第四話:桜雨に降る
それから私たちはミケ姫が何処かへと消えていく姿を見送った。その姿に呆気に取られた天音は一言。
「何だか嵐のような女神様でしたね」
その言葉に一同は同意する。先生は困った表情で頭を掻く。
「彼女は歴とした女神なのですが、少々困ったことがありまして、あ~やって新しい学生が来たら見に来るんですよ」
「どうしてですか?」
「ミケ姫は今度の試験を受けるために自分の神器を持つことが条件なのですが、なかなか見つからずじまいで……」
「そんなに難しいんですか?」
「信頼関係や相性にもよりますから」
神様って何でもできると思っていたが、神様も神様で大変なことがあるのだとしみじみとした気持ちになった。
そして、数日がたったある日のこと、私はミケ姫と縁があったのかまた出会った。枯れた木の前で元気がなさそうだったので私はつい声をかけた。
「えっと……ミケ姫さまで合っていますか?」
私が声をかけるとパッとミケ姫は振り向いた。
「うん? ……お前は確かこの前の」
「はい、この前振りです」
「そうか、ミケで合っている 名は何というのだ?」
「私は雨弓と言います 雨の弓と書いてあゆみと」
「ほぅ 雅な名前だ さすが、天照
あまてらす
様がお考えになったお名前だ」
自分のことのように自慢げにいう姿は嫌な感じというよりも、見た目が幼女なので生温かい目で見た。
「ミケ姫さまも綺麗な名前ですね」
私の言葉に先ほどよりもはにかむ笑みで笑う。
「ふ、そうであろう このお名前は我が主神ウカノミタマ様の名前からいただいなありがたい名前なのだ」
自信たっぷりの笑みで満面の表情に私は微笑ましそうに笑みを向けた。
「それで、お前は私に何のようだ?」
いきなりの方向転換にびっくりしたが私は説明した。
「少し元気がなさそうだったので気になって声をかけました」
「そうか……気を使わせてすまないな 試験を何度受けてもうまくいかないので気落ちしていたのだ」
「何の試験ですか?」
ミケ姫が指をさす方向を見るとそこには枯れて痩せ細った木が立っていた。
この緑豊かな高天原だからこそ、異質に感じた。
「試験はこの木を育成させることなんだ」
「え、この木をですか?」
私は見るからにもう死んでいる木をどう再生するのかと気になった。
「それをするには神器が必要なんだ 神器は神の眷属 主神の力を安定させ、公使することができるんだ」
先生からも聞いていたが、神様も世知辛いものである
「日頃自分の神器になるものを探しているのだが見つからない 自分が認めたものしか、神器になって欲しくないがそれは私のわがままなのだろうか……」
「……それって別におかしいことじゃないですよ」
「……え」
「誰だって譲れない思いはあります それだけ神器を大事に想っているならきっと見つかりますよ」
心細そうな小さな女神様の瞳に、少し力が宿った。
「そうか……」
ミケ姫はおもむろに手をおいた。
「……お前は何か好きな歌はあるか?」
「ふへ? う、たですか? 歌……」
唐突に言われて考えた私はある歌を思い出した。それは想いを込めた優しい友人の歌声をーー
「あります」
自信があるという私の答えにミケ姫は興味をそそられた。
「ならば、私に力を貸してくれないか」
命令口調ではなく、お願いをする言葉に私は快くうなづいた。
「えっと、あまり上手ではないですけど」
「よい、用は歌に込められた気持ちじゃ」
「…分かりました」
軽く咳払いして私は歌い始めた。
【歌詞始め】
陰り行く曇り空の下であなたはどんな顔をしていますか。
言葉にしなくても辛くて悲しい気持ちが私の心に流れてくる
まるで鏡合わせのようで、あなたが悲しいと私も悲しいから
過去のあなたも今のあなたも私は失いたくない
あなたに届けたい、この想いを
あなたは一人じゃないことを
悲しみも苦しみもあなたと分かち合いたい
降りゆく悲しい雨の滴が止み、暗い空が晴れてゆき
七色の光があなたの闇を優しく照らしてくれますように
あなたの本当の願いが叶うことを
【歌詞終り】
「心地の良い歌だ 私の中に力が循環していく これなら」
その時、ミケ姫の全身に淡く光を放った。
『我が名はウカノミタマの眷属神 三狐 流れる水は木を生やすは 相生なり』
彼女が口上を述べた瞬間、さっきまで枯れ木だった木がピンク色に染まる。桜の花弁が舞い上がる光景に私は驚いた。
「これは桜の木だったんですね」
「うむ、何の木だと思っていたんだ」
ミケ姫は胡乱げな眼で私を見た。
「いや~、特に考えてなかったですね」
予想外の言葉にミケ姫は吹き出した。
「ふ、お前はなかなか面白いやつだ」
「……はあ」
どこがつぼに入ったのか私にはよく分からなくてポリポリと頭をかいた。
「よし決めた お前を私の神器にする」
「……へ 今なんて?」
急転すぎる展開についていけない。今なんて……?
「それじゃ、今すぐウカノミタマ様にご報告をする、お前も一緒にいくぞ」
「え、ちょっと 私の意志は?!」
即断即決、有言実行のミケ姫はすでに向こうの方へ向いており、私の話を聞いておらず早足でついていくことになる。
「ちょっと待ってください! ミケ姫さまっ」
こうして雨弓の第二の人生の物語は始まっていった。