はじめての魔法実習
いつアイツに話しかけようかと悩んでいたが、その機会は思った以上にはやく訪れた。
「少しいいか?」
初日だというのに、俺たちのグループに話しかける人物は少ない。
一回だけ王子もやってきたが、そこはサラサが上手く退けてくれたので助かった。
マルクスはそんな俺たちに単騎突撃してきた。
「ええ。私たちに何の用事かしら?」
マルクスが女性に話しかけることは少ない。
順当に行けば、俺の身体のレイラに用があるはずだ。
その肝心のレイラはサラサに隠れて縮こまっているが、まさか俺たちに用があるわけではないだろう。
「いや、そのな。アナスタシアさんでいいか?」
「あら。私に用だなんて、珍しい男もいたものだわ」
姫様はスーッと目を細めると、前に立ったマルクスを見定めるように視線を上下させる。
前もって男が嫌いと言っていた姫様のことだ。
中身がレイラの俺は例外としても、男らしい身体つきのマルクスは嫌悪感が強いに違いない。
「あなたが連れてきたメイドについてだ。そこの女子生徒は、あなたのメイドと言ったな」
「あ――」
「ええ、それがなにか?」
口を開こうとしたが、姫様に指で制される。
無言で抗議したが、姫様には聞き入れられなかった。
「メイドの名前はレイラ。間違いないな」
「っ!」
そういえば、マルクスとサラサには話していた。
俺の想い人。
なぜ俺がこの学園に固執して、あいつらに馬鹿にされようがしがみつくのか。
「ええ、間違いないわ」
「俺の記憶では、アレク。お前の家にいたメイドではなかったか?」
「え? ……は、はい。そうですね」
レイラの反応は怯えているからか、声が少し震えている。
この場にいた全員が気づいただろう。
もうマルクスは、俺の身体の。
アレクの親友の立ち位置にいない。
中身が別人とは言え、その事実を目の前で突きつけられると悲しくなった。
「……そうか。なら、どうしてアナスタシアさんのメイドになっているんだ?」
その疑問は、事情を知っているサラサ以外からしたら当然だろう。
詳しい話はまだレイラにも話していない。
話すなら、マルクスにも聞いてもらったほうがいい。
そう思って口を開こうとしたが、またもや姫様に止められる。
「その理由はもうすぐわかるわ。ねえサラサ、次は実習があったわよね?」
「え、ええ。魔法の実習だけど、あなたたち大丈夫?」
週に何回かある魔法実習。
今日の最後の授業はソレらしいが、俺とマルクスはいつも見学だった。
だがしかし。
今はレイラの身体で、使い手のいなかった闇魔法が使える。
使える……使う、ためには?
「もちろんよ。ここだと刺激が強いかしら?」
「あっ! ダメだ。いや、ダメです、やめてください!」
「きゅ、急にどうしたのよ……」
俺の慌てように、サラサも思わず素に戻る動揺っぷりだ。
こんな注目を集めている教室で血を吸われるなんて、冗談じゃない。
あの場面は、絶対にレイラに見られたくない。
「ふふっ、そうね。次を楽しみしておきなさい。いくわよ」
「あっ、待ってください!」
「じゃあねアレク。あなたは男子側だから」
「サラサ様ぁ……わたしも、うぅ」
男ふたりを残して、俺達は女子用のスペースへと移動する。
マルクスはまだ距離を掴めていないらしくギクシャクとしていたが、ふたりとも何も言わずに離れていった。
もうすぐ、ふたりには説明しよう。
それよりも今は。
「俺、ここにいていいのかなぁ……」
「ちょっと。わたしからは視線をそらしてよね。レイラの身体だから、しょうがなく我慢してあげるんだから」
「何ツンツンしているんだ。隠すようなモンないだろ」
魔法実習とはいえ、防具のために着替える生徒もいる。
ローブなどを羽織るのが普通と言っても、安全のため肌着の上に防具を着ることは定められていた。
横に視線を向けるも、サラサも姫様と同じくスレンダー体型だ。
姫様は少女体型だが、サラサの場合は……。
「……はっ」
「あ! 今コイツ鼻で笑ったわよ。何、この胸がそんな偉いのかしら」
「んひゃぁ! あっ、ちょ!」
いくらレイラの身体とはいえ、今の俺には、その。
姫様やサラサのモノより立派なモノが実っている。
そんなものをぶらさげていれば、姫様やサラサの標的にされるのは火を見るよりも明らかだった。
「へー、これがレイラの。私が負けるのも納得だわ」
「んっ、ちょっ、これ以上はぁ!」
「ちょっとサラサ。それは私のメイドよ」
「姫様ぁ……」
そういって姫様は、サラサの手をどけてくれる。
助かっ――。
「だからこれも、私のもの」
「ふぁっ! えっ、ちょ!」
今度は姫様に好きなようにされ、安心しきったところにこの仕打だ。
周りに助けを求めるも、女子だらけというのにみんな興味深々で見てくるだけだ。
興味、深々?
「あっ、ずるい。じゃあこっち側は私がもらうわね」
「サラサにならわけてあげるわ。しかし、くっ……」
「ふ、ふたりとも、ひゃ、そろそろやめ……ッ!」
◇◇◇
「さあ、今日は女子全員が遅刻したわけだが、理由は?」
「花園が広がっていたので」
「目が放せなくて」
「羨ましい」
チラチラとこちらを見られるのは、気のせいじゃないだろう。
まだ上気したままの顔は隠しきれるはずもなく、はぁはぁと息づかいも荒いままだ。
赤いままの頬で横を見れば、男子生徒にも顔をそらされる。
俺も男だったからわかる。
何があったか、想像するには容易いだろう。
「まあいいだろう。遅刻した罰に女子は魔力を練り上げておけ」
おそらくは説明もなしに魔法を打たせる気なのだろう。
俺は実習に参加したことはないが、この先生はまずやらせてダメな点を指摘してくる。
「そういや新入生がふたりいるんだったな。おふたりは大丈夫か?」
「ここはダメね。日の強い場所は苦手だわ」
「えと、私は……どうでしょうね?」
姫様は吸血姫だ。
日光で消滅するかと思えば、ただ能力が半減して弱体化するだけらしい。
だからこそ人間の暮らしに興味を持ったとか、学園生活に着いてきたんだがとか。
その点、俺は問題なく使えるはずだが。
「簡単なモノならできるけど、貴女が代わりにしなさいな」
「けど」
「もっとも、貴女の血を吸えば元気になるけど?」
つまり、ここで血を吸わせろと?
あの学園長が見せたような顔をクラスメイトに晒せとか、冗談じゃないんだが。
「や、やらせてください!」
「そうか。では、あちらの的に魔法を当ててくれ」
女子たちはまだ魔力を練っている。
しかしみんな俺の実力が気になるようで、全員に注目されている気がする。
気づけば、横で説明を受けていた男子たちも静かになっていた。
「では姫様、どうしましょう?」
「そうね。軽くシャドー・ランスでもぶちかませばどう?」
「……ちょっと待て。いまなんて――」
姫様の言う通り、身体の中で魔力を練り上げる。
目指すは、闇で作られた一本の槍。
漆黒の槍で的を貫く、そのイメージを強く想像する。
「――っ、シャドー・ランス!」
突き出した右手と同時に、漆黒の影が発射される。
それは真っ直ぐに的の中心に吸い込まれ、的に当たって拡散される。
否。
的に当たると同時に、その的を粉々に砕いて消滅した。
「…………」
「…………」
「…………」
あまりの出来事に誰も声を出せない。
俺もここまでとは思っていなかったため、姫様に視線で訴える。
親指をグッと上に向けられた。
そうじゃない。
「や、闇魔法。だと? 学園長に聞いていたが、まさか本当だとは」
「威力強いねー、こわいねー、ぜひ嫁にしたいねー」
「あ、れが私? え、なん。あっ」
様々な反応をされるが、今の俺はそれどころじゃない。
闇魔法に魔力を込めすぎたせいだろう。
身体が疼き、口の渇きが抑えられない。
誰か、誰か頼める人は――。
……いた。
まだ呆然としている皆に気づかれないよう、一瞬でソイツの側に移動する。
「マルクス、頼む」
「……ん!? レ、レイラさんがなぜここに」
急に現れた俺に驚くマルクスには悪いが、もう我慢出来ない。
隣りにいる俺の身体は気絶しているし、なによりレイラは異性だ。
だから、俺のターゲットはひとりだけ。
「お前の血を、吸わせてくれ」




