トイレの紙様
人生でこんな経験はしたことはないだろうか。
トイレに駆け込み、すっきりしたとおもって
トイレットペーパーをとろうとすると、空だったこと。
まずないだろう、学校でも職場でも必ず誰かが補充をし
設置をしている。はずだ。
その「はず」が「はずじゃなかった」ときの絶望感は半端ない。
そして今この状況に変な汗をかき始めている。
さぁ、どうしようか。
俺、長谷川夏樹は昼ご飯を食べた後、突然おなかが痛くなって
トイレに駆け込んだ。
そういう時に限ってだ。限ってこういう目に合う。
この前だってそうだ。体育の授業があったのに体操着を持ってきてなかった。
テストの時は消しゴムがなかった。
なんで俺は肝心な時に肝心なものがないんだ…
俺は便器に座ったまま、策を練る。
紙がない。紙さえあれば、俺はここから出られるのに。
え、なにこれ脱出ゲームのなにかか?
いやいやそんな悠長なことを考えている場合ではない。
午後の授業が始まる前になんとしてでもここからでなければ
あ、そうだスマホ、友達に連絡とれば来てくれる、これで助かる…
なんということだろう。
スマホをかばんに入れたままだ。こういう時に限って。
俺は考える人の銅像と同じポーズをとりつつ、一休さんのごとく知恵を絞る。
すると誰かが入ってくる音がした。
ここは恥を捨てて、声をかけよう! 誰かわからないけど、よし。
「あのすみません」
俺がそういうと足音が止まった。
「誰か、いるよ、ね? あの、トイレットペーパーがなくなってしまったので隣からとってほしいんですけど」
返答がない。
「あの…」
そういうとひとひらの紙が上からひらりとふってきた。
いや違う、そっちの紙じゃないんだけど。
俺はそれを拾った。それでふければ…最終手段として…
と、思ったら文字が書いてあった。
「あなたが好きです。放課後、屋上に来てください」
…俺は目が点になる。いやいやまてまて、ここでもらうものなのか?
こういうのは下駄箱の中とか、直接渡すとか、机の中とか、いろいろ、あるだろ?
なんでいま、このタイミング、なんだ?
「お、おい! まてよ、これじゃなくて、トイレットペーパーがほしいんだ!」
足音は消えた。
それと同時に予鈴がなった。
最悪だ。もう戻れない。こうなったらこの紙でふくしかない。
そう思ったが、俺は躊躇した。
なぜなら「あなたが好きです」と告白じみたことを書かれた紙で
俺のケツ穴を吹くのか…。戸惑うだろう。普通。
よし、授業も戻れないし、誰もいないし、この一時間で
この手紙の差出人を推理しよう。なぜだか俺は冷静になっていた。
下半身丸出しのままなのに。
上からひらりと舞い落ちてきたこの紙は
どうやら便箋などではなく、ただのノートの切れ端だった。
一ページを切り取って横向きにして文字を書いている。
そしてこの文字だ。どうみても、女子ではない。まぁ男子トイレに入ってきたんだから
そうだろう。いやでも、そういう勇気のある子のなのかもしれない、文字が男らしい女子なのかもしれない。先入観にとらわれるな、今思い知ったはずだろ?「はず」は「はずじゃない」ことを。
俺は再度考える人のポーズで考えた。
声を聴いて舞い降りてきたこの紙はきっと持ち主は俺のことを知っている奴だ。
そして好意を寄せている。
俺に好意を寄せている女子なんていたか? そして男子トイレに普通に入ってこれるような
奴がいたか?
ダメだ全然思い出せないし、思いつかない。
にしても俺のどこを好きなんだろう。こんな奴だぞ。
不幸体質な俺だぞ? こんな奴好きになるなんてもの好きだな。
……でも、一人心当たりがあった。
でもそいつは、絶対あり得ないのだ。
「好き」な「はず」はないのだ。
「にしても好きならトイレットペーパーぐらい投げてくれてもいいじゃないか…」
俺は下を向いた。下半身丸出しなことに今更恥ずかしくなってきた。
「くそう、仕方ない。こうなったら…」
俺は最終手段をとり、トイレから脱出した。
そう、この手紙をくれた奴には放課後、屋上に行けば、解る。
心当たりの奴だとしても、俺は問うだろう。
「なぜ俺のことが好きなのか」
そして俺は5限目が終了した後、教室に戻った。
何してたんだよってクラスの奴らに聞かれて正直に答えたら爆笑された。
うん。笑いは取れたからよしとしよう。
不幸体質だけど、みんなが笑ってくれるならそれでいっか。
放課後、屋上へむかった。
扉を開ける。
そこには俺の予想通りの人がいた。
「やっぱお前だったんだな」
「あー、ばれた?」
「ていうか、なんだよ、あの紙」
「紙がほしいっていったから」
「いや、俺がほしいのはトイレットペーパーっていったじゃねーか」
クスクスとそいつは笑う。
「で、本題。お前、俺の事、その…好き、なのかよ?」
そいつは俺の幼馴染で同い年の
「そうだよ、ずっと好きだった。こんなことしないと、恥ずかしくて渡せねーじゃん」
男だ。
「いやいや、まてまて、俺は、おとこ、だぞ?」
「…しってるよ。いつもかっこいいなーと思ってた」
「いやいや、まてまて、俺かっこよくねーし、お前の方が…」
俺は言いかけてそいつの顔をみた。少しほほを赤くしてはにかんでいた。
「夏樹のドジなところや不幸体質なところもかわいくて好きだよ」
俺は顔が熱くなった。
「だからっておまえ、俺は男だって…」
動揺する、幼馴染の男友達が俺にコクってきてるんだ、動揺するだろ。
「夏樹はその紙みて、どうおもったんだよ。ていうか、あの紙でケツふいてでたの?」
「…ま、まぁそうなんだけど」
「そっか。それが夏樹の応えってことか。うんわかった」
俺には理解不能だ。今の状況もさっきの状況も。
でも。俺はこの幼馴染と小さいころからずっと一緒だった。
高校だって本当は違う学校へいくはずだった。でも。
高校でもつるんでいたかったのは事実だ。そして、あの紙も。
「…だよ」
「ん? なにかいった夏樹?」
「俺はそんな事するやつじゃねーんだよ! あの紙がお前だろうが女子だろうが、あんなこと書かれてたら、使いたくても使えねーだろ!!」
「じゃ、どうしたの?」
俺はポケットから紙切れを出した。
「こんなこと書かれているものでふけるわけねーだろ」
あなたが好きです。 の部分だけ切り取り、残りの紙で俺はふいたのだ。
「…ふふふ、それでもあの硬い紙でふいたんだ…ふふふ」
「そ、お前がトイレットペーパーを投げ入れてくれないからだろ!」
「…渡すならこのタイミングかなって思ったから」
「いや、タイミング違いすぎるだろ! 直接いえよ」
「…いいの?」
「は?」
「夏樹、これからもよきお友達以上かつ恋人でいてください」
そいつはにっこり笑いながら握手を求めてきた。
俺がいま感じている気持ちが「恋愛」なのか「友情」なのかわからない。
でも、これからもこいつと一緒にいたいというのは本当だ。
「恋人は余計だ」
俺は照れながらもそいつと握手を交わした。
のちに俺たちは本当の恋人になる。
男とか女とか関係ない。俺たちはお互いのいいところを好きになった。
ただ、それだけ。そしてそのきっかけがあのトイレでの珍事件だったのだ。
今思う。
あの時、トイレに紙様…いや、神様がいたのではないかと。
そいつにそのことを言ったら嬉しそうに笑った。