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鏡に映る、メイドさん

 

 明後日から学園が始まるという日に、俺は親父と言い争っていた。


「いいや、限界だ! 俺はレイラと結婚する!」

「いくら跡を継がないとはいえ、お前も伯爵家の三男坊だ。平民と結ばれるわけにはいかない事はわかっているだろう?」


 そんなの許されないことはわかっている。

 だけど俺は、どうしてもレイラと結ばれたかった。


 伯爵家の三男坊といっても、俺に課せられた使命は少ない。

 せいぜい今通っている学園を出て、貴族の結びつきを強くするための婚姻をするくらいだ。

 しかし、いま問題になっているのはまさにその部分。


「だいたい、兄貴たちが貴族と婚約するから十分だろ」

「あのな、お前にも立派な婚約者がいるだろ。あのブリュード家の――」

「はぁ? 俺にあんな貧相な女と結婚しろって? 親父は俺にあの洗濯板で満足しろって言うのか?」

「…………チッ、いったい誰に似たんだか」


 間違いなく親父だ。

 エリュシーデ家は母を早くに亡くし、俺たち兄弟は母の愛情というものをあまり知らずに育っている。

 乳母やメイドたちもいたが、つい5年前の再婚騒動でその多くが辞めてしまっている。

 その反動か、エリュシーデ家の男性は母性の象徴が大きい女性を好む傾向にあるらしい。

 当然、俺もその血を引くひとりだ。


「はぁ……全く、レイラを雇ったのは失敗だったか」

「そもそもだ。親父が再婚するとか言い出さなければ、あんなことには――」

「わかった、この話はもういい。次に帰ってきたとき、お前の最終確認をさせてもらおう」

「ハッ、俺の意思は変わらない。俺はレイラと結婚するからな」


 それだけ言い切り、親父の書斎からダンダンと音を立て退室する。

 全く、夏季休暇が終わる日にとんだ爆弾を落としやがって。




 自分の部屋へと戻ると、扉の前でレイラが物憂げ顔で待っていた。

 いつもの花開くような笑みは鳴りを潜め、こちらを心配そうに見つめてくる。


「あの、アレク様。どうでした?」

「ああ。やはり親父は認めてくれなかった。だが、俺はレイラを諦めないからな」

「アレク様……お気持ちは嬉しいですが、ここに居られなくなったら私、どうしたらよいか」


 浮かない顔をするレイラを、俺はそっと抱きしめる。

 レイラのふくよかな部分が圧迫され、幸せな感触が伝わってくる。


「やっぱり、こうすると落ち着くな……」

「あ、アレク様? 私は少し苦しいです」

「安心しろ、学園へ戻ってもレイラを守る手立ては考えてある」


 俺の気持ちを伝えた今、親父がその気ならいつレイラを解雇してもおかしくない。

 俺が冬に帰ってきたとき、屋敷からレイラがいなくなっている可能性もありえるのだ。


「アレク様? それは一体、どのような手で――」

「まず服を脱いでくれ」

「……すみません、聞こえませんでした」

「だから、服を脱いでそれを寄越せ」

「――――」


 お互いに無言が続くなか、バチンッと頬を打った音だけが廊下に鳴り響いた。




 部屋に戻り、明日出発する準備も終えた。

 あとは明後日からの学園に備えて寝るだけだ。

 そんな俺の枕元には、レイラの脱ぎたてホカホカのメイド服が置いてあった。


「いて……何も叩かなくても」


 あれから事情を説明し、湯浴みをした後ならと納得したレイラは服を持ってきてくれた。

 風呂上がり特有の濡れた髪や、色っぽく上気した顔を見て抱きしめたくなったが、ブリザードのように冷めた目線で服を突き出されては何もできなかった。


「しかし、これでレイラと……」


 服を欲しがったのは、当然理由がある。

 アル兄が昔に買った本。

 俗に言う呪い類の本に、必要な条件だと書いてあったからだ。


 いわく、お互いの体臭が染み付いた衣服を傍に置いて眠りにつく。

 いわく、夢の中でお互いに接触する。

 いわく、相手と離れたくないと強く願う。

 そうすることで、朝起きると相手との結びつきが強くなることだろう。


 本当かどうか疑わしいが、明日からまた離れ離れになることを考えると試さずにはいられなかった。

 ちなみにだ。

 同じ屋根の下で寝る同士でしか効果がないので、アル兄に言わせると「盛り上げるための口実だろう」とのことだ。

 ちょっと何を言っているのかわからなかった。


「俺の服も渡したし、レイラも置いてくれているよな……?」


 なんだかものすごく嫌そうな顔をされたが、きっと気のせいだろう。

 俺とレイラは相思相愛、のはずだ。

 あとは夢の中で接触したら、朝起きたときにはレイラを守れるような力が……ちから、が――。




 ――――。

 意識がフワフワとする中で、たしかにレイラを感じられた。

 彼女はいつものメイド服で、俺の姿に引き寄せられるように近づいてき。

 そして俺も、レイラに引き寄せられるように接近していく。

 やがて、2人の距離がゼロになるかというところで抱き合おうとし……。

 お互いに、通り抜けた。

 遠ざかっていくレイラと、離れたくないと……はなれたく、ないと。

 ――――。




「……えっ!?」


 予想外の展開にバッと起き上がる。

 気づけばもう朝だ。

 しかし、ここは俺の部屋ではない。

 知らない天井。どこか作りは似ているが、置いた覚えのない家具が配置されている。

 違和感のなか上半身を起こせば、後ろから髪がふぁさと降りてくる。


「……髪? え、声が」


 俺の髪はこんなに長くはない。それに、小鳥がさえずるような甲高い声もしていなかったはずだ。

 喉がおかしいと思って触ってみると、そこにはあるはずの喉仏が感じられなかった。

 それだけではない。

 さっきから視界を遮る、大きく膨らんでいる胸元。

 一体なんだろうと手を当てると、ありえない感触が返ってくる。


「ふぁっ……な、なんで」


 思わず出てしまった声。

 作り物ではない、触った感触と触られた感触が伝わってくる。

 おかしい。こんなのまるで……。

 これは何だと思うにつれ、もしかしてという予感が胸元を通して確信へと代わりつつある。


 枕元には、昨日レイラに渡した俺の服が……ない。

 俺の服だと思われるそれは、離れた鏡台の上に置いてあった。


 自然と引き寄せられるようにして鏡台へと近づく。

 そして鏡に映し出された容姿は、やはり俺のモノではない。

 それは、俺が愛してやまない彼女の容姿。


「ま、まさか……」


 肩まで伸びる銀色の髪。

 薄明かりを反射して煌めくソレは、俺の動きに合わせてサラサラとなびく。

 そして、肌着を盛り上げる膨らみ。

 鏡でも大きさがわかるソレは、学園の女子にも引けを取らない大きさだ。

 見たことはないが、形も整っていて顔をうずめたくなる母性の象徴。

 それが、今の俺に……ツいている。


 さらには、肌着からスラリと伸びた細い手足。

 男のモノとは比べ物にならないほど華奢なソレは、メイドという力仕事ができるのかと心配になるほど頼りない。

 白くきめ細かな肌は、銀色の髪と同じく光を反射してテカテカとしているようだった。


 この容姿、この体型。

 それはまさしく、俺が愛してやまない彼女のモノ。


「どうして……どうして、鏡の中にレイラが?」


 まだ驚愕の表情を浮かべる顔に手を当てれば、モッチリとした触感とスベスベと手触りの良い感触が返ってくる。

 長く伸びたまつ毛に、クリクリと見開かれた瞳。

 そしてアクセントのようにちょこんと位置する小鼻

 ……認めたくはない。が、認めるしか無い。


「俺、レイラになってる……」


 当然。

 鏡に映る、ぷるんとした口唇も。

 俺の発言に合わせて小さく動いた。


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