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何度だって君を好きになる  作者: 日野 祐希
第一章 宮野士郎 1
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1-4

「まあいいです。先輩がそう言うなら、今日のところは帰ります」


「悪いな。せっかく来てもらったのに」


「別にいいですよ、これくらい。次こそは絶対に一緒にご飯食べてもらって、これまでの分も合わせてたーっぷりサービスしてもらいますから」


 瑞々しい唇を赤い舌でぺろりと舐め、夏鈴が獲物を狙う肉食獣のような流し目を俺に向ける。

 瞬間、背筋がゾクリと震えた。『たーっぷりサービス』って、こいつは俺に何をやらせるつもりだ。怖過ぎる……。


 最後に俺を震え上がらせて満足したのか、夏鈴は「じゃあね、先輩。また放課後に」と笑顔で手を振り、去っていった。本当に、嵐のような女の子だ。あれで俺より年下なんだから、末恐ろしいったらありゃしない。

 戦々恐々としながら夏鈴を見送ると、樋上が「宮野君……」と控えめに声を掛けてきた。


「あの……ごめんなさい、宮野君。あの子が、色々と迷惑かけて……」


「前にも言ったけど、別に樋上が気にすることじゃないよ。むしろ俺の方こそ、いつも面倒かけて、本当にすまん」


 なぜか妹の代わりに謝る樋上に、俺も申し訳なさから謝り返しておく。このやり取りも、これで五回目だな。一番の被害者は樋上だろうに、ホント、生真面目な子だ。だからこそ、俺も余計に申し訳なく思ってしまうわけだが。


 俺が謝り返すと、樋上は自分も気にしていないという顔で、小さく首を振った。これもいつも通りだ。で、樋上がそのまま去っていくのがこれまでの流れ……だったのだが、今日に限ってはそうはならなかった。

 樋上は何か逡巡するような素振りを見せた後、意を決したと思しき顔で俺の目を見つめた。


「宮野君……。あの子には……その、気を付けて……」


「え……?」


 まるで警戒を促すような物言い。およそ姉のものとは思えない、いや、それ以上に普段の樋上らしくないその発言に、思わず目を見張る。そういえば、樋上は先程も妹に向けるにしては過剰な敵意を放っていたけど……姉妹の間で何か確執でもあるのだろうか。

 けれど、それを問い返す間もなく、樋上は自分の席へと戻ってしまった。


「いやはや……。宮野よ、相変わらずモテモテだな。両手に花で羨ましい限りだ」


 代わりというように、冷やかし半分からかい半分といった含み笑いの声が、俺の耳を打った。


「……いつの間に帰ってきたんだ、長沢」


「樋上妹がお前の腕に抱き付いた辺りだったかな。昼休みにクラス内で痴話喧嘩とは、お前もなかなかやるじゃないか。見直したぞ」


「見ていたならわかるだろう。あれは痴話喧嘩じゃない。俺と樋上が夏鈴のおもちゃにされていただけだ」


「まあ、そうとも言えるかもな」


 早速買ってきたカツサンドを頬張りながら、長沢は気楽な口調で続ける。


「けど、悪い気はしないだろう。なんたって、相手は一年生の中で一番人気と名高い樋上夏鈴だ。それに、あの性格と長い髪で目立たないとはいえ、樋上姉もなかなかのスペックだ。あんな美人姉妹から迫られるなんて、男冥利に尽きるじゃないか」


「他人事だと思って気楽に言ってくれるよな、お前。俺は散々弄ばれて、気苦労が絶えないってのに。あと、樋上は妹の暴走を止めに入ってくれているだけだ。俺に迫っているわけじゃない」


「あ、そう。別にお前と樋上姉の関係なんて、オレにはどうでもいいけどな」


 長沢は言葉通り心底どうでもよさそうに返事をしながら、カツサンドを平らげていく。

 俺も長沢の向かいに座り直して、自分の弁当箱を開いた。あまりのんびりしていたら、昼休みが終わってしまう。


「それにしても、夏鈴ってそんなに人気者なのか。確かに男子受けは良さそうだけど、そこまでとは思わなかった」


「知らないのは、たぶんお前くらいなものだ。このままだと、ファンクラブでもできるんじゃないか? あんまり派手なことやってると、そのうち刺されるぞ、お前」


「……怖いこと言ってくれるなよ」


 情報通である長沢から言われると、あまり冗談に思えない。痴情のもつれとか、意外と馬鹿にできないからな。これからは、夜道に気を付けるようにしよう。


「それと一つ訂正してやる。人気なのは男子からだけじゃない。樋上妹は、女子からの人気も高いぞ」


「そうなのか? 言っちゃ悪いけど、夏鈴みたいなタイプって、同性にはあまり好かれないイメージなんだが……」


 むしろ、ぶりっ子とか言われて、反感を買いそうなタイプだと思う。特に上級生から目の敵にされそうなイメージがある。出る杭は打たれるではないが、下手をすると、いじめられる対象にさえなりかねない気がする。


「まあ、その意見には俺も同感だがな。どういうわけか、樋上妹はその例外らしい。事実、二年や三年の女子からも、彼女に対する悪いうわさは聞かない。もしかしたら、一種のカリスマってヤツなのかもしれないな」


 言いながら、長沢が教室の一角を指し示す。不思議に思ってそちらに目を向けてみると、まだ帰っていなかったらしい夏鈴が、うちのクラスの女子たちとはしゃいでいた。というか、夏鈴を中心として輪ができているような感じだ。


 視線を戻すと、長沢が言った通りだろうという顔で、俺を見ていた。

 確かに、これは夏鈴の人気ぶりを認めざるを得ない。世の中、不思議なこともあるものだ。


 一方、姉である樋上はというと、自分の席で弁当を食べながら細川と談笑していた。妹がまだ帰っていないことに対して、特に行動を起こしたりはしないようだ。


 まあ樋上の性格から言って、さすがにあの輪に飛び込んでいくのは難しいだろうしな。単に諦めただけかもしれない。

 俺がそう結論づけていると、カツサンドに続いてタマゴサンドを取り出した長沢が、パンの角を俺に向けてきた。


「何はともあれ、ちょっとモテ期が来たからって、あまり調子に乗り過ぎるなよ、色男。校内で刃傷沙汰なんて記事、オレら新聞部に書かせるんじゃないぞ。面倒だから」


「調子に乗っているつもりがないが……。その忠告は、肝に銘じておくよ」


 なぜか冷や汗が流れるのと感じながら長沢に返事をし、俺は弁当を食うことだけに集中した。


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