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女神さまのお気に入り ~お姉さまはずるいですわ!~

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2021/09/24

「お姉さまはずるいですわ!」

「まあ、なんですって?」


王都のど真ん中に王城を凌ぐほどの敷地を持つ学院がある。

大陸随一の知識の集積を誇り、また様々なテーマが日々深く考察され、新しい学説が生み出される知の魔宮。


他の国なら禁書となるであろう書籍が書架を埋め尽くし、国を捨てて知に身を投じた学者どもが群れを成し、走るペンの音、めくられる紙の音、遠くから時折聞こえる爆発音…


敷地中央には巨大なガラスのドームが聳え立っていた。


その真ん中あたりには、高級そうなソファとテーブル、それらをぐるりと囲む青々とした観葉植物。

ソファには品よく着飾った2人の若い女性がいた。

オルランドーニ侯爵家の令嬢姉妹、姉ベアトリーチェと妹フィオレンティーナである。


「たまには何がずるいか、ご自身で考えてみてはいかが?」

「は?」

「わたくしにばかり、ずるいところを見つけさせて楽をなさるなんて、本当にずるいですわ!」


『ぷっ』

ドームの宙で声がした。

見上げると、神々しくも美しい女神が見下ろしている。

その場にいた学者も高位貴族も、全てがひれ伏した。


女神は、この国の守護神である知恵の神ミネルヴァであった。

『まあ、悪くなかったわ。次回も期待しているから頑張ってちょうだい』

そう言い残すと姿を消した。


ソファを降り、床にひれ伏していた姉妹はホッと息を吐いた。

そして立ち上がると、周りにいる学者たちに

「皆様、次回もよろしくお願いいたします」と言って深く頭を下げた。



事の発端は三か月前、年子の姉妹の夜会デビュー時のことだった。

初々しいデビュタントたちが揃う中でも、二人は際立って美しく輝いていた。

ところが、注目を浴びているにも関わらず、つまらぬことで姉妹喧嘩を始めてしまったのだ。


「お姉さまはずるいですわ! ほんの一年早く生れたからといって王太子殿下へのご挨拶を先になさるなんて!」

「ずるくなんてないわ。先に生まれたということは、神様が順番をお決めになったのだわ。

それに従うのは、当たり前ではなくて?」


夜会デビューした以上、扱いは大人。

公の席での私的な騒ぎは不敬罪になり得る。

二人の両親であるオルランドーニ侯爵夫妻は、真っ青になった。


そこへ突然現れたのが、女神ミネルヴァだった。


『こんばんは、可愛らしい皆さんデビューおめでとう。

ちょっと躾のなってない子たちがいるみたいね。

あなた達に課題を出しましょう。

週に一回〈お姉さまはずるいですわ!〉で始まる寸劇をなさい。

面白かったら私が姿を現して、褒めてあげましょう。

面白くなかったら…この国への守護について、ちょっと考えさせてもらうかもしれないわね』


女神は意味深に微笑むと、すっと姿を消した。


娘たちが招いた結果に侯爵夫妻はその場で崩れ落ち、お付きの者たちに運び去られた。

女神の姿を見た姉妹も、手を取り合って固まっている。


その二人に、王太子殿下が歩み寄った。

「二人とも大丈夫か? 大変なことになってしまったな。

女神の課題については、私も出来るだけ協力しよう」


喧嘩の原因ともいえる殿下の登場だったが、姉妹はそれどころではないようだ。

まるで魂が抜けたのかと思うような有様だった。

侯爵夫妻の様子からも、王宮での保護が必要だろう。

ベテランの王宮侍女が付けられ、その夜は王宮に留め置かれた。


翌日、謁見の間に呼ばれた姉妹は王太子から寸劇の手順について説明を受けた。


学院の頭脳を借り、シナリオを作ること。

演技と所作の専門家の下、前日は王宮に泊まり込み練習をすること。

発表の場は学院のガラスドーム中央とすること。


姉妹はただただ頷き短く感謝の言葉を述べ、深く礼をすると屋敷へと帰っていった。

侯爵家に帰り着くと、さっそく両親に呼ばれる。


両親からすれば高位貴族の娘として、教育は十分に受けさせてきた。

だが、オルランドーニ侯爵家の姉妹と言えば美しいことで名が轟いている。

どこへ行っても、誰に会っても、ちやほやされる。

そのせいで、年齢に見合う振る舞いが身についていない。

その結果がデビューの夜会での大失態だった。


昨日の今日である。しっかりとお灸を据えねばと待ち構えていた両親は戸惑った。

娘たちは、一晩で人格が変わったかのようにしおらしくなっている。


「わたくしたちの軽率な行いで、たいへんご迷惑をおかけして申し訳ございません」と姉が言えば

「それなのに王太子殿下はじめ、王宮の皆様もご協力くださるなんて、なんとありがたいことでしょう」と妹が言う。


そして二人で声を揃えた。

「もし、課題をこなせないようでしたら、わたくしたちの命を女神さまに捧げたく思っております」


二人は、初めて目にした美しい女神にすっかり魅了されていた。

女神さまに直々にお声をかけていただいたわたくしたち、に若干酔っている部分もあった。

だが彼女たちの両親には、うちの娘たち一晩で大人になった…と映った。


侯爵も話の流れは王宮からの書簡で把握している。

「その覚悟で臨むなら、きっと女神さまも悪くはなさらないだろう。

王太子殿下のご指示をよく聴いて、頑張りなさい」

「畏まりました」

姉妹は揃って返事をした。


それから三か月、課題は手順通りにこなされ、女神は毎回現れては姉妹たちに言葉をかけた。

課題の練習と発表の日を除いて、姉妹は女神の神殿に通いつめ、祈りを捧げた。

その熱心さは、神官たちも口をそろえて褒めたたえるほど。

女神を怒らせたと最初は非難の的になっていた姉妹だが、今では女神に全てを捧げる聖なる姉妹と噂され始めていた。



ところが、その状況に一人渋い顔をしている者がいた。

姉妹たちを助けている王太子殿下だ。


『ねえ、もういい加減やめましょうよ』


王太子の私室に設けられたガラス張りのテラス。

その宙空に浮かんでいるのは、女神ミネルヴァだった。


「うーん。どこで間違ったんだろう?」


『いや、最初から間違ってるから!』


「そんなはずはない! 女神の難題に立ち向かう姉妹に、手を差し伸べる美しき王太子! 惚れるやろ! 惚れない女、おらんやろ!」


『…そういうとこ』


オルランドーニ侯爵家の美人姉妹。

社交界デビュー前から、その噂は広まっていた。

まだ婚約者を決めていなかった王太子と、年齢的にも身分的にも釣り合う。

二人のうちどちらか、うまくいけば二人とも…王太子のスケベ心は姉妹と出会う前から期待に膨らんでいた。


そして夜会当日、やって来た姉妹を一目見た王太子は、これはモノにしなければ、と決心した。

大事な場で喧嘩を始めてしまう子供っぽさすら愛らしい。

誰かに取られる前に、囲い込んで自分が教育したい…


そこで女神に頼み込んで、一芝居打ってもらった。

子供のころから、見た目はいいが、中身はちょっと残念な王太子をミネルヴァは見過ごすことが出来なかった。

そして、ズルズルと見捨てることが出来ないうちに、こんなことになってしまったのだ。


ところが、肝心の姉妹は一向に王太子になびかない。


『いつまで続けるつもりなの?』


「もう少しのはずなんだ」


『はあ…』

最初は暇つぶしのつもりだった女神も、すっかり飽きていた。


だいたい、学者が練ったネタなんて面白いわけないじゃない。

……一生懸命な、あの娘たちは可愛いけど。


学院でひれ伏す者たちに、自分への信仰はあまり感じられない。

……真っすぐな目をした、あの娘たちは別だけど。


姉妹とは関わりたいが、学院とはもう関わりたくない。

ミネルヴァは自分の本心に従うことにした。



その次の寸劇披露の日。

ガラスドームには国王夫妻も訪れていた。


女神の性格を知る国王は、国への加護がかかっているとはいえ、それほど心配はしていなかった。

気まぐれな女神に、たまにはご挨拶をと思い、ふらりとやってきたのだ。


国王陛下のご臨席とあって、学者一同は緊張していた。

だが、その中で一人だけ気味の悪い笑いを浮かべている者がいた。

今日のシナリオを書いた学者だ。

渾身の自信作、自分のシナリオを高く評価している彼は自分の運の良さを祝った。

深く刻まれた眉間のしわがとてつもなく厳めしく見える顔のまま、ニヤリと笑っている。

実に気味悪く、他の学者たちは彼と少しずつ距離を取った。


「お姉さまはずるいですわ!」

「まあ、なんですって?」


今回も時間通りに寸劇が始まった。

と、思った時だった。


『もう結構よ!』


女神ミネルヴァが現れ、進行を止めた。

そこにいた者たちは、慌ててひれ伏す。

王族は、立ったまま頭だけを下げた。


『二人とも、よく頑張りました。あなた達の信仰心は本物です。

今日この時より、二人を私の眷属とします。

皆さんの頑張りに応えて、国への加護は継続しましょう』


そこで女神は王族たちに顔を向けた。


『だけど、あなたの茶番にはもう付き合えないわ。

さようなら、王太子』


王太子は膝から崩れた。


実は、今日のシナリオには姉妹には伏せている続きがあったのだ。

最後にサプライズで王太子が参加し、恰好いいところを見せる予定だった。

王太子の後ろでは、シナリオを書いた学者がひれ伏したまま気を失っていた。


何事があったのか問い質すため、国王の命で王太子は連行され、学者はその場に捨て置かれた。



二人の姉妹は神殿に迎えられ、巫女となり国内を回って信仰を広めた。

彼女たちの美しさと敬虔な姿勢に民衆はすっかり魅了され、神殿はかつてなく栄えた。


やがて、天寿を全うした彼女たちの魂は女神の下に召された。

若き日の美しい姿を与えられ永遠の眷属となった彼女たちは、女性の貞淑の象徴となる。


女神の神殿では姉妹を迎えて以降、地位や金や力に物を言わせて女性を意のままにしようとする男性から、女性を守る立場を明確に打ち出し、かけこみ神殿としても広く認識されるようになっていた。


女神に見捨てられた王太子は当然、廃嫡された。

立場が宙に浮いた王子を持て余していた王室に、ある日、一つの縁談が持ち込まれる。


相手は砂漠の国の女王。

砂漠の国は大陸の中央に位置し、西と東の国々を繋ぐ要衝を抑えている大国だ。

行く当ても無い王子は、喜んで女王のもとに向かった。


しかし、行ってみて唖然とすることになる。

縁談といっても実際は女王のハーレムに加えられた一人の男という扱いだった。

そこそこの国の第一王子であった身分など、何の力も持たない。

気の利いた平民の男たちの方が、よほど寵愛を受けていた。

丸三年、女王の関心をわずかも引けなかった彼は、ハーレムを追い出された。


身分もなく、男としての自信も叩き潰された彼は、生きていくためにオアシスの守護兵団に入る。

一からの出直しであったが、元々剣の腕には秀でていた。

中隊の隊長まで出世し、美人ではないが朗らかで威勢のいい嫁に押しかけられ、不幸せではなかった、と最期に思えるほどの人生を送った。


信仰心が薄いと言われた学者たちは、ガラスドームの宙空に女神の神棚を作り、日に一度は礼拝した。

国一番の職人が作ったそれは、たいへんに素晴らしい出来ではあった。

しかし、神殿に相談すらせず勝手に作ったものだ。


ミネルヴァは知恵の神とされている。

礼拝時の熱意は女神に届くとされ、神殿にも負けない熱量の祈りが捧げられた。

しかし、何度も見せられた寸劇のつまらなさとその前後のアレコレに、女神の気持ちは知恵や学問より弱者救済にシフトしつつあった。


『祈った本人の満足感も大事よね。そっとしておいてあげましょう…』というミネルヴァの呟きは幸いにして地上には届かず、神棚は学者たちに勇気と希望を与え続けたのであった。




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― 新着の感想 ―
[一言] オチが良いW
[一言] 最後が凄い!! 関わった人たちのほぼ全員の後日譚がとても面白かったです。男より信仰を取った姉妹はいいクジ引いた! 王太子も王様にならず、女で苦労してよかったのでは…ww
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