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転落からの


 森から現れたのは、銀色の毛並みをキラキラと輝かせる狼。

 日光を反射するそれは、鋭利な牙と合わさってこちらを威圧するようだった。


「ちっ、邪魔だ!」

「あッ……!」


 あっけなく振り払われてしまう。

 レイラの身体じゃ、この男を止めることは……できない。


「安心しろ、危害は加えさせねえ」

「そ、そうじゃない! 自衛のためなら仕方ないが、まだ何もされてないだろ!」


「あぁ? コイツがヒトを襲わねえなんて保証はないんだぞ!」


 いくら手負いの獣とはいえ、人間が襲われたらひとたまりもない。

 それこそ、護衛みたいな人がいなかったら蹂躙されるだけだ。

 それでも。

 動物や植物に優しいレイラなら、きっと。


「足をケガしてるんだ。逃げれば大丈夫なはず!」


 狼もこちらをうかがっているようで動かない。

 逃げるなら、今がチャンスなはず。


「ハッ、確実に逃げれるっつう保証があればいいんだがな」

「それは、馬車を全力で走らせてもらえば――」

「ああ。だから……こうするんだよ!」


 えっ、と思ったときには遅かった。

 走り去る馬車に、飛び乗る護衛。

 そして、置いていかれる俺。


「ぁっ……ぇ」

「じゃあな嬢ちゃん。俺らを確実に逃してくれてありがとよ!」

「まっ――」


 これは餞別だ、とトランクがひとつ落とされた。

 紛れもない。

 俺の、全荷物。


 そうして、馬車が走り去る音だけが響く。

 おそるおそる振り向けば、先ほどと変わらぬ眼光の狼と視線がぶつかった。




「――ぁ、――ッ」


 あまりの恐怖に、かすれた声しかでてこない。

 狼はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 まるで、獲物を確かめるように。

 そして、凶暴な口を半開きにして。


「……ッ!」


 無意識に後ずさっていたのだろう。

 背中の硬い感触に振り向けば、退路は木の幹に塞がれていた。

 近くには、全荷物であるトランクがひとつ。


「な、なあ。俺、食べても美味しくないぞ?」

「――――――」


 狼は何も言わない。

 威嚇もせず、ただジッとこちらを見つめるだけだ。

 逃げようとも、腰が抜けてしまったようで立ち上がれない。

 俺、ここで死ぬのかな……。


「ごめんレイラ。俺、お前の身体を守れなかったよ……」


 俺の身体で旅立っていったレイラ。

 そして、学園に残してきた知人。

 もしここで力尽きたと知ったら、どんな反応をするだろう?


 多分、ひとりのメイドがいなくなったとしか認識されないだろうな。

 狼と、無力な少女がひとり。

 この状況で逃げられるはずもない。


「……は、はは」


 乾いた笑いしかでてこない。

 こうなりゃヤケだ。

 いままで開くことのなかったトランクをあける。

 レイラの私物。

 勝手に使うわけにはいかないと思っていた、最後の良心。

 そこには。

 生活必需品の中に混じって場違いな木箱が収納されていた。


「なんだ、これ?」


 狼は相変わらず動かない。

 ジッとこちらの様子をうかがっているようだった。

 木箱の中には、ひとつの小瓶。

 何かの液体が入っているようだったが、中身がわかるはずもない。


「――――ッ!」

「あっ、キャァ!!」


 狼の顔が、目と鼻の先に近づいてくる。

 迫力が凄すぎてガードしてしまったが、襲って……こない?


「クンクン、クンクン」

「えっと。これ、欲しいのか……?」


 小瓶のフタはしっかりとされている。

 だが、この狼はニオイを嗅ぐようにしてこれを欲しがっていた。


「――――」


 返事の代わりに、大きな口をあけられる。

 鋭い牙が立ち並ぶソレは、俺の身体すら丸呑みされそうで――。


「――っ!」


 目の前に広がった絶望に、小瓶ごと投げ入れてしまった。




「助かった……のか」


 すぐ横には、まだ夕方というのにすーすーと眠る狼がいる。

 あの小瓶を投げ入れた後、ほどなくして眠りについてしまった。

 きっと眠り薬とか、そういう類だったのだろう。


「眠っているだけなら、可愛いんだけどな」


 サラサラとした毛並みを撫で、その質感にしばし魅了される。

 今なら倒すことも簡単だろう。

 だけど、武器もなければその気もない。


「……よし、行くか」


 起きたら、狼の朝食になってしまうかもしれない。

 窮地は去った。

 今はそれだけでいいと思い、俺は来た道を引き返した。




 ◇◇◇




「はぁ……はぁ……にしても、重いぃ」


 あれから数時間。

 日はすっかりと沈んだが、俺はまだ森の中をさまよっていた。


「ちくしょう。俺は、帰ってレイラにッ」


 もう、方向すらあやふやだ。

 馬車で何時間の道は、歩いて何日かかるかわからない。

 大きなトランクも、レイラの私物を勝手に捨てるわけにはいかない。


「体力も限界だし、どこか休めるところが……」


 既にノドもカラカラだ。

 耳をすませば、かすかに水の流れる音が聞こえる。


 俺は惹かれるように、そちらの方向へ足を進めて。


「――――え?」


 急に足場が、なくなった。




 綺麗な星空がだんだんと広がっていく。

 あ、と思った頃には、勢いよく地面に叩きつけられていた。


「――――――――」


 崖から、転落して――。


「…………よ、……しなさいっ!」

「……なったら、……を、吸うしか……ッ!」

「……!! 何、この娘、こんな美味な……ンッ!!」

「……とは、自然回復と、さっきの小瓶……」

「……! ……さか、アレが最後の……! 仕方……わ」


 朦朧とする意識で、誰かの声が聞こえる。

 女の子、だろうか?

 俺の、レイラのものではない、誰かの声。

 心配してくれるのはありがたいが、この出血量だ。

 自分でもわかる。

 レイラには悪いけど、多分助からない。


 しかし、女の子が次に発した声だけは。

 やけにハッキリ響いてきた。


「――貴女、力が欲しい?」


 そんなの決まっている。

 学園では使えない魔法の無能と蔑まれ、それでもレイラのために努力してきた。

 学園を卒業したら、レイラと結ばれる。

 ただ、それだけを想って。


 けど、こんな状況になってしまったら何もかも台無しだ。

 だからこそ、今の素直な気持ちを伝えられる。


「……ああ」

「――たとえ、人間をやめることになっても?」

「……あたり、まえだ」


 人間の、レイラの身体のまま死ぬか。

 それとも、生きるための可能性に賭けるか。

 悩むまでもない。


「――では、この血を受け入れなさい」


 もう動かない口に、何かの液体が流し込まれる。

 それは灼熱のように熱く、脈動しているかのように蠢いていた。

 拒絶してしまいそうになるが、口を塞がれ吐くことを許されない。


「……っ! …………!!」


 のたうち回るほどの激痛に襲われ、だんだんと意識が薄れていく。

 体内に浸透していく何か・・を、受け入れることしかできない。


「大丈夫、貴女は死なないわ。私が助けるもの」


 消えていく意識の中で、最後に聞こえてきたのは。

 少女の慈愛に満ちたつぶやきだった。


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