5.私危なかったらしい。
「私、リーディア・ブラダエナ・ツィブルカだったみたいです」
名前言って分かるかな? とエルを観察しているとエルが切れ長の目を大きく瞠った。
「ブラダ・ツィブルカの娘……?」
「はい。そうみたいです。父に三年位会っていませんが」
「……会っていない?」
ぎゅっとまたエルの眉間の皺が深くなった。
「私はずっと領地にいたままだったので」
冒険者の銀級というのは割と上の方の級だったはず。上の方の級の人ならば貴族の事情にもある程度知識があるのでは? と思ったんだけどやっぱりエルにもあったらしい。
ちょっと前に父親から手紙が来て素材の依頼に金級か銀級の冒険者に依頼がどうの、って使用人が言ってたのを聞いたことがあったしね。
リーディア情報だから色々イマイチなんだけれども。ホントもちょっと勉強しておこうよ。全然事情とか常識が分からなくて私が困る。
「領地にいたのに何故領地から離れたこの場所に?」
「……ここはどこでしょうか?」
場所名を言われても地図も思い浮かばないし地名も思い浮かばないので聞いても無駄なような気はするけれど。
「ここはツィブルカ領を出たカレシュという町だ。イエニーク領だ」
おおう……領地から出てたっぽいよ? でもなんで……? あれ? 記憶がまだ戻っていない? いや……。
「あ…………」
「どうした?」
「お、思い出した……」
自分の身に起きた事を思い出してふるりと身震いして、思わず自分の体を抱きしめた。
「わた、し……殺されるとこ、だった……」
「!」
「うちの下働きの使用人が、いい所に遊びに連れて行ってやるって言って……行かないと言ったのに無理やり馬車に乗せられて……口を布で塞がれて、ドレス姿は目立つからとドレスをはぎ取られて着替えさせられて……激しく揺れる馬車で運ばれて……途中で大きな布袋に詰められて、布袋から出された時は山の中で……」
お嬢様悪いな。運がなかったと思って諦めてくれ。俺は金を貰ってこれから豪勢に暮らすよ、と笑って私を崖下に落としたのだ。
うちの下働きの使用人が。
「今から知らせに……」
エルが立ち上がってどこかに行ってしまいそうで咄嗟に手を伸ばしエルの服を引っ張った。
「やだ」
置いていかないで。怖い。
私を殺そうとしているのに躊躇した所も見せず、笑って崖下に突き落とした使用人の顔が脳裏にこびりついている。
……ああ、もしかしたらこの銀髪の子、リーディアは突き落とされて亡くなったのかもしれない。そこに私の意識が入っちゃったとか……? 日本の私ももしかしたら何かで死んじゃったのだろうか? 日本人だった時の個人的な記憶はないし確かめようもないんだけれど。
エルは私の手を握り再びベッド端に腰かけた。
「明日、ディアの体調に問題がなければ一緒に行こうか」
どこに行こうというのか分からなかったけれど、エルが一緒にいてくれると安心してこくんと頷いた。ほっとしたけどなんだかエルには関係ないのに頼りにしすぎだよねぇ……。でも使用人に殺されかけて、父親にも放置されている状態だからねぇ……信用できる人がいなさすぎる。
普通だったら会ったばかりの、見ず知らずのエルをこんなに信用するのもどうなの? っては思うんだけど、私を見る目がね……心配してくれてるのが分かるから。
「たまたま、近くを通ったんだ。崖下に魔力を感知して……」
「……魔力感知……なるほど。でも、そういえば結構な崖だったと思うんだけど、どうやって助けてくれたの……?」
魔力感知で人の存在に気付いたとしても山の中の崖で結構な高さがあったのにどうやって下りたり登ったりしたんだろうか?
「どうやって? 普通に下りて登ったが?」
ひくっと顔を引きつらせた。崖を普通に下りたり登ったりって出来るものなんですか? 意味が分からない。あ、でもエルって銀級冒険者だからそういう事も出来るのかしら?
「あ! 回復薬飲ませてくれたんだよね? ありがとうございます。高価なのに……お支払いしないと。あ、助けてもらった分も……」
冒険者なのだ。タダで、ありがとうの言葉のみの終了でいいはずはないだろう。でも私に払えるお金はない。いや、領地に帰れば私用に使えるお金はあるのだろうか? でも……、とぐるぐるしているとエルに鼻を抓まれた。
「今は何も気にする必要はない」
そうは言ってもねぇ……。
「とにかく、崖下でディアを見つけた時はひどい状態だった。回復薬は効いたがまだ無理はしない方がいい」
回復薬ってすごいよねー! ひどい怪我も治しちゃうなんて。ゲームの中だったらポーションってとこだよね。
父親が回復薬は高価で、購入したいと言った母に文句を言っていたのが朧気にリーディアの記憶にあった。侯爵家なのに高価って言ってたんだからお高いんでしょうね。そりゃ瀕死だったらしい怪我が今痛みを感じない位に回復させる事の出来る薬なら高いわな。
そんな貴重な薬を使わせてしまったんだから……どうお礼したらいいんだろうね?
「今日はもう寝た方がいい」
「……うん」
なんだかね。見知らぬ人なのに安心出来るっておかしいんだろうけど。高価な薬を使ってくれてこうして気遣ってくれているのが分かるから。
私がこの世界で初めて出会った人だがいい人でよかった。