ひとつ上の、お兄様
アル兄はひとつ上の学年だ。
俺を追い出した親父や一番上の兄と違って、唯一信頼できる家族でもある。
「で、どうして姫様やサラサもついてくるんだ?」
「面白そうだからよ」
「わたしがいるとスムーズでしょ?」
あいにく、レイラはまだ休んでいる。
俺のカラダのレイラがいたら手っ取り早いが、ないものねだりをしてもしょうがない。
探しびとである兄は、教室の後ろにいた。
「アル兄!」
呼んでも、反応がない?
ちらっと見られはしたが、すぐに視線をそらされた。
なんで?
「あれは認識してるわね」
「その上で無視されてる。さっすが」
いつもならすぐに笑顔を見せてくれたアル兄も、俺がレイラの身体だからかスルーされる。
いくら別人になっているからとはいえ、その反応はちょっと悲しかった。
仕方なく近づいていくと、ようやくこちらに顔向けてくれる。
しかし、アル兄の周りにいた女性も含めて、こちらを警戒しているような顔を向けてくる。
「君は屋敷にいたメイドの……どうしてここに?」
「あの――」
「お久しぶりです、アルベール様」
口に出すよりも早く、サラサが言葉を遮ってでてくる。
無言の抗議をしたら「まかせて☆」とウインク。
うん、とても不安だ。
「君はブリュード家の、弟の婚約者でもある……」
「サラサ・ブリュードですわ。この度は火急の用件で失礼いたします」
外行きのサラサは、知らない人から見たら完璧だ。
現に、先程まで敵意丸出しだった周りの女性が大人しくなっている。
「サラサってばやるわね。最初に家族ぐるみの関係だということをアピールして牽制しているわ」
「え、今のやり取りにそんなことが?」
「そうよ。ほら、貴女の兄? を自然に誘導もしているわね」
どういうやり取りをしたのか、アル兄はサラサと共にこちらへ来てくれる。
「じゃ、行こうか」
「ええ、とっておきの場所がありますのよ。さ、あなた達も行きましょう?」
ね?
と合図され、ふたりはどこかへ歩いていく。
周りの女性達がうるさい。
けど、残された俺たちはそそくさと追うことを優先した。
「さ、火急の用件というのは、そこの彼女にまつわることかい?」
お茶会ができるスペースだからか、アル兄は光を反射しそうなスマイルでこちらを見てくる。
アル兄はレイラとも顔見知りだ。
もちろん、俺というアレクが好いているメイドだと知っている。
「実はそうなんだ。えっと――――」
「アレクを追いかけて学園に来るなんて、君も可愛いところがあるんだね」
「えっ」
ふふっ、と笑い声が聞こえる。
漏れてきた声に顔を向けると、サラサと姫様が必死に堪えていた。
俺は口をぱくぱくとさせるだけで、あまりの衝撃に言葉がでてこない。
「けどイケナイな。僕の見立てでは父も兄も反対していただろう? アレクの努力を水にするような行動はひかえるべきだ」
「いや、そうじゃなく――」
「うん、アレクには僕も口添えしてあげるから。さ、今からいくかい?」
アル兄は優しく肩を抱いてくれる。
違う、そうじゃない。
助けを求めて横を見ると、そこにはアテにならない女子がふたり。
「うふふ、もうダメ、お腹いたいわ」
「レイラ。貴女には面白い兄がいるようでよかったわ」
……うん。
ここは多少強引にでも、話を聞いてもらわなければ。
「お、俺がアレクなんだ!」
「うん? アレクの元にはいまから――」
「違う、アル兄! 俺は……俺はっ!」
やはり家族の誰も信じてくれない。
けど、アル兄なら。
家族で唯一と言っていいほどの味方だったアル兄ならわかってくれるはず。
「涙を見せるものじゃないよ、レディ」
「えっ」
いつのまにか、涙が溜まっていたのだろう。
指摘され初めて、自分の頬を液体がつたっていたことに気づく。
「ここまできたのは褒めるべきことだが、アレクの思いを知っているだろう? 僕は、君の涙を拭うことしかできない」
「俺、どうしたら……」
「おれだなんて、言うものじゃないよ。どうしてだろうね? 君はなんだか、アレクに似ているような――」
だんだんと、睫毛の長い大きな瞳が近づいてくる。
俺から見ても、アル兄は美形だ。
それこそ、婚約者がいなかったら引く手あまたなように。
……ドキッとしてしまったのは、レイラの身体が反応したからだろうか?
「そ、そうなんだ。実は俺がアレクで――」
「そうですわアルベール様。そこにいるのは、正真正銘、あなたの弟君でございます」
凛とした声に顔を向ければ、いつのまにかサラサが復活していたらしい。
今更取り繕っても遅いだろうに。
「ん、アレク? でも彼女は」
「そうなんだ、俺がアレクなんだ!」
その後、アル兄がなかなか信じられなかったのも無理はない。
だってメイドと入れ替わって半吸血鬼になるなんて、誰が想像できるだろうか。
とりあえず整理する時間が欲しいと言われ、その場は一旦別れることにした。
「よかったわね信じてもらえて」
「ああ。これであの本が手に入れば良いのだけど」
俺が入れ替わった原因でもある本は、アル兄の持ち物でもある。
方法は覚えているが、昨日レイラに頼んで試しても何も起こらなかった。
だとすると、原因が他にもあるとしか考えられない。
「一回きりの方法だったんじゃない?」
「そうだとしても、このまま戻れないと、俺……」
生きるため、半吸血鬼になった身体。
そして勝手の違う女の子の身体で、これから生活していかなければならない?
だとしても。
血を吸われたり吸いたくなってしまう衝動は勘弁してほしかった。
「戻るにしても、レイラをこんな身体にしちゃったしな……」
「あら。あのとき力を望んだのは貴女よ? それくらいの覚悟はなかったの?」
「いや、そうだけど。このままレイラに返すのは申し訳ないような」
メリットが多いにしても、血を吸いたくなるのは変わらない。
いまだってこんなにも――。
「あ、えっ、ち……血がほしい……っ」
「っ! しまったわね。さっきの衝動が再びきたのね」
「えと、アレク? わたしの血でいいなら吸っていいわよ?」
……なんだが、遠くに声が聞こえる。
サラサ?
異性でも良いという許可は出たが……彼女は嫁入り前の女性だ。
そんな女性を傷つけるのはためらわれる。
マルクスはここにいない。
だとすると、アイツのいる場所まで――。
その時、ひとりの男性が近づいてきた。
「待たせたね。僕なりの結論を出したよ」
「だめ――っ」
制止したのは、誰の声だっただろう。
俺は気づくと、その男性に飛びついていた。
「え?」
「アル兄、もう我慢できないよ。だから――」
「……ああ。僕はアレクの味方だからね」
目の前にいる、男の抵抗はない。
俺は無防備になった男性の首筋へ。
じっくりと味わうように、かぷっと咬み付いた。
初めて味わう、その液体は。
甘美である美酒のように、病みつきになってしまいそうだった。




