を見て興味はあるけど近づけないってなってたチビ達にそっくり!!
もちろん触る事は出来なかったが、可愛い姿を息子とムービーにおさめたさ!
「モフりとは…」
「「「………ゴクリ。」」」
「その素敵なもふもふ耳ともふもふ尻尾を是非触らせて貰いたいと!!!!」
もう願望を隠す気はなくなった。
と言うか無理だった。
「触る…」
「もふもふ耳…」
「もふもふ尻尾…」
思わず互いの耳や尻尾をみて首を傾げている。
その間もピコピコと微かに動いている耳や、尻尾に目がいってしまうのは仕方ないと諦めて欲しい。
「…本気で言ってるのか?」
「逆に冗談で言う人いるの?」
「………いないが。」
ライズが考え込むように腕を組むとお互いをみていた二人が此方を伺うように見てくる。
「何?」
「…いや、マカの居た所には獣人はいなかったんだろ?」
「いなかったよ」
「俺達が怖くはないのか?」
ジッとこっちを伺う二人は警戒心のある犬のようだ。
「二人は私に危害を加えるつもりがあるの?」
「「ない。」」
「なら怖がる必要がないじゃない。むしろ……」
ザッっと振り向きざまに腰に据えていた短剣を投げると、ライズが同時に魔法を放っていた。
「ギャッ!!」
首に刺さった短剣と左肩を吹き飛ばした風魔法を受けて後ろに迫っていたオークはそのまま絶命したようだ。
「とりあえずお腹空いたからご飯にしていい?」
未だに呆然としている二人を他所に、ライズは関心したように頷いた。
*************
「「「うまい!!」」」
「なら良かった」
オークを手早く解体し、必要ない部位を燃やして埋めた。
残して置くと他の魔物が寄ってきて危ないからだ。
解体したオーク肉を女性の獲物をとるわけにはいかないとライズは最初受け取ってくれなかったが、短剣と魔法の当たったタイミングがほぼ同時だったので無理やり押し付けたが三分の一も受け取ってもらえなかった。
ので、受け取らないなら食べさせましょう!と手持ちの調味料と、野菜(こちらでは野草?山菜?)を使ってオークの串焼きとスープをご馳走した。
そこからは無言無言無言。
モグモグごっくん、ずー。と繰り返し続き、綺麗に食べ終わったと同時にガルインとサイルがハッと気づいたように此方を振り向いた。
ライズは呆れたようにそれでも慈しむように二人をみていた。
「お腹いっぱいになった?」
「…悪い、美味かった。」
「美味しかったです、マカや、父さんは食べられましたか?」
少し気まずそうに、体を縮め此方を伺う姿に思わず笑いが込み上げる。
「ふはっ、若いんだから沢山食べて当たり前だし、気にしなくても大丈夫」
兄弟や、息子達も十代の頃は何処に消化されてるんだと思うほどよく食べた。
「遠慮なくたべてしまったな、しかも貴重な調味料を使わせてしまってすまない。」
「?」
「塩や、何やら見たことのない物で味をつけていただろう?」
「すごく美味かった。」
「味わった事のない味でとても美味しかったです、ですがオークを大分使ってしまったんじゃないですか?」
申し訳なさそうにコチラを伺う3人に、はてと首を傾げる。
「別にオークは今狩ったやつだし、特に貴重なものなんて使ってないから気にしなくていいよ」
「?いや、塩も十分貴重だが見たことのないものばかりだったぞ」
「塩が貴重?」
「………。」
色々と聞いといた方が良さそうだ。
少し聞いて分かった事は、この国はあまり…というか全く食文化が発展していないようだ。
まず、調味料が塩、砂糖と思わしきドロリとしたもの(水飴みたい)と、薄口醤油さらに3倍程薄めたようなものしかないらしい。全部見せて貰った。
しかも、味が微っ妙。
砂糖もどきと、醤油もどきはともかく、塩は人間が住んでいる国から輸入しているらしく、とても高額で貴重なものらしい。
いや、なんでだよ。
「塩何でわざわざ買ってるの?」
「マカ、我が国は塩を有していない」
「塩がない?」
「ああ、三百年程前に塩の木が一斉に枯れてしまったらしくてな」
「木………。」
木ねぇ…と呟く私を他所にライズさん親子は温泉へと向かっていった。
さてさて。
とりあえず夜だし今日は此処で夜営となった。
自分のテントに入り彼らとの話を思い返す。
結局あーだこーだと言ってみたが、やはり婚約はするそうだ。
土下座の勢いで頭を下げられてはこれ以上は拒否出来なかった。
決まった事は
①婚約期間は神殿で契約してから一年。
②必要以上の詮索はしない。
③不用意な接触はしない。
まぁ、妥当だろう。
そして話の最後に、ライズからディルバス国の辺境伯である事を打ち明けられた。
黙っていてすまなかったと謝られたが、申し訳ないが最初に会った時に鑑定で見たので知っていたと言ったら凄く驚かれた。
鑑定は使える者が少ない訳ではないが、自分より魔力量多い者(物)は鑑定出来ないらしい。
しらんがな。
何で辺境伯しかも当主がこんな所にと思ったら、領内に村として登録されていない集落が3つ程あるらしい。
魔の森にある集落はその名の通り魔素が濃く、魔獣が多い。
魔素のせいか通常の作物も育ちづらく、要はどこも食料不足らしい。
魔獣が多いならそれを狩っては?と思ったが、色々な理由で集まった訳ありが多く、魔力も少ない者が殆でそれも難しく、半年に一回だが見回っているらしい。
因みにこちらを鑑定していた事も、わかっていたと伝えると更に土下座をしそうになったので今日会ったばかりの者を信用出来ないのは当たり前だし、私も鑑定していたのだからお互い様だと言って何とか納得してもらった。
そろそろ寝ようとテント内に結界を張りランプの灯りを消す。
因みに、心底どうでもいいかもしれないが、まどかは発音がし辛いらしく、マカと呼ばれるようになった。
何だか久しぶりにまともな人(?)と話したせいか、どこか高揚とした気持ちのまま眠りについた。