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何度だって君を好きになる  作者: 日野 祐希
第二章 宮野士郎 2
21/58

2-3

「いや、すまない。ちょっと夏鈴とじゃれていただけだ。それより、さっさと勉強を始めよう。時間がもったいないからな」


 一呼吸でそう言いながら、俺はさりげなく雪奈を座布団が二つ並んでいる方へ行きやすいように立ち位置を変える。


 俺に促された雪奈は「そう……だね?」と首を傾げつつ、座布団が二つ並んでいる側に座った。これで雪奈の席は確定。作戦通り。そこで俺は、すかさず雪奈の隣の席を陣取った。


「み、宮野……くん?」


「あ。悪いな、雪奈。学校での癖で、つい隣に」


 驚きながら顔を赤くする雪奈に、適当な理由を返す。

 ともあれ、これで俺の席も確定。このテーブルは長さ的に三人並ぶことはできないから、これで夏鈴と並んで座ることはなくなった。俺の作戦勝ちだ。見たか、夏鈴。


「どうした、夏鈴。さっさとそっちに座れよ。勉強、始められないだろう」


「…………。わかりました。まあいいです」


 今回はすんなり諦めたのか、夏鈴が仕方ないといった様子でため息をついた。

 ちょっと意外だ。「わたし、先輩の隣がいい! お姉ちゃん、場所代わって!」くらいは言うと思っていた。


「それじゃあ、失礼しまーす」


 そう言って、夏鈴は自分の分の座布団を移動させ、角を挟んで俺の隣に座った。たぶん、夏鈴なりの折衷案なのだろう。まあ、並んで座るよりは危険も少なそうだし、これくらいは俺も許容するか。


 席決めに決着がついたところで、雪奈が用意してくれたお茶をいただく。炎天下で長時間待たされ、席決めの死闘を制した後に飲む緑茶は格別だった。


「うまいな、このお茶。もしかして高い茶葉だったりする?」


「ううん、普通の茶葉だけど……。でも、氷で急激に冷やすと緑茶本来の味や香りを保てるから、おいしくいただけるの」


 俺のコップにお茶のお代わりを注ぎながら、雪奈が丁寧に教えてくれる。

 もちろん、味や香りを保てると言っても、うまいお茶にするには淹れる人間の腕が必須だろう。つまりこのお茶がうまいのは、雪奈の実力というわけだ。この子は引っ込み思案な性格をもう少し直せば、きっと最高の良妻賢母になるだろうな。


「さてと! 水分補給もできたところで、早速テスト勉強しようか」


 一服して落ち着いたところで、カバンからノートやら教科書やらを取り出す。

 隣では雪奈もせっせと勉強道具を準備している。そして、角を挟んだ隣では、夏鈴が箱から取り出したトランプを切り始め……。


「……って、おい。夏鈴さんや、君は一体何をやっているのかな?」


「いやですね、先輩。見てわかりませんか? トランプを切っています」


「うん、それはわかってる。俺が訊きたいのは、なんでトランプを切っているかってこと」


「トランプ切ってやることと言ったら、ゲームに決まってるじゃないですか。先輩、一体ここに何しに来たんですか?」


「勉強を教えに来たんだよ! お前に呼ばれて!」


 すっとぼけたことを抜かす後輩に、手加減なしのツッコミを入れる。

 本人も言っていたし、俺もわかっていたけど、こいつ、本当に勉強する気ないな。俺、女の子に手を上げる趣味はないけど、こいつだけは張り倒していいかな?


「あ~、そうでしたね。はいはい、わかりました。勉強すればいいんでしょ、勉強すれば」


 俺に怒鳴られた夏鈴は、唇を尖らせながらいやいや勉強の支度をし始めた。


 ちゃんと用意してあるなら、妙なボケなんかしないで最初から出せばいいものを……。この後輩の相手は、本当に疲れるな。


 夏鈴の準備が終わったところで、ようやくテスト勉強開始だ。とりあえず樋上姉妹には個々に勉強を進めてもらい、わからないところが出てきたら訊いてもらうことにした。質問が出るまでの間、俺も自分の勉強を進めていく。

 すると、開始一分で夏鈴が手を上げた。


「先輩、質問です!」


「……なんだ?」


「問題を読むことを体が拒絶するんですが、どうすればいいですか?」


「気合で体を従わせる。為せば成る」


「先輩、気合に対して体がストライキを起こしました。一問解くごとに先輩がわたしの言うことを一つ聞いてくれるなら、交渉のテーブルにつくそうです」


「OK、交渉は現時点を持って決裂だ。お疲れさまでした。お帰りはあちらです」


 適当にあしらって、自分の勉強に戻る。付き合いきれん。


 夏鈴も退場する気はないらしく、ため息をつきながら勉強を始めた。チラリと横目で見てみると、割と複雑な数学の問題をスラスラ解いている。


 なんだ、こいつ。中間テストが危ないとか言っていたからどれほどの学力かと思ったけど、普通に勉強できるじゃん。数学しか見てないから何とも言えないが、実は学年トップクラスの学力持ってんじゃないか? 悪知恵が働くくらいに頭は回るわけだし。


「どうかしましたか、先輩?」


 俺が覗いていることに気付いた夏鈴が、不思議そうに首を傾げる。相変わらず、目敏いやつだな。


「いや、予想外に勉強できるみたいで、ちょっと驚いてた」


「そうですよ~。実は夏鈴ちゃん、とっても頭がいいんですよ~。だから、こんな頑張って勉強する必要もないんですよ~」


 シャーペンをサラサラ動かしながら、夏鈴が不貞腐れ気味に言う。


「まあ、そういわずに今は勉強しておけ。遊ぶなら、テストが終わった後に思い切り遊べばいいんだし」


「あ、言いましたね。約束ですよ。テストが終わったら、思いっきり遊んでもらいますから!」


「いや、俺が遊んでやるとは言ってないぞ。友達と遊べ。それと、今は勉強だって言っただろう。無駄口叩いてないで、さっさと続きをやれ」


 変な方向に転がりかけた話を、強引に打ち切る。危うく夏鈴と遊びに行く約束をさせられるところだった。

 まだ何か言いたげな夏鈴を無視して、自分のノートに目を落とす。これ以上付き合うと、意にそぐわない約束を無理矢理結ばされそうだ。


「あの……宮野君。この問題なんだけど……」


「ん? ああ、どこ?」


 幸いなことに、グッドタイミングで雪奈が質問を投げ掛けてくれた。体ごと雪奈の方を向き、ノートを見せてもらう。


 どうでもいいけど、学校の机と違って距離が近いな。肩が触れそうな位置に雪奈がいて、少し緊張する。ちょっとこれは、健全な高校生男子には刺激が強過ぎる距離だ。席順決め、まさかこんなところにも罠があったとは……。


 しかし、ここで煩悩に負けるわけにはいかない。心頭を滅却すれば火もまた涼し。俺は心を無にして、ただ教師役に徹するのだった。


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