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人間をやめた日

 


 あれから事情を聞くと、どうやら吸血姫は狼に変身することもできるらしい。

 俺があの場所でみた狼は姫様で、薬のお礼に探していたのだとか。


「そういや、足のケガは大丈夫だったのか?」

「ええ。おかげでこの通りよ」


 人型に戻った姫様は、裸体を恥ずかしがることもなく見せつけてくる。

 綺麗なおみ足だということはわかるが、惜しむべきは子供体型なところだろう。


「あれってそんなすごい薬だったのか……」

「貴女知らなかったの? あれはかなり貴重な霊薬よ。今はどうかわからないけど、私の時代なら豪邸1つとでも釣り合わないわね」


 あの小瓶が、豪邸ひとつ並だって?

 規格外の価値だったことにもそうだが、なぜそれをレイラが持っていたのか。

 そして、それを勝手に使ってしまって――。


「本当は人間なんかと関わる気はなかったのだけど、私のせいで死なれたら気分が悪いもの」

「……………………」

「あのケガは、私を長年蝕んできたわ。あれに込められた呪いは、吸血姫殺しよ。狼形態でなければ、昼間は活動できなかっ――――聞いてるのかしら?」


 あまりの衝撃に、声が何もはいってこない。

 俺はレイラの大切なものを、勝手に。

 どうしようどうしよう、このことがバレたら、俺はレイラに嫌われて!


「……命令よ『薬なんてなかった。レイラは狼から逃げて崖から転落した』そのはずよね?」

「え? でも俺は」

「そう記憶しなさい。闇魔法――」


 ………………。

 …………。

 ……。


「助けてくれてありがとう。でも、どうして見ず知らずの俺を?」

「たまたまよ。強いて言うなら、脅してしまったお詫びかしら」


 俺が見た狼は、この吸血姫が変身した姿だったらしい。

 しかし、コイツのせいで死にかけたんだ。

 文句のひとつも言ってやらねば気がすまない。


「大口あけて喰おうとしたのはなんでだ? あのとき煙幕がなければ、俺は本当に喰われていただろ」

「そんなことしないわ。いまは別の意味で食べちゃいたいけど」


 女の子の言葉に、背筋どころか全身から鳥肌がたつ。

 さっきみたいなことを、無理やりされたらもう……ッ!


「で、でも! 吸血姫って物理的に人を襲ったりするんだろ?」

「あら、心外ね。だからって人を殺めるまではしないわ」


 何でも目覚めたばかりなので、人間は襲わずに動物の血で我慢していたらしい。

 なので、久々に味わった俺の血が極上に思えたとかなんとか。


「やっぱり男の精神が混ざっているからかしら? 貴女の血は病みつきになるわあ」

「やめてくれ、俺にはやることがあるんだ。命を助けてもらったことには感謝しているが、これ以上吸血姫様の厄介になるわけにはいかない」


 気を失って半月。

 既に学園も再開している頃だ。

 今から地元へ戻って、学園へ向かって……それでも、最低でひと月はかかってしまう。


「俺はもうすぐここを出ていく。助けてもらったお礼は、あと数回俺の血を吸う権利でどうだ?」

「えと、その……貴女の事なのだけど」


 女の子は、実に言いづらそうに口をもごもごさせている。

 人を手のひらで転がすような勢いはどこにいったのかと思うほど、その姿は年相応で愛らしい。


「どうした? 言っておくが、ここにずっといてほしいとかは無理――」

「貴女、闇魔法って使える?」

「え」


 いきなり何を言い出すかと思えば、闇魔法?

 言いたくはないが、俺は落ちこぼれだ。

 せいぜい生活魔法が使えるだけで、属性魔法なんて使えやしない。


 闇魔法なんて、もう何十年も使い手がいなかった、ほぼ失われた魔法。

 そんなの、使えるわけが――。


「繰り返して。ダークネス・サイクル」


 女の子の手の上でクルクル回る暗闇が現れる。

 闇魔法が発動しただけでも信じられないのに、俺にも同じことをやれって?


「あら、嫌なのかしら? では命令して――」

「できるわけがないだろ! ダークネス・サイクル! ……ぇ?」


 ヤケになって叫んだ途端、俺の手の上にも女の子と同じような暗闇が発生する。

 もちろん、レイラは闇魔法なんて使えなかった。

 じゃあ、これは一体?


「えと、非常に言いづらいのだけど。貴女、半吸血鬼よ」

「え? ……えぇぇえぇ!?」


 魔法が使えるようになったと思ったら、半吸血鬼だって?

 俺はいつの間にか、男どころか人間までやめていたらしい。

 しかも、好きな女の子の身体で。




 半吸血鬼。

 俺がそうなったのは、どうやら血を飲まされたのが原因らしい。

 本来は吸血姫に血を吸われて助かるはずが、俺の怪我は思った以上に深刻だったとのことだ。


「一応、あのとき問いかけたのだけど……怪我する原因を作った身としては、ごめんなさい」


 転落したのは俺のミスだ。

 命の恩人でもある彼女を責めることはできない。

 しかし、レイラは……。

 彼女は、自分の身体が知らないうちに半吸血鬼にされて、どう思う?

 あのときは死ぬよりマシだと思ったが、冷静になるとレイラに対して取り返しのつかないことをしてしまった。


「貴女は私の眷属でもあるけど、そうなってしまったのは私の責任だわ」

「どうしよう、これはレイラの身体なのに……」


 もしかしたら、レイラにそんな身体いらないと言われるかもしれない。

 そうなったら、俺は一生レイラの、女の子の身体で……?

 それに吸血鬼というからには、普通の人間としての生活もあやしい。


「あ、いい忘れていたけど、半吸血鬼はメリットのほうが多いわよ。身体能力が強くなって、闇魔法が使えるようになったりするわ」

「……え?」


 そんなの、願ったりかなったりじゃないか?


「デメリットというデメリットは、私の命令に逆らえないくらいね。ほら、ぜんぜん大したことではないわ」


 それが大きなデメリットに感じるのは気のせいだろうか?

 先程の彼女との行為を思い出して、思わず自身の身体を抱きしめる。


「そうね。私の責任でもあるし、無茶な命令はしないわ。でもお願い、定期的に貴女の血を吸わせて?」

「そこまでしなくても、血くらい別の誰かの――」

「貴女の血、病みつきになってしまったの。もう貴女以外の血では満足できないわ」


 ……それこそ、貴女が死ぬまで吸い尽くしてしまいたいほど。

 吸血姫様は口にこそ出さなかったが、何を言いたいかは思念で伝わってきた。

 こんなの、断れる雰囲気ではない。

 しかしそれでも、俺にはなすべきことがある。


「でもな、俺には元の身体に戻るという目的が――」

「いいわ。貴女に付き合ってあげる。隠居生活も飽きてきたし、私は貴女に着いてくわ」


 そういって、吸血姫様は俺の顔に手を添えてくる。

 至近距離で見た瞳は、灼熱のように真っ赤に輝き。

 俺は魅了されてしまったかのように、こくんと小さく頷いていた。


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