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偽りの勇者

作者: 本郷


「やばい、やばい、やばい」


 アランは自室で布団を頭から被り、両手でギュっと裾を握り締めていた。


「どうしてこんなことに・・・」


 後悔しても遅い。


 アランは床に置いてある一振りの聖剣を見ながら、己の行動を激しく悔やんだ。





 








 アランの住む村はドドド村という名前で、通称「聖剣の村」と呼ばれていた。


 なぜ「聖剣の村」と呼ばれているのかと言うと、文字通りこの村には聖剣があるからだ。


 試しの岩。聖剣は村の中央にある大きな岩に突き刺さっていた。


 魔王がこの世界に顕現した時、その魔王を討ち倒す勇者のみがその聖剣を引き抜くことができる。そのような伝説がこの村にはあった。


 半年前。魔王降臨というニュースが世界中を駆け巡ぐる。そして、その直後から我こそはというものがこの村を訪れ聖剣を試しの岩から引き抜こうとした。


 結果として今日まで誰も引き抜けなかった。


 しかし、アランはそんな聖剣を引き抜いてしまった。


 酒に酔った勢いだった。直前に好きだった女の子に振られて、その理由が「強い男が好き」だと言う。


 毎日、畑仕事に勤しんでいたアランであったが、その割に体の線は太くない。


「くっそ、俺だって。やればできるんだ」


 玉砕した後、先を浴びるように飲んで酩酊したアランは、村にある試しの岩へ足を運んだ。


 そして、ふざけて聖剣の柄を握り力を加えた。


 スッと岩から聖剣が抜ける。


「は?」


 酔いが一気に覚めた。


 アランは抜けないだろうと思っていた。実はこれまで何回もこの試しの岩で憂さ晴らしをしていた。頑丈で何をやっても傷ひとつつかいないこの岩はストレス解消にもってこいの物だった。足で蹴ったり、鍬で叩いたりとやりたい放題であった。


「なんで、なんで抜けるの」


 焦る。体のあちこちから酸っぱい匂いのする汗がじんわりと染み出してくる。


 急いで辺りを見渡す。


「良かった。誰にも見られていない」


 遅い時間帯ということもあってか周囲には誰もいない。


 アランは急いで聖剣を手にしたまま、自宅へと走った。


 走る。走る。早く家に。


 家に着くと、鍵をしっかりとかけ、寝室に入る。


 聖剣を床に叩きつけた。


「どうして抜けるんだよ!」


 そしてベットに座り、布団を頭から被ったのだった。









 


 布団の中でアラン思案する。


 明日の朝には聖剣がないことが発覚する


 そうなれば誰が聖剣に選ばれたのかという話になる。


 しかし、まさかアランが聖剣を抜きし勇者だとは誰も思うまい。証拠もない。


 アランは勇者になんてなりたくもなかった。魔王どころかゴブリン一匹であったも前にすると足がすくむ。


 そんなアランが魔王討伐など夢物語であった。


 大丈夫。何度も自分に言い聞かせて、アランは横になる。


「明日、この聖剣をどこかに捨てに行こう」


 そう決意すると緊張が少し和らぎ、しばらくするとアランは眠りにつくことができた。






「痛い•••」


 手の甲の痛みでアランは目覚めた。朝日が昇り部屋は明るい。


 アランが痛む右手の甲を見るとそこには紋様が刻まれていた。


「これは、まさか」


 急いで床に落ちている聖剣を拾い上げ、柄を見る。そこにはアランの手の甲に刻まれているものと全く同じ紋様があった。


「   」


 言葉が出てこない。


「ドンドンドン」


 突然、家の扉を叩く音にそれまで呆然としていたアランはびくりと肩を震わす。


「アラン、居るんでしょ。ねぇ、アラーン!」


 扉を叩いていたのは幼馴染のニーナだった。


 アランは急いで聖剣をベットの下に隠す。そして、右手に包帯を巻いて、玄関の扉を開けた。


「どうしたんだ、ニーナ。こんな朝早くに」


「おはようアラン。ねぇ、聞いて聞いて」


 ニーナは興奮し切った様子でアランにアランに唾を飛ばしながら話しかけてくる。


「聖剣が抜かれたの。遂に!」


 (もうバレたの!)


 こんな朝早くに試しの岩を確認するなんて、何て暇な奴なんだ。アランは思わず嘆息する。


「見に行こうよ」


 ニーナがアランの腕を引っ張り外へ連れ出す。


「ちょっ」


 慌てながらも意外にも力があるニーナには逆らえず、アランはそのまま引きずられるように試しの岩まで連れて行かれた。


 試しの岩の周囲には人集りが出来ていた。


 ザワザワ。ザワザワ。


「誰が抜いたのかね」

「エドガー様よ、きっと」

「いや、ワルロー様よ」


 周囲では誰が聖剣に選ばれたのか噂が飛び交っている。


「ねぇ、アランは誰が聖剣に選ばれたと思う?」


 こちらの気も知らないでニーナが質問してくる。


「知らねぇよ。他の奴らが噂している誰じゃないのか」


 適当に話をはぐらかす。その後もニーナはマシンガンのようにアランに話しかけてきた。それを適当にあしらっていると物々しい一団が試しの岩へやってきた。


 注意深く見ると、その集団の真ん中には、この村の村長がいた。


 村長は試しの岩の前にたどり着くと、何やらぶつぶつと呟いた後、周囲に響きわたる声で言った。


「勇者じゃ、勇者が誕生したぞ!」


 村長の言葉に周囲の者は


 「おぉー!!!」


 と雄叫びを上げた。


 雄叫びは徐々周囲の者に伝わり、やがて村全体を包んでいった。








 


 その後、勇者誕生を祝して祭りを行うことになった。


 アランは村の中央のキャンプファイヤーを組みながら大きくため息をつく。


「本当にどうするんだ、これ」


 村長は勇者に選ばれた人物を探すと同時に、王都にも勇者誕生の報告を行なった。


 アランはだんだんと取り返しがつかないことになっていることは理解しつつも、どうしようも出来なかった。


 アランは無心で任されたキャンプファイヤーの木組みを行う。


 ああ、どうすれば良いのか。


 アランが勇者だと分かれば強制的に魔王討伐の旅に行かせられる。


(隠し通さないと)


 密かに決心したアランは、木組みを終えると自宅に戻った。


 ベットの下には変わらず聖剣がある。その聖剣を布でぐるぐる巻きにして、背中に巻き付ける。


 よし、外に出ると多くの者が祭りの準備に勤しんでいた。誰もが準備に忙しくアランのことは気に留めない。


 アランは堂々と村を出て、近くの森に向かった。

 

 (どこに埋めようか)


 ある程度森の奥まで進むと村の喧騒は完全に聞こえなくなる。ここに隠せば誰にも見つかることはないだろう。


 聖剣をスコップ代わりに土を掘る。


 聖剣はとても使いやすかった。


 土がサクサク掘れる。農作業用に是非とも使いたい程だった。


 アランは少し惜しみながらも、掘った穴に聖剣を入れる。そして上から土をかけた。










 村に戻ると日が傾きかけていた。


 祭りの準備はほとんど終わっており。出店では多くの者が食事を楽しんでいる。


 アランも串肉を売っている出店に立ち寄り食料を確保した。


「夕食はこれだけでいいか」


 アランはできるだけボロを出さないために、祭りの最中は家に引き篭もる予定だった。


 食料を手に帰宅する。すると、家の中には幼馴染のニーナがいた。


「なんで勝手に人の家にいるんだよ」


「合鍵を持っているから」


 そう、ニーナはアランの家の合鍵を持っているのだ。もちろん来る時はドアノッカーで合図をするが、アランが家にいない時は勝手に家に上がり込んで待っている。


「何をしに来たんだよ」


 アランが眉をひそめてニーナに尋ねる。


「祭りに一緒に行こうと思って」


「いや、俺は行かない」


 アランの言葉を聞いたニーナは目を見開いて、あからさまな反応をする。


「何でなんで、何でー!」


「そりゃ、興味がないからだよ」


 拒絶するアランになおもニーナは食い下がる。


「でも、でも、でもー」


 なおも懇願し続けるニーナに折れたのはアランだった。


「少しだけだからな」









 アランは出店であらかじめ買っておいた串肉を頬張りながら、祭りを見ていた。


 周囲では奇妙な仮面と衣装で着飾った人たちが踊っている。これは一種の願掛けだ。


 聖剣を引き抜いた勇者が魔王をを無事倒せるように願って踊る。年に一度、この踊りを忘れないように年初めの新年会でみんなで練習するのでアランも覚えている。


 しかし、そんな願いを込められた勇者がまさかただの農民であるということは誰も知らないだろう。


 アランがどこか虚な眼差しでその踊りを見ていると、遠くから犬のようにニーナが走ってきた。


「おーい。アラン!」


「お前、人を祭りに誘っておいて自分だけどこかへ行くなよ」


 アランはニーナに文句を言うも、彼女はニコリと笑い追求をかわす。


「ごめん。少し用事があって。その用事というのが、アランに関係することなの」


「俺が?」


 訝しげな視線をニーナに向ける。


 このタイミングで用事というと悪いことしか思い浮かばない。


「そう、アランに。村長が勇者の発見に協力して欲しいって」


 ニーナはあどけない顔で、えげつないことをアランに言い放った。





 アランは嘆息しながら、村長の家までの道のりを歩く。


 村長の言うことは絶対だ。逆らうことはできない。


 乗り気がしない様子をを隠すこともなく、村長の家の前に立つ。門番に要件を伝えると事前に話が通っていたのか、あっさりと客間へ通された。


 祭りが行われているこの時間に村長が家にいることが異常事態である。そして、そんな状態で頼まれることなど厄介なことに違いなかった。


 アランが客間で5分ほど待っていると、唐突に村長が部屋に入ってきた。よほど焦っているらしい。部屋に入り席につくなり要件を唐突に述べてきた。


「アラン、お主の知識で勇者を探し出して欲しい」


 予想はしていが、最悪の頼みごとにアランは懸命に表情が変わらないように応答する。


「勇者を探す?どうしてですか」


 アランはさも何も知らなかったふりを通す。


「実は聖剣に選ばれた勇者が見つからないのだ」


「ええ!!」


 アランはこれでもかと言うくらいに大袈裟に驚く。


「それはどういうことなんですか!」


 両手で「バン」と机を叩き、前のめりになる。


 何という演技力であろうか。アランは自分自身がここまで演技ができる人間であったことに驚いた。


「驚くのも無理はない。普通なら勇者に選ばれたものは嬉々として民衆に自らが勇者であることを示すはずだ。しかし、今回の勇者はどういう訳か一向に名乗りでない」


 アランは驚いた顔をつくり、村長に話の先を促す。


「わしも最初は少し怪しいと思ったのじゃ。朝の段階で聖剣が引き抜かれていたも誰も勇者だと名乗り出ていない状況に。しかし、それは勇者としての世間に出るための決心を固める時間だと考えたんじゃ」


 そこで村長はテーブルに用意されていた果実種を手に取り、一気に飲み干す。


「だが、その後も誰も勇者として名乗り出なかった。試しの岩への挑戦として村に滞在している者に確認してみたが、誰も勇者ではなかった」


 村長はそこでガックリと肩を落とした。しかし、なほも村長の話は止まらない。


「王都にも勇者誕生の報告をした故、もう後には引けない。わしらは勇者を見つけなければならないのじゃ」


 村長は熱い視線でアランを見る。


「そこで勇者の研究をしていた賢者様の弟子のアランに是非、勇者を見つけて欲しいのじゃ」


 やっぱりか。それが村長の話を聞いたアランの感想であった。


 賢者。それは10年前までこの村で勇者の研究をしていたアランの師匠であり、かつニーナの育ての親でもあった。


 賢者の名前はない。昔アランが聞いたところ、「名は捨てた」と言っていた。


 賢者は200年前の人魔大戦でかつての勇者と肩を並べて魔王と戦った猛者だった。そして、試しの石を作ったのもその賢者自身であった。


 賢者は魔王に対抗することができる特殊な因子をもった者を勇者と定義した。そして、再び魔王が現れた際には効率よく勇者を見つけられるようにこの試しの石というシステムを作った。


 アランはそんな賢者の弟子だった。いや、弟子というより使用人に近かったかもしれない。


 スラム街で死にかけていたアランを弟子という名目で救ってくれたのだ。


 そのためアランは賢者がどのような研究をしていたのか詳しくは知らない。また、賢者の研究成果を全く残さなかった。死後、魔族の手に渡ることを危惧したからだ。


 だからこそ、アランは村長からの期待に本来であれば応えることができなかった。


 しかし、アランは村長の頼みを断らない。


「勇者を見つけろと言いますが、もう村にはいないのではないですか」


「いや、この村にいる」


 村長は力強く頷く。


「占いの婆がいるだろ。あやつ占ってもらったのじゃよ」


 アランは無意識のうちにゴクリと唾を飲む。


「その結果、勇者はこの村にいるという占い結果が出た」


 余計なことをしてくれたものだとアランは思った。


 しかし、アランはそんなことは全く顔に出さずに。


「分かりました」と村長からの依頼を引き受けた。


 アランは自分主導で探せば、自身が勇者だとバレないと考えたたのだった。


 (何とかして別の勇者を見つけないと)


 そう心に誓ってアランは村長の家を後にした。




 


 村長の家を出た時にはすっかり日も暮れ辺りは真っ暗になっていた。


「おーい、ニーナー」


 アランは大声で自分をここまで連れてきた人物の名前を呼ぶ。ニーナはアランを村長宅まで連れてくると1人でいそいそとどこかへ行ってしまったのだ。


「まさか、1人で帰ったのか」


 そんなことをアランが思い始めた時、中庭で一人の女性を見つけた。


「美しい・・・」


 思わず口から言葉が漏れた。


 その女性は見るのの全てを魅了する剣舞をしていた。


 今日は祭りで村長宅もほとんどの人が出払っている。


 今、この瞬間も中庭にいたのはアランとその女性の2人だけであった。


 ふと、女性と視線が合う。


 するとその女性は少し残念そうに微笑んだ。


 次の瞬間、そこにはニーナが立っていた。剣舞をしていたのはニーナだった。姿形は全く同じだったのに、アランは今の今までニーナであることに気が付かなかったのだった。


「アランどうしたの?」


 呆然としているアランにニーナが話しかけてくる。


「いや・・・、お前こそ剣舞なんかしてどうしたんだよ」


 ニーナは何を言っているのか一瞬分からない顔をしたが、自らの手に持っている剣を見て何かに納得したよだった。


「ああ、気分転換にね」


 ニーナの言葉は明らかに嘘であると理解していたアランではあったが、深く追求はしなかった。









―――





 

 

 ニーナの朝は早い。いや、最近早くなった。

 ニーナは目覚めると顔を洗い、外に出る。


 今日もいい天気だ。


 今日からアランによる勇者捜索が始まる。


 ニーナはアランがどういう解決策を用意するのか興味があった。


 というのも、実はニーナはアランが聖剣を引き抜いたことを知っていたからだ。なぜ知っているのかと言うと、ニーナも聖剣に選ばれたからであった。



 ニーナは知っていた。自分が勇者であるということ。試しの岩に挑戦する前からニーナは賢者から自身が勇者であることを聞かされていた。



 ニーナはどこか遠い目をしながら昔のことを思い出した。


 ニーナは勇者の末裔であり、勇者の資格がある。


 そしてより完璧な勇者にするために、かつての勇者リリアをニーナに降霊させたいという話を賢者より持ちかけられた。


 嫌がることもできただろう。しかし、ニーナは自分を育ててくれた賢者に感謝していたし、断ればこの話がアランに行くことを知っていた。


 だから、ニーナは賢者の話を引き受けた。


 賢者はニーナに術式を埋め込んだ。


 その日を境にニーナの中にはもう1人の人格であるリリアが宿るのであった。


 ニーナの中のリリアは日に日に大きくなった。


 しかし、不思議と嫌な感じはしない。


 ニーナと血のつながりがあるからであろうか。


 また、勇者はとても気さくな人物で心の中で話していて、とても楽しかった。


 ニーナは1日の何時間かを自分の中の勇者へ体を貸した。


 それからいくばくかの年月が流れ、賢者様が亡くなった。


 とても、悲しかったがアランとリリアが私にはまだいたので耐えられた。



 しかし再び月日は流れ、運命はニーナに決断を迫る。


 魔王が誕生したのだ。ニーナは試しの岩に挑戦しなければいけなかった。


 賢者が試しの岩を作った理由をニーナは聞かされていた。それは勇者の因子を持ったものを見つけるためでない。なぜなら、賢者はすでにニーナとアランという勇者の因子を持ったものを見つけているからだ。


 ではなぜ賢者は試しの岩というものを作ったのか。それはニーナが勇者であるということを王国に、世間に認めさせるためのパフォーマンスだった。そのため、試しの岩からはニーナ以外聖剣を引き抜くことができない仕様になっている。


 だから、こそニーナは魔王が誕生したら聖剣を引き抜かなければならない。


 別に怖いことはない。戦いはリリアが全てやってくれる。賢者のそのためにニーナの中に過去の勇者を降霊させたのだ。


 しかし、ニーナは挑戦できなかった。何度も何度も試しの岩の前まで行っては何もせずに帰ってきた。


 震えるのだ、手が体が。全身から変な汗が出て体が石になったように動かない。


 結局、ニーナは魔王誕生から半年経っても試しの岩に挑戦することができなかった。


 そんな状況をリリアは良しとはしなかった。


 リリアはニーナの決心がつくまで気長に待つつもりであった。しかし。いつまで経っても試しの岩に挑戦できないニーナを見て痺れを切らした。。


 ニーナと体の所有権を交代している時に、リリアは聖剣を引き抜いたのであった。


 これまでどんな屈強な男たちが挑戦してもびくともしなかった聖剣はリリアの手で簡単に引き抜かれた。


「やめて!」


 リリアが聖剣を引き抜いた直後、頭の中でニーナの強い意志のこもった声がこだまする。そして、体の所有権はニーナに戻った。


 まだニーナの方が体に対して強い主張ができたのだ。


 ニーナは手に持った聖剣に慌てふためいた。すると、近くから人の気配がする。


 ニーナは慌てて聖剣を試しの岩に戻す。そして、こっそりと物陰に身を隠した。


 気配の正体はアランであった。


 アランは酩酊しているのか、ふらついた足取りでやってくる。


 そしておもむろに聖剣に手をかける。


 (待って)


 心の中でニーナは大声で叫んだ。


 しかし、その願いは届かずアランは聖剣を引き抜いてしまった。


 それからアランは家に帰ってしまった。


 ニーナはアランをただ呆然と見送ることしかできない。本当のことをその場で話したかったけれども体が動かなかったからだ。リリアが頭の中でニーナに謝ってくる。


 ニーナは明日の朝、アランに本当のことを伝えようと思った。


 しかし、アランは勇者に選ばれた事実を隠すことにしたようだ。そのためニーナも自分から中々話を切り出すことができずに話はどんどんと大きくなってしまったのだった。











 

 トントントン。


 軽快なリズムでドアをノックする。


 ニーナはアランが扉を開けて出てくるのを待ったが、一向に開く気配がない。


 ニーナが扉に顔を近づけて中の雰囲気を伺うも、誰の気配も感じられなかった。


「あれ?」


 ニーナは思わず頬をかく。


 アランは今日から村長から頼まれた勇者捜索の任務に当たる予定だ。


「もう、出かけたのかな?」


 ニーナはがくりと肩を落とす。


 ニーナはアランについて行くために、朝早くに家を訪れた。しかし、一足遅かったようだ。


 ニーナがしょんぼりしていると、頭の中でリリアが話しかけてくる。


「私なら探せるよ」


「本当に」


 ニーナは思わず叫んだ。


 周囲の人がいれば、今のニーナの行動はやばい人に見えただろう。


「本当よ。私なら彼の残滓を追っていけるわ」


 リリアの言葉にニーナは体の所有権を彼女に移すのであった。









 アランは近くの森の中にいた。そのため、リリアがアランに追いつくまでにそこまで時を必要とはしなかった。


 リリアはアランを見つけた時点でニーナに体の所有権を戻す。


 ニーナはそっとアランの後ろから近づいた。


 アランは何やら水に手を入れながら、ぶつぶつとひとりごとを呟いている。


「何をしているのアラン」


 ニーナの言葉にびくりとアランが肩を振るわせた。


「どうして、こんなところにいるんだニーナ」


「それはこっちのセリフだよ」


「いや、俺は・・・」


 アランは口をもごもごさせながら続く言葉を言い淀んだ。


 ニーナがアランに自身が本当は勇者であることを伝えられないのと同様に、アランもまた聖剣に選ばれたことをニーナに伝えられないのだろう。


 その気持ちは痛いほどわかる。


 ニーナとアランは家族だ。とても大切に思っているからこそ伝えづらいのだ。


 ニーナは気まずそうに口を紡ぐアランを見て、笑顔をつくって見せる。


「それでどうやって、」


 ニーナがそこまで言いかけた時、2人の目の前に異形の姿をしたものが現れた。











 ニーナとアランは突然の出来事に体が動かなかった。目の前に突如として現れた魔物。


 人間のような骨格で顔はカラスに近い。全身は黒い羽毛で覆われていた。


 そんな魔物の姿を見て、敵であることはすぐに理解できた。だが、恐怖で体が動かない。


 魔物が腰から剣を抜く。そして、その剣でアランへと襲いかかった。


 アランはニーナと同様に突然の出来事に対応しきれていない。ただ、迫り来る剣を見ているだけである。


 (危ない!)


 ニーナは心の中で叫ぶも体は動かない。


 しかし、その時救いの手は差し伸べられた。


(任せて)


 リリアは突如としてニーナを押し除け、体の所有権を奪う。


 リリアは大地を強く蹴る。


「うぉおおおお!!!」


 リリアは体をアランの前に滑り込ませ、魔人の攻撃を左手で受け止める。



 ガキンッ


 甲高い音が周囲に響く。



 リリアは素手で剣撃を受け止めたのだった。


 魔人の目が驚愕に見開かれる。

 その隙をリリアは見逃さない。左手に魔力を集中させ、そのまま魔人の胴を貫いた。


「がはっ」


 魔人の口から紫色の血が吹き出す。

 リリアはとどめとばかりに回し蹴りで、首を吹き飛ばした。



 首を失った胴は力無く地に倒れる。


 魔人の生命力は凄まじい。心臓と頭の両方を潰さなければならない。


 リリアは魔人が絶命したことを確認すると後ろを振り向く。


 そこには訝しげな目でこちらを見る一人の青年がいた。





 魔人との戦いが終わっても、リリアはニーナに体を譲らなかった。戦いで魔力が全身に漲っているためか、今の体の主導権はリリアにあった。



 リリアはアランを見て、口を開く。


「私が怖い、アラン?」


「お前は誰だ」


 アランは質問には答えず、逆にリリアに問いかけてきた。


「私?私はリリアよ。いや、それだと答えにならないかな。私はニーナの中に宿ったもう一つの人格」


「どういうことだ?」


 アランはリリアの言葉に困惑していた。


「私は賢者によって降霊したかつての勇者」


 リリアが右手を高く上げる。


「ラカンド!」


 リリアがそのフレーズを口にした瞬間、轟音と共に彼女の手は一つの物体を引き寄せた。


「聖剣!」


 アランが驚きの声を上げる。


「今のは聖剣を呼び出す呪文。遮蔽物などをお構いなしに自分の手元に戻ってくるから便利よ」


 アランは聖剣が飛来したルートを見る。するとそこには聖剣が通過したことによって無惨にも破壊された残骸が散らばっていた。


「この聖剣はあなたも見覚えがあるでしょ。なんせ、先日あながた手にしていたもんのだから」


 見透かしたような口調にアランは少し苛立った様子を見せる。

 

 「お前は本当に一体何だんだ!」


 絶叫にも近い言葉がアランの口から発せられる。


「さっきも言ったけど、私は賢者によって再びこの世に舞もどった勇者。賢者は魔王との戦いに向けて、勇者の因子をもつニーナに過去の勇者である私を呼び出したの」


 リリアの笑顔にアランは凍りついたようだ。


「賢者は何のためにそんなことを•••」


「それは勿論勝つためよ」


「勝つためだと、ふざけるな!」


 アランは拳で地面を叩いた。


「ニーナは道具じゃない」


 アランの表情が憤怒の色に変わっていく。


「理解してもらえなくて残念だよ」


 リリアはそう言って踵を返す。


「まだ、話は終わっていない。どこに行くんだ!」


「終わったよ。君とは分かり合えない」


 そう言ってリリアは歩みを止めない。


 しかし、途中でくるりと振り返り言葉を付け足す。


「それに、いつまでもこんな所で悠長に話をしていられる状況でもないしね」


 そう言って、リリアは今度こそその場を走りさった。









  


---












 アランはリリアがその場を去った後、しばらく呆然としていた。


 リリアという人物が話していたことは本当だろうか。


 降霊術で人の器にもう一つの魂を入れるなんてことをアランは聞いたことがなかった。


 しかし、先程の戦闘時は明らかにニーナではない別の誰かだった。


 また、これまでも何回もニーナであってニーナでない時があった。


「賢者•••。お前はどうしてそんなことをしたんだ?」


 アランは拳で木の幹を殴りつける。


 答えはもう分かっている。先程リリアも言っていたが魔王を倒すためだ。


 それでも、いくら魔王を倒すためと言ってもニーナが人間兵器としての器のように扱われたことにアランはなっとくがいかなかった。


 どれくらい、その場で考え事をしていただどうか。


 アランが思考の波から脱出できたのは、村から大きな爆音が響いたためであった。








 


 ーーーー








 


 リリアが村が村に戻った段階では、まだ村は平和だった。


 そのことに安堵しつつもリリアは最大級の警戒をして辺りを見渡す。


 リリアは先程倒した魔物が斥候だろうと考えていた。もし、そうであったならば近いうちにこの村も襲撃される。


 魔族がこの村に到達するためには、本来であれば、幾つもの要塞を突破しなければならない。


 しかし、恐らく魔王は勇者誕生の一報を聞いて、危険を冒してでも少数精鋭で攻めてきたのだ。勇者を早期に打ち取るために。


 周囲を全神経を使って探っていたリリアはとある方向からの邪悪な視線を感じ取った。


「そこか!」


 そちらに意識を向けるのとほぼ同時に魔族の一団がこの村に襲撃をかけてきた。


 数はそこまで多くない。10名前後だ。それでもその10名全員が精鋭と呼ばれる強さに感じられた。


 リリアは魔王一向の前に立ち塞がり、聖剣を構える。


「まさか、勇者自らお出迎えとはな」


 中央に佇んでいた、男が呟く。


 その男こそ、魔王だろう。2mくらいの身長で頭に2本の角があることと、背中に漆黒の大きな翼があること以外はほぼ人間だった。


「一体この村に何のよう!」


 リリアは唇をキュッと結んで、魔王を睨む。


「言わなくても分かるだろ・・・」


 魔王がそこまで言った時、魔王の配下が一斉に襲いかかってきた。


「あぁああああああ!」


 リリアも気合いの入った声を出しながら、相手に突っ込んでいく。


 左からくる剣をよけ、正面からくる矢を弾き、上からきた魔法を叩き切った。


「まずは一人目!」


 顔が顔はライオン、それ以外は人間のような魔人をすれ違いざまに切り捨てる。


 魔族の生命力だとあれくらいでは死なないが、しばらくは動けないだろう。


 リリアは剣を振るう。敵の攻撃を凌ぎ、命を狩るために。







---







 アランは村へ向かって走っていた。


 一体何が起きているのかはもうアランには理解できなかった。いや、考えたくなかった。


 ただ、それでも今は走らなければ全てを失う様なきがした。


 だからこそ全力で走る。


 息が苦しい。アランの体は木々にすれ、泥がつきボロボロになっていた。



 あと少し。村がやっと視界に入ると、村の住人がこちらへ逃げてくる光景が目に入った。


 逃げ惑う人々の顔は恐怖に染まっていた。


 村人の1人がアランを見つける。


「アラン、逃げろ。魔人だ!」


 その声の切羽詰まっていた。


 しかし、アランはその呼び声を無視する。


 (死ぬなよニーナ)


 アランはただ心の中でそう願うしかできなかった。






 村の中に入るとひどいあらさまであった。


 本当に数十分前までここで人が生活をしていたのかと思うほど破壊し尽くされていた。



 ドガッン!!!


 爆音と同時にまた一つ家が消し飛ぶ。


 アランは身震いを必死に抑えながら、その音のする方向へ向かうために一歩を踏み出そうとした瞬間目の前に1人の女性が転がってきた。


 全身傷だらけで、鬱血もしているその体はニーナのものだった。


「ニーナ!」


 アランの必死になってニーナに呼びかけるも、彼女には届かない。


 ニーナ(リリア)はアランを一瞥すると大地を強く蹴って踏み出した。


 ニーナ(リリア)が向かった先には1人の魔人が立っていた。圧倒的な存在感だ。


 アランはあいつが魔王であると本能で確信した。


 魔王はアランをチラリと見て、相手にする価値がないと思ったのかすぐに視線を外した。


 アランは自らの拳をギュッと握った。それこそ血が溢れるほどに。


 アランは思った。無力とはこんなにも情けないのかと。


 アランの目の前ではニーナ(リリア)と魔王との戦いが今もなほ繰り広げられている。


 互いの攻撃が繰り出されるたびに、村は崩壊していった。


 アランもここにいることが非常に危険であることは重々承知していが、ニーナ(リリア)をこのままにしておくことはできなかった。


 出来事は悪い方向へ進む。


 ガキッ!


 ニーナが剣を振り下ろした直後、彼女の体が鈍い音をたて不自然な角度で曲がった。


 ニーナの体が戦いに耐えられなくなったのだ。魔力で肉体を強化しているものの、勇者と魔王の戦いにニーナの体が持ちことえられるわけがなかったのだ。


「ニーナ!」


 アランは無意識にニーナの元へ駆け出した。


 ニーナ(リリア)は折れ曲がった自らの右腕をじっと見ている。そして、魔人もなぜかその時は攻撃をしかけてこなかった。


「限界だリリア。ニーナの体を返してくれ!」


 アランは今にも壊れてしまいそうなニーナなの体にそっと手をおく。


 ニーナ(リリア)は何も言葉を返さない。


「ははは、偽りの入れ物であったか勇者よ。そんなもので我々をうち滅ぼせると本当に思っていたのか」


 ニーナの代わりに魔王が口を開いた。


 アランは魔王の体を見る。傷らしい傷のひとつもない体であった。恐らくこのままニーナ(リリア)が体を壊すまで戦ってもこの魔人に勝つことはできないだろう。


「まだ、私はやれる」


 ニーナ(リリア)がポツリと口にした。


「お前がやれても体が持たないんだ。ニーナを返してくれ!」


「魔王を倒さなければ結局死ぬ!」


 ニーナ(リリア)は鋭い視線でアランを睨む。


 魔王が鼻を鳴らして口を挟んだ。


「青年よ。お主が代わりに戦えば良かろう」



 アランは魔王の言葉にはっとする。

 

 魔王の言葉は確信をついていたのだ。ニーナ(リリア)に戦ってほしくない。しかし、魔王という脅威が目の前にある。


 この問題を解決する方法は一つしかない。


「剣をよこせ」


 アランはニーナ(リリア)の手から聖剣をとった。


 ニーナ(リリア)は既に剣を強く握ることも難しかったのか、簡単に彼女の手から聖剣は離れた。


「その心意気や良し!」


 魔王がなぜかアランを誉めてくれた。


 こんなやつに褒められても全く嬉しくない。


 聖剣を中段に構えた形でアランはニーナの前に立つ。


 アランは昔、ゴブリンと出会ったことがある。その時は怖くて何も出来なかった。


 しかし、今は魔王を前にしても不思議と怖くなかった。


 アランは魔王を見る。目の前の怪物はニヤリと笑い、その瞬間、消えた。


 アランは本能で聖剣を強く握りしめて防御の型をとった。


 次の刹那、アランを衝撃が襲い、アランとその後ろにいたニーナもろとも吹き飛ばされる。


 アランとニーナは土埃を上げながら地面をゴロゴロと転がった。


「お主よ、弱い弱すぎるぞ」


 魔王は紙切れのように吹き飛ばされたアランを見て、見下すように呟く。


 魔王は自らの前に落ちている聖剣を拾い上げると、後ろに投げ捨てだ。


「今の私の攻撃もお主が聖剣でなく、普通の剣を使っていたら真っ二つになっていたぞ」


 アランは魔王の言葉を奥ばをギュッと噛み締めながら聞いていた。


(俺は何のために・・・)


 アランは自らも聖剣に選ばれ、紋様が刻まれたことからもしかしたら未知の力を発揮できるのではないかと思った。しかし、現実はそう甘くなかった。



 魔王が魔力を手に集中される。


「せめてもの情けだ、一撃で楽にしてやる」


 (まずい、まずい、まずい)


 アランは全身から冷や汗が滝のように流れでる。


 (まだ、終わりたくない)


 その時、アランは一筋の光が見えたような気がした。


「こっちだ!」


 ニーナの腕を掴んで懸命に走る。


「無駄な足掻きを、潔く死ね!」


 魔王は右手から地獄の炎を放射した。


 しかし、アランとニーナは寸前で岩陰に身を隠してその攻撃から身を守った。


「は、そんな岩。いつまで持つかな?」


 魔王の嘲笑うかのような声が聞こえる。


 ただの岩であれば魔王の攻撃に一瞬たりとも耐えうることはできなかっただろう。


 だがこれはただの岩ではない。試しの岩だ。賢者が持てる技術と魔法を使用して作りあげて最強強度を持つ。


 試しの岩はら魔王の放射し続けている地獄の炎に溶けることなく耐えている。


「舐めるなよ!」


 魔王は自らの防御に当てていた魔力すら、右手に集約さた。閻魔大王ですら驚愕するであろう威力の炎を繰り出される。


 試しの岩が徐々に、徐々に溶け始める。 


 (今だ!)


 それを見たアランは勝利を確信した顔で叫んだ。


「デカント!」


 次の瞬間、聖剣は魔王の背中から腹部を貫き、試しの岩に突き刺さった。


「がっ!?」


 魔王の口から言葉にならない音が漏れる。


 アランは岩陰から飛び出した。


 試しの岩から聖剣を引き抜き、魔王まで一直線に走る。


「やめ、やめろ」


 魔王は胸を手で抑えているだけで、何もできない。


 そして、アランはすれ違いざまに魔王の首を刎ねた。


 首が宙を舞い、大きな音を立てて地面に落ちたのだった。


 アランは魔王が完全に絶命したことを確かめると、ニーナの元へと戻った。


「大丈夫か?」


「ありがとう。アラン」


 答えたのはニーナでなくリリアであった。


「魔王を倒してくれて、そしてこの子も助けてくれて」


 ニーナ(リリア)はそう言って微笑みを浮かべると。ふっと意識を失ったように倒れた。


 慌ててアランが抱き抱える。


 しかし、心配したのも束の間、ニーナの柔らかな寝息にアランは安堵するのであった。









 ーーー












 200年後。


 この村には試しの岩というものがある。


 この岩の聖剣を引き抜くことができたものは勇者としての資格があり、魔王を倒すことができるのだ。


 一人の少年が聖剣に手をかける。


 しかし、聖剣はびくともしなかった。


「やっぱり僕じゃ抜けないか」


 残念そう少年は肩を落とした。


 すると、近くにいた老人が声がその少年に声をかけた。


「気を落とすでない。いつか、聖剣に選ばれる日が来るやも知れぬぞ」


「?」


 少年の頭に?が浮かぶ。


 少年の顔を見た老人は孫を見るような優しい目で説明した。


 「その試しの岩はかつての勇者アラン様がお作りなったものだ。アラン様は真に魔王と戦う意志を持った者のみに聖剣を与えると言った」


 老人は思い出にふけるように話す。


「お主もいつか、真の心が備わればその剣を手にすることができるだろう」


 こうして、聖剣は強き意思のある者に託されるのであった。

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