なぜ俺で修羅場に?
マルクスはこの学園に入ってからの友人だ。
そういえばアル兄との面識はなかった気がする。
「マ、マルクス?」
「やはりアレクの知り合いか。僕も挨拶したほうがいいかな?」
アル兄はのんきにそう言うが、マルクスの目は笑っていない。
こちらを鋭い視線で睨みつけてくるようだ。
けど、いったいなぜ?
「ねえサラサ。私には彼が怒っている理由がわかるわ」
「そうなの? わたしとしては、アレクによる熱のこもった視線が原因だと思ったけど」
「いいえ違うわ。さっきね、そこの彼にこう言っていたのよ? 『お前しかいないから、血を吸わせてくれ』てね」
「え、だとしたら――」
「そうね。そんなことを言ってすぐに別の男になびくなんて、レイラ……恐ろしい娘だわ」
……たしかに言ったな。
それなら目の前にいるマルクスが怒るのも納得だ。
ただ、今の姫様の言葉をみんな聞いているんだよな。
「アレクは彼に、そんなことを言っていたのか。僕の覚悟はいったい……」
「いえ! そこのマルクスに断られたので! アル兄のおかげで助かりました!」
「ほう。もう俺を呼び捨てにするか」
「あっ」
アル兄をフォローすれば、マルクスから文句があがる。
だからといってマルクスに説明しようとしても、恥ずかしいところを見られた手前、少し抵抗がある。
いや、ここはもう勢いでいくしかない。
「なあマルクス。実は俺、アレクなんだ」
「アレクは俺がさっき運んだ男だ。一体何を言っているんだ?」
マルクスの疑問はもっともだろう。
先程の魔法実習では彼にも迷惑をかけた。
どうみても別人の身体なのに、今の俺をアレクだと納得してもらうのには無理がある。
「俺、アレクの様子がおかしいとは思わなかったか?」
「俺からしたら、男みたいな言葉遣いのあんたがおかしい」
マルクスの言葉に、女子ふたりが同意する。
アル兄は苦笑したが、小さく頷いたのを俺は見逃さなかった。
「っ! だから俺は!」
もうマルクスの視線はこちらを向いていなかった。
彼の視線は、俺の隣りにいる男性。
アル兄にしか、向けられていない。
「すみません。貴方と彼女はどのような関係ですか?」
「はじめまして。僕はアレクの兄であるアルベール・エリュシーデだよ」
「失礼しました。アレクの友人であるマルクス……とだけ名乗っておきます」
すぐ隣ではじまった険悪なムードに、口を挟むことができない。
オロオロしていると、両側から肩にそっと手を置かれた。
「ようこそ、壁の花の仲間へ」
「ええ。貴女も私たちみたいな花になりなさい」
「そうそう。女子も3人集まれば、なんとやらってね」
そういえば、姫様とサラサはヒソヒソとしていただけのような。
でもちょっとまって。
「あの、俺を女子に入れるのは……」
「レイラちゃんは女の子なんだし、この中では立派な花だと思うよ?」
「ええ。レイラを取り合ってふたりは対立している。面白いわ」
まさかと思って周りに目を向ける。
どうやら姫様たちだけではなく、集まった野次馬にもそう見えるらしい。
この3人の中で人気があるのはサラサなのに。
今の注目株は、俺?
「ほら、頭を抱えていないで応援してあげなさい」
「ねえアレクはどっちを応援するの? どっちに味方する?」
「いや、もうやめてくれ……」
アル兄とマルクスは、俺と言うよりメイドとの関係について口論しているらしい。
エリュシーデ家の趣向は大勢に知られている。
それもこれも、長男のアイツが……いや、今はそんなことはいい。
だからってマルクス。
こちらを指差して胸がどうこう言わないでほしい。
「僕は婚約者がいるんだよ? それに弟の好きなメイドに手を出すわけがないじゃないか」
「でも、アレクにも婚約者はいます。それも学年で一番人気のあるような女性で、そんな彼女を悲しませてまでアレクはそのメイドを愛してるようです」
やめて。
隣からくる絶対零度の視線が痛い。
肩に置かれた手も、ギリギリとして痛い。
「そういえば、メロンでもぶらさげて出直してこいとか言われた気がするわね?」
「あら。じゃあこの娘のコレはメロンなのかしら?」
「一緒にたしかめてみる?」
「やめて!」
ふたりによる流れ弾が痛い。
こっちもこっちで怖いが、どんどん被弾が増えていくような。
「あなたの婚約者は、そこにいる従者よりも大きいのですか?」
「…………」
「では、あなたがそこの従者に惹かれる可能性もあるわけです。弟が好きな女に手を出すつもりですか?」
「い、いや。本人もいっていたけど、これがアレクなんだっ!」
「アレクは部屋にいます。会いに行きますか?」
すごい。
マルクスがアル兄を相手に有利に立っている。
アル兄はなんとかして理解してもらおうとしてくれているけど、マルクスはどうしても納得しないようだ。
これはもう、レイラも呼んでマルクスに説明するしか無いか。
そう考え、口論しているふたりの間に割り込む。
「ふたりともやめてくれ!」
「アレク? いいのかい。この男は君をただのメイドだと」
「うん、後で説明するから。今は――」
そう、マルクスを。
また前のように、お前と一緒に過ごしたい。
目線で訴えたその想いは、どうやら伝わらなかった。
乱入してきた俺を一瞥したかと思うと、マルクスは興が冷めたかのように立ち去ろうとする。
「ちょっとまってくれ!」
「……なんだ?」
振り向いたマルクスは、不機嫌な顔を隠そうともしない。
どうやら俺が他の男性と仲良くしているのが気に入らないらしいが、アル兄は兄弟だ。
それにレイラの身体でそういう関係になるだなんて、冗談じゃない。
「今夜、食堂の方へ来てくれ。レイ……アレクも一緒に」
「どうしてそんなこと」
「アレクに言えば、必ず来てくれる」
俺とレイラの関係を知っている手前、マルクスも頷くしかなかったのだろう。
マルクスが来てくれるかはわからないが、レイラはきっと説明を求めてやってくるはず。
そのままマルクスの背中を見送っていると、誰かがガバッと抱きしめてきた。
「きゃっ」
「ごめんよ。アレクの友人に納得してもらうことができなかった。僕はいつでもアレクの味方だから、血を吸いたい時は……」
「吸いたい時は?」
「……うん。事前に心の準備ができたら、嬉しいかなー?」
気まずげに離れていくアル兄。
最初に血を吸わせてくれた時はなんともなかったのに、どうしてアル兄は言い淀んだのだろう?
アル兄もいなくなって、野次馬も解散した後。
残っていたのは、壁の花になっていたふたりだった。
「ねえ見たかしら? これで当分ネタには困らないわね」
「私のために争わないで! からの『きゃっ』て悲鳴。もうダメ、ここが学園内でなければ思いっきり笑っていたのに」
姫様は上品に笑みを携え、サラサも猫を被っているからか必死に笑いを堪えているようだ。
……この調子だと、食堂の方にも着いてきそうだな。
「あ、それといい忘れていたわ。血を吸われた相手は、吸った異性のことを愛おしく思う作用があるの。これも吸血姫の特徴ね」
「え?」
「同性ではそんなことないわ。だから私は、同性のみに限定していたのだけどね?」
俺は男ということを捨ててはいない。
だからこそ、血を吸うのも同性のマルクスか、アル兄にしたというのに。
え?
「今夜の会話が楽しみね」
俺は全然楽しみじゃないです。




