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何度だって君を好きになる  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
第二章 宮野士郎 2
20/58

2-2

          * * *


 樋上家は、小学校から歩いて五分くらいのところにある一軒家だった。


 いや、この言い方は少し語弊がある。一軒家というか、邸宅もしくは屋敷と呼ぶべきお宅だった。そう、樋上邸だ。立派な門扉とその奥に池付きの庭を備えた純和風の日本家屋である。


 俺は、カクカクとした動きで隣に立つ後輩の方を見た。


「ちょっと夏鈴さんや、つかぬことをお聞きしますが、君と雪奈って実はお嬢様?」


「あ~……。一応、そういうことになるんですかね。おじいちゃんとお父さん、親子二代で会社経営してますし」


 口元に人差し指を当てた夏鈴が、あまり興味なさそうな口調で樋上家の家業について教えてくれた。


 どうやら樋上家は、繊維産業に属するお仕事を浜松と東京で営んでいるらしい。浜松に工場、東京に営業所を持っているそうだ。雪奈たちが中二の時に転校したのも、ちょうどその頃に事業展開して東京に拠点を持ったからとのことだった。


「あの……僕、ここにお邪魔して、本当によろしいんでしょうかね。なんか、僕みたいな庶民が入ってはいけないオーラを感じるのですが」


「今さら何を言っているんですか。ほら、さっさと行きますよ。あとそのしゃべり方、ちょっと気持ち悪いからやめてください」


 予想外の豪邸に思い切り気後れしていると、夏鈴が俺の腕をつかんで引っ張った。

 俺はつんのめるようによろめきつつ、樋上邸へと足を踏み入れる。門扉をくぐっただけで、空気というか世界が変わったような錯覚を得た。


「あ……宮野君。いらっしゃい」


 その時、不意に庭の方から聞き慣れた声が俺の耳を打った。

 瞬間、カチコチに固まっていた体の緊張が、少しだけ緩む。たぶん、彼女の声に安心したのだろう。俺は、照れくささから頬を掻きつつ、声の主に微笑みかけた。


「こんにちは、雪奈。遅れてごめん」


「はい、こんにちは」


 どうやら庭の花に水をやっていたらしい雪奈は、じょうろを手にしたままペコリと頭を下げた。今にして思えば、雪奈のこの物腰穏やかな立ち振る舞いや丁寧な言葉遣いは、性格だけじゃなくて社長令嬢としての教育も影響していたのかもしれないな。

 そんなことを考える俺の背中を、夏鈴が肘で小突いてきた。


「先輩、わたしの時と対応が違い過ぎませんか。わたしの時は、顔を見るなりアイアンクローを掛けてきたのに」


「その前のドッキリさえなければ、お前にだって普通に挨拶してやったさ。いつも言っているが、自分に都合の悪いところをごっそり抜いて話すのやめろ」


 むくれて抗議してくる夏鈴に、こちらも青筋立てた笑顔で応じてやる。

 お前も雪奈と同じ社長令嬢なら、少しはお嬢様らしくしおらしさってヤツを覚えてみろ。

 俺と夏鈴が妙な表情で睨み合っていると、じょうろを片付けてきたらしい雪奈が小走りに駆けてきた。


「お待たせして、ごめんなさい。ここは暑いから、ひとまず中へ。すぐお茶を用意するね」


「悪い、助かる。どこかの誰かさんがいらん気遣いをしてくれたおかげで、喉カラカラなんだ」


 夏鈴を横目に見ながら、これみよがしに遅刻とドッキリの件を非難してみる。

 けど、これくらいで反省するほど、この後輩の面の皮は薄くない。素知らぬ顔どころか超絶笑顔で、「ひどいことする人もいるものですね~」とほざきやがった。


「あ……この子が迷惑かけてしまったみたいで、本当にすみません」


 そして、なぜか夏鈴の代わりに雪奈がしゅんとした様子で謝罪してきた。


「い、いや、別に雪奈が謝ることじゃないから! 雪奈は全然悪くないし。むしろ、雪奈のおかげで助かったくらいだから」


 落ち込む雪奈に、慌ててフォローを入れる。


 やってしまった……。そうだよ。二人の性格上、ここで夏鈴の非難なんかしたら、ダメージ受けるのは本人よりも雪奈の方じゃん。何やってんだかな、俺。


 なお、夏鈴は吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。まるで、面白い見世物でも見ているかのようだ。いや、実際この後輩からしたら、その通りなのだろう。


 ちくしょう。こいつ、いつか絶対凹ませてやる!


 夏鈴への逆襲を心に誓った俺は、雪奈の案内で家の中にお邪魔した。とりあえず、廊下が長いな。俺の家とは大違いだ。


「どうぞ。適当に座っていてください」


 長い廊下を進んだ先で通されたのは、客間と思われる和室だ。八畳ほどの部屋で、真ん中に大きなテーブルと座布団が三枚用意されていた。

 俺を部屋に通すと、雪奈はいそいそと廊下の奥へ消えていった。


「ほら先輩、こっちこっち!」


 俺が雪奈を見送っていると、さっさと座布団に座った夏鈴が、自分の隣の座布団をポンポンと叩いた。俺はその座布団を手に取り、反対側へと移動して座った。誰が貴様の隣になど座るものか。確実に罠じゃん。


 すると、夏鈴が俺を追いかけてきて、隣の座布団に座る。にっこりスマイルで俺を見やる夏鈴。俺も明るい笑顔を夏鈴に向け……。


「よっこいしょっと」


 再び夏鈴と対面になるように移動した。そこへ再び追いかけてくる夏鈴。三度逃げる俺。そして、三度追いかけてくる夏鈴……。もはや座ることもせず、テーブルの周りでぐるぐると追いかけっこを繰り広げる。


 チッ! 諦めが悪いな、この後輩。


「先輩、人様のおうちの中で走り回っちゃいけないって、子供の頃に教わりませんでしたか? おとなしく座ったらどうです?」


「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる。さっさと諦めて席につけ」


「先輩が座ったら、わたしも座ります。……先輩の隣に」


「俺も、お前が座ったら、おとなしく座ってやる。……お前の対面に」


 互いに無益なことはやめようと提案しつつも、決して足は止めない。むしろ、加速させていく。この勝負、先に止まった方が負けだ。


「……あの、二人で何をしている……の?」


 と、そこへ戸惑うような声が響いた。足を止めないまま声の方を見れば、急須と氷入りのティーグラスをお盆に載せた雪奈が所在なさげに立っていた。

 瞬間、はたと閃いた俺は、ピタリと足を止めた。



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