表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

姫様(狼)のせなか

 

 そこから先は早かった。

 拠点を移動する決心をした吸血姫様は、大きな棺桶をひとつ持ってくる。

 俺を収納するためかと思えば、これは吸血姫様の全荷物兼、寝具らしい。


「私の持ち物はこれだけよ。さ、貴女は大丈夫かしら?」

「え? でもあんたの他の荷物は……」

「私のことは姫様と呼びなさい」


 そういって、長い髪をファサとさせる女の子。

 小さい子がお姫様ごっこをしたいようにしか見えないが、ここは何も言わずに呼ぶのが正解だろう。

 でも、これだけは言わせてもらう。


「自分のことを姫と呼べなん――」

「貴女にあんな命令や無理やりさせるアレを命令してもいいのよ?」

「姫様と呼ばせていただきますっ!」


 いくらレイラの身体だからって、俺は男だ。

 そんな命令されたら男の尊厳まで穢されてしまう。


「準備はいいかしら?」

「ところで、どうやって街まで向かうんだ?」


 準備は良いかと言われても、ここには俺の荷物と大きな棺桶しかない。

 2人で歩いていくにしても、どれだけの時間がかかるか予想もつかなかった。


「もちろん、こうやって」


 姫様が服を脱いだと思うと、再び漆黒の闇に包まれる。

 そして闇が晴れれば、そこには巨大な狼が――。


「ひぃっ!?」


 目の前に、銀色の毛並みをした狼が現れる。

 大きな悲鳴をあげそうになったが、今回は尻もちをつくだけで抑えることができた。


「ふぅ……いきなり驚かせるなよ」

『あら、声は可愛く抑えたわね』

「ひゃっ!?」


 頭の中に、直接声が響いてくる。

 周囲を見渡したが、もちろん誰もいるわけがない。

 ということは、今の声って――。


『そうよ。眷属になった貴女には声を伝えられるの』

「そ、そういうことは先に言えよ!」

『だって、貴女の可愛い反応が見られなくなるじゃない』

「っ!?」


 小さくあげた悲鳴もバレて、足を広げて見っともなく座りこんでしまった様も見られて。

 姫様の表情から察するに、いまさら隠しても無意味だった。


『ほら、女の子がそんな脚を広げない。早く乗りなさい』

「俺は女の子じゃ……うわっ! 咥えるな、投げるなっ!」


 巨大な牙が迫ってきたかと思うと、服を咬まれてポイっと投げられた。

 空中は怖かったが、ぽふんと柔らかいもの着地する。

 いつまでも触っていたくなるような手触り。

 それに、あったかい。


『……その大きなものを自慢するように押し付けてくるのは嫌味かしら?』

「な、なんのことだ?」


 俺はレイラの身体を借りているにすぎない。

 だからこそ、胸を通じて圧迫される感覚も、ぶらさがっているものも借り物でなければならない。

 ……いまは、自分にツイているものだとしても。


『飛ばすから、しっかり掴まってなさい。あと、舌噛むわよ』

「え、何を……」


 聞くよりも早く、姫様は棺桶を咥えて走り出す。

 その疾風というべきスピードに、振り落とされないようにしがみつくことしかできない。


「キャァア!! ちょ、いきなっ……ひぃぃん!!」

『ちょっと、危ないわよ』

「だっ! んっ!? まっ、ああっ!? だ、ダメェーー!?」

『そんなこと行っても止まらな…………あっ』


 ………………。

 …………。

 深くは語らない。

 ただ、姫様は止まってくれた。

 俺は着替えた。

 姫様は水浴びした。

 もちろん、俺も水浴びさせてもらった。


 この間、俺達は淡々とやるべきことをこなした。

 そして無言のまま、素直に血を吸われ、顎で背中に乗れと指示され、最終確認。


『今度粗相をしたら、許さないわよ?』

「ごめんなさい……」


 道中、姫様は俺がいくら泣き叫ぼうが止まらなかったが。

 背中をガンガン叩く合図のときだけ、止まってくれるようになったのは助かった。




 ◇◇◇




 あれからわずか2日。

 俺たちは夜だけ走り、日中は寝るという行程でここまで帰ってきた。

 俺は猛スピードで駆け抜ける狼に揺られながら時々方角を示し、姫様は明かりの見える方へと駆け抜ける。

 そしてようやく道中も終わりというように、姫様が狼の変身を解いた。


「ふぅ、目的地はここでよかったのよね? ようやく着いたわ」

「ありがとう。早いけど、長かった……」

「いまさらだけど、屋敷に行かなくてよかったのかしら?」


 姫様はこてんと首を傾げるが、目的地はここで間違っていない。

 俺が今まで通っていた場所。

 そして、レイラもいるであろう学園で。


「ああ。闇魔法なんてモノ、この学園が見逃すわけないからな。多分姫様の年齢でも問題なく受け入れてくれるはずだ」

「ふぅん。今なんていったのかしら?」


 突然の冷気に振り向けば、ニヤニヤとした顔を浮かべた姫様がいた。

 あの、その伸ばされた腕はなんでしょうか?


「お願い。もう一度言ってみて?」

「い、いや……なんでも」

「命令よ『私の年齢がなんつった?』」


 いきなり低い声で凄まれ、それが命令でなくても逆らえなかっただろう。

 取り繕ろうにも、口が勝手に動いてしまう。


「姫様の年齢でも、問題なく受けて入れてくれるだろうと――ッ!」

「あらそう。それは朗報ね」


 ふふふ、と笑いながら微笑む姫様。

 だがしかし、まだ首に回された腕は離されていない。


「ちなみに、私は何歳に見えるのかしら?」

「じゅ、十七歳です」


 どう見てもみえないが、そう言わされた。


「よろしい。本当はもっともーっと上だけど、まだ私もピチピチなのね」

「ロリババアの間違いだ――――ひゃぅ!? ちょ、首筋はぁ!」


 かぷっとされると、どうしても声を抑えられない。

 ここがどこかということも構わず、姫様はねっとりと味わうように首筋をちゅーちゅーしてくる。


「ちょ、んっ、やめっ、まっ……!」

「んっ、あむ。とりあえずはこれだけにしといてあげるわね」


 ぺろりと舌なめずりをし、スタスタと歩いていく姫様。

 まだモヤがかかった頭で周囲を見渡せば、こちらを見てヒソヒソとする生徒たちが――。


「まっ、待てよ! まずは先生に挨拶をするから案内をっ!」

「ちなみに、闇魔法はこんな使い方もできるわ」


 姫様が呟けば、辺りがあっという間に薄い闇に覆われた。

 そしてヒソヒソとしていた生徒たちは、すぐに何事もなかったかのようにその場を立ち去る。

 いったい、何をしたんだ?


「さ、その先生のところとやらに案内しなさい」

「え、今何を――」

「ふふ、これからの生活が楽しみね?」


 姫様が振り返ったときに見せた横顔は。

 まるでイタズラが成功した少女のように楽しそうだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ