ハイキック事件
なんとも言えない空気が漂うなか、最初に動いたのは姫様だった。
「今日からお世話になるアナスタシアよ。こっちはメイドのレイラ。よろしくね」
堂々と言い放つ姫様だけど、今はそれどころじゃない。
担任なんか青ざめた顔でこっちを見ているし、クラスメイトに至っては「なにいってんだコイツ」状態だ。
元凶の俺ですら思うのに、うちの姫様ときたら。
「で、私たちの席はどこかしら? できればサラサの近くが良いのだけど」
「それより、いまそこの君が蹴飛ばしたのは……」
「わ、私は急に抱きつかれそうになったので蹴っただけです! 正当防衛です!」
両手で身体を抱きしめ、思わず身震いをする。
男に抱きつかれるなんて冗談じゃない。
日頃の恨みが溜まっていたとか、レイラの身体に何するんだとかの感情もあったことは間違いないが。
「だとしても、いま君が蹴飛ばしたのは――」
「あら、この娘は不届き者を成敗しただけよ。急に抱きつこうとしてくるなんて、野蛮な男もいたものだわ」
姫様はスタスタとサラサのいる場所まで歩いていく。
まだ呆然とするクラスメイトを放置し、知り合いであるサラサがいる席へと。
「そこのあなた。その場所譲ってくれない?」
「え?」
「でないと、さっきみたいに彼女がハイキックするわよ」
「っ!」
それを聞いた男子生徒は、サッと席を譲ってくれる。
サラサと元俺と傍になるのは良いけど、あのー?
「ほら、貴女も早く来なさい。席は確保しないと」
「あ、ああ。いえ、はい」
思わず素が出てしまったが、姫様の手招きするほうへと歩いて行く。
そこには元俺と、サラサ。
そして姫様と……知らないクラスメイト?
「あの、姫様?」
「貴女の席はここよ。この男、どうやらハイキックをご所望みたいね」
「えぇ……」
みんな怯えて離れていくかと思えば、姫様の隣に座る男は今か今かとキックを期待しているようだ。
こんな奴いたかなんて記憶にないのに、随分と濃いキャラが隠れていたもんだ。
「ほら。ハイキック、ハイキック」
「やめよ? サラサも煽るのやめよ?」
先程まで凍っていた空気も、今は本当にキックするのかどうかの期待に変化している気がする。
自意識過剰のような気もするが、少なくとも近くにいる数名には期待されているらしい。
「えーと、本当に良いのですか?」
「よろしくお願いしまぁーす!」
「ぎゃぁあぁあ!!」
まるでゾンビのように襲いかかってきたので、つい反射的に蹴ってしまった。
それも、さっきの王子より思いっきり。
「女子力ほぼゼロの悲鳴ね」
「この子に期待するのが間違ってるわ」
「あぁ……私のからだが。どんどん、うぅ……」
そこ、聞こえてますから。
気まずい顔で周囲を見渡せば、クラスメイトからはサッと視線をそらされる。
レイラには悪いが、俺のクラスでの立ち位置は決定してしまったらしい。
とりあえず。
「ようやく会えたな、レイラ」
「本当に、本当にアレク様なのですか?」
昨日会ったときは、最悪な再会だった。
王子の親愛のキスを受け、その場面を見られたのだから。
でも、これでやっと。
「会いたかったよレイラ」
「アレク様……ひとつ、言わせてください」
俺たちの席は離れている。
サラサと姫様が真ん中にいるが、今はそのふたりも静かにしてくれている。
俺がレイラの言葉を、聞き逃すわけがない。
「ああ。何でも言ってくれ」
「さっきも今もそうですけど、あの。パンツ丸見えです」
「ああ……は?」
さっきも、今も?
理解するのに時間がかかったが、共通することと言えばハイキックだ。
ハイ、キック?
「女子力ゼロ、ライバルにもならないわ」
「もっと際どいのを穿かせておけばよかったわ」
「あぁ……私のからだぁ……」
バッと振り向けば、またもや視線をそらされる。
いや、主に男子生徒だけが気まずげに顔をそらす。
「あらあら、顔を真っ赤にしてお可愛いこと」
「女子力あがりました。さすがア……レイラですね」
姫様とサラサがうるさい。
それに男の俺に、女子力なんていらない。
いらない、けど。
「ご、ごめんレイラ」
「うぅ。戻りたいけど、戻りたくなくなりましたぁ……」
俺は再会したレイラに、ただひたすら平謝りすることしかできなかった。
◇◇◇
ハイキック事件から数時間。
季節外れの転校生が珍しいのか、席を囲まれる……ことはなかった。
「ねえサラサ。あなた昨日とキャラ違いすぎない?」
「そんなわけないよ? 優雅に可愛くがわたしのモットーだよ」
フフフ、と近くで黒い笑みを浮かべるふたり。
それも気になるが、俺の興味はレイラともうひとりにしかなかった。
「なあ、どうしてみんな寄ってこないんだ? レイラみたいな美少女がきたとなれば、近づいてきてもおかしくないのに」
「いまはアレクさんが私なんですよ。そんな自分のこと美少女とか言わないでください、照れます」
俺の身体でナヨナヨするレイラは……ごめんなさい、ちょっと気持ち悪いです。
レイラは俺が好きな女性だけあって美しい。
俺が王子に見初められたことからも証明できるだろう。
だが、クラスメイトは寄ってこない。
なんで?
「そりゃあ、初っ端から王子を医務室送りにしましたからね。その後蹴られた男子はピンピンしてますが、それよりも原因は」
レイラの視線に顔を向ければ、サラサと楽しそうに話す姫様がいる。
俺と視線が会うとニコッと笑われるが、その笑みに思わず戦慄してしまうのは何故だろうか。
「姫様がどうかしたのか?」
「いえ、感じないなら良いのですよ。何も感じないなら」
次の授業が始まるので、そこで話は終わってしまった。
クラスメイトの反応も気になるけど、今のサラサと俺の立ち位置っていったい?
その疑問は、昼休みになった時に判明した。
「じゃあ、食堂に行きましょうか。案内してあげるね」
「あれ、サラサって今は向こうで食べていないのか?」
気心の知れたメンツだと、口調を取り繕わなくて良いのでありがたい。
サラサは女子グループで食事をしていたはずだが、今はアレク……の身体のレイラと食事を摂っているらしい。
「一応婚約者となっているからね。レイラちゃんの話を聞いているうちに、なぜかこんなことになったのよ」
「私が知っているひと、サラサさんしかいなくてぇ。もう、他の貴族の人は怖くて無理ですぅ……」
サラサの言い分では、なぜか俺の身体に男性ファンがついているとか。
え?
「最近のアレク、可愛くて庇護欲を誘われるとか人気よ? 寮の掃除も率先してやってるらしいし」
「身体を動かしていないと落ち着かなくて。アレク様の身体、生活魔法が使えるのでお掃除やお料理が捗って楽しいです!」
なにやっているんですか貴女。
だけど俺も人のことは言えない。
まだサラサにしか話せていないが、俺もこの身体を――。
そのとき、視界によく見知った人物が横切った。
「あ」
「ん?」
彼はこちらを一瞥すると、何事もなかったかのように立ち去る。
俺がアレクのとき、一番俺の隣にいた人物。
いまはサラサがいるが、それまではずっと俺と行動していた彼。
そんな親友が、今の俺たちをスルーして去っていく。
「…………」
「そういえば、レイラちゃんったらマルクスと距離置いてるの?」
「え、ええ。なんだがあの方、目つきが怖くて」
マルクスの目つきは生まれつきだ。
あいつはいつも、初対面では怖がられてしまうと落ち込んでいたっけ。
簡単な魔法しか使えず、落ちこぼれだった俺と。
魔法を全く使えず、騎士になるべきだった男、マルクス。
俺たちはいつも一緒だったが、どうやらレイラがきてから距離が開いてしまったらしい。
俺はそんな親友の背中を、姫様に呼ばれるまでずっと見送っていた。




