しゅらば?
小鳥のさえずる声が聞こえる。
カーテンは締め切ったままだが、おそらくもう朝だ。
まだ慣れない上半身を起こすと、ベッドの脇には楽しそうな笑顔を浮かべた姫様が腰掛けていた。
「うふふ。ゆうべはお楽しみだったわね?」
「これを見てそう言えるのか?」
ベッドの下では、にこやかな笑みを浮かべて眠り続ける女性がいる。
服ははだけ、顔にはよだれの跡が付着している。
いったいこれを見て、誰が学年のアイドルだと言えようか。
「そうね。貴女はきちんと着替えて、えらい子えらい子」
「あ、ああ。これはレイラの身体だしな、大事に扱わないと」
さすがにメイド服のまま寝ることはしない。
レイラの荷物の中にはきちんと寝間着も入っている。
俺が身体を乱暴に使ったせいで、至高の果実の形が崩れるのは実にもったいない。
……実は、もうひとつ理由があるのだが。
「ふふ。だからって肌着を着替える必要はなかったんじゃない?」
「っ! そ、それは。えと、その」
「まあいいわ、今日から学園ね。さっさとその女を起こして準備なさい」
姫様は興味を失ったように、衣類をサッと脱いで着替え始める。
……危なかった。
サラサを物理で寝かした後、まさか鏡でレイラの制服姿を堪能していたなんて言えない。
さすがに肌着を脱いでは自重したが、恥ずかしげな顔をして制服を抱きしめるレイラは、実に扇情的だった。
もっとも、それも鏡に映る俺自身だったわけだが。
「えと、この制服を着てからでいいか? 着替えを見られるとからかわれそうで」
「そうね。昨夜もひとりでお楽しみだったものね。さっさと着替えて起こしなさい」
「ああ」
それだけ伝え、スルスルと学園指定の制服を身につけていく。
まさか、俺が女子生徒の制服を着ることになるなんて。
スカートはメイド服で慣れていたが、女子制服はまた違った魅力があって目に毒だ。
もっとも、昨日何度か試着したおかげで苦労なく着ることができた。
「できました」
「さすがお楽しみだっただけあってはやいわ。朝食はどうするのかしら?」
「ああ。これを起こしてか――――」
そのとき、違和感に気づいた。
姫様はなんていった?
「? どうしたの、はやくいくわよ」
「あの、姫様? さっきからお楽しみお楽しみって、何のことでしょう?」
まさか、という可能性を潰すために聞いてみる。
見られたということはないはずだ。
何度も背後を確認したし、鏡には誰も映っていなかった。
棺桶が少しだけ空いていたのは気になったが、姫様が出てこれるスペースではない。
だからこれは、念の為だ。
「もちろん決まっているじゃないの。学園の……」
「ですよねー、なんでもない。早く行きましょう」
「学園の制服を着た、貴女のファッションショーよ♪」
「てっ!」
みら、れた?
誰もいなかったはず。気配もなかったはず。
どうしてどうしてどうして?
「もうっ、さっさと行きましょ?」
「え、あ、え、う」
意味のない言葉を羅列する俺を無視し、サラサを引きずっていく姫様。
いや、あれでまだ起きないサラサもすごいけど、どうしてバレた?
「もう部屋を出るわよ。はやくきなさい」
「ま、え、あっ、あ」
「ふふ。吸血姫はね、鏡に映らないしコウモリにもなれるのよ? 夜には気をつけなさいね」
姫様はサラサを引きずって出ていく。
ということは、ずっとあの場を見られていた?
棺桶が空いていたのは、コウモリになって出ていたから?
しかし、今俺を襲ったのはそんな羞恥心よりも。
姫様の……サラサに対する扱いがひどいことだった。
◇◇◇
「もうっ、ひどいじゃない! どうして起こしてくれなかったの!」
「あ、いや。姫様に止められたから……」
「姫様ぁ? わたしの腕を掴んで引きずり回した姫様は、何の恨みがあるのかしらぁ?」
朝食を受け取った俺たちは、再度姫様の部屋に集まっていた。
朝を食堂で摂る学生は少ない。
それでも、食堂に連れて行かれたサラサは少なくない人数に目撃されている。
寝ぼけ眼で、どこにいるのか把握できていない姿。
そしてボサボサの髪で、はだけた格好のまま連行された姿を。
そのとき叫んだ声を聞いて、あ、コイツも女の子だったんだなと認識したくらいだ。
唯一の救いは、ここが女子寮だったことだろう。
「恨みなんてないわ。貴女はアレクという男の婚約者らしいわね」
「あの、アレクって俺のこと……」
「でも残念。アレクという男は、ここにいる私のメイドが好きらしいわ」
俺の部屋、朝から絶賛修羅場中です。
姫様は俺がアレクということを認識しているはずなのに、どうして?
いや、認識しているはず。多分。
「知ってるわよそんなこと。けどね、ソイツはわたしみたいな貧乳興味ないっていうのよ! で、何? このメイドが好きだからゴメンって? 男ってほんと胸ばかりなんだから」
「えと、俺いるから……」
「あら。あなたも苦労しているのね。ごめんなさい、少しあなたのこと誤解していたわ」
キレるサラサと、なぜだか一致団結する姫様。
なんか一方的に貶された気がするけど、何が起こったんだ?
「だから男たちは――」
「粗暴で卑劣な男は――」
「ふ、ふたりとも……」
「「あなたは黙ってて」」
「はい……」
結局ふたりが落ち着いたのは、始業ギリギリになってからだった。
◇◇◇
着替えるために戻ったサラサと違い、俺達は学長室へ行った後に教室へ向かう。
サラサは遅刻だが、授業よりもアイドルとしての自分を優先したらしい。
「そのまま教室にいけばよかったのに」
「貴女も女の子ならそのうちわかるわ」
「いや、俺男だし」
このまま女子として過ごすなんでゴメンだ。
レイラと会ったら、すぐにでも元に戻るための相談をしたい。
「私たちは何組になるのかしら?」
「どうでしょうね?」
「ま、離れることはないわ。安心しなさい」
ふふっ、とにこやかに笑う姫様。
けどごめんなさい。
俺は一緒のほうが安心できません。
学園長のところへいくと、細々な注意と所属する組が伝えられた。
もっとも、俺は半年前に入学している。
姫様は俺に任せっぱなしなので、俺としては知っていることばかりだった。
……ただ。
「A組、かぁ」
「よかったじゃない。あの女と同じ組で」
「最初C組って言われなかったか?」
間違いなく、C組と言われた気がする。
しかし姫様が「サラサ・ブリュードという生徒は何組かしら? 彼女がいないとこの学長室に入り浸って――」などと発言してから変えられた気がする。
うん、間違いない。
「気のせいじゃないかしら?」
「いや、C組を無理やり――」
「いいじゃない。そういえば、今日はまだよね?」
音もなく、姫様が後ろに抱きついてくる。
そうして首筋を撫でられ、まだ血を吸われていないことを思い出した。
まさか。
「え、ちょっと。初対面でぶちかますのはやめてくれよ?」
「ふふふ。学生生活、楽しくなりそうだわぁ」
不安に駆られながらもA組の前にたどり着く。
ここが、レイラとして入学する組。
アレクとしての俺がいて、親友がいて、サラサもあの王子もいるクラスだ。
教室に着いたら入ってこいとしか言われていない。
覚悟を決め、数回ノック。
聞き慣れた担任の声が聞こえて中に入る。
「失礼します。今日からここでお世話になる――」
「ようやく、ようやく……っ!!」
男の声が聞こえてくる。
それはつい最近まで俺のものだった、聞き慣れた声で……いや、ちょっと違う?
アレクとしての席に顔を向けると、そこには絶句した元自分しかいない。
では、声の主は?
「会いたかった、僕のマイエンジェルよ!」
「フン!」
高貴な方々で囲ってある、その最前列。
そこから飛び出てきた男性を思わず蹴ってしまったけど、それも仕方のないことだろう。
え? 王子?
あはは、これが王子だなんてご冗談を。