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人間やめて帰ってきました

 

 その人物に見つかったのは、運が悪かったとしか言い表せない。

 間違えて男子寮に行ったからだとか、女子寮へ向かうことに駄々をこねて遅くなったからではないはずだ。


「待ってくれ! そこのお嬢さん!」

「レイラ、呼ばれているわよ」

「私は男です。お嬢さんと呼ばれるのは姫様しかいません」


 外観ではどうみても女子が2人にしか見えないだろう。

 だが俺は男だ。

 その声の主を知っている俺からしたら、ソイツに呼び止められるのは悪夢にしか思えない。


「聞こえなかったのかな? お嬢さん。どうか、どうか君の名を聞かせてほしい」

「ほら姫様。呼ばれてますよ?」

「そうね……ふふ、私の名を知りたいのはどなたかしら?」


 腰までかかる金色の髪をなびかせ、姫様が振り返る。

 その姿は俺も一瞬魅了されてしまうほどだったが、声の主は何も見ていなかったかのように言葉を続ける。


「あ、いや。君じゃない。そっちのメイド服を着たお嬢さんだ」

「……………………」

「……………………」

「……ねぇレイラ。私帰っていいかしら?」

「ごめんなさい。まさか私のことだとは」


 姫様の魅了、敗れる。

 お嬢さんと呼ばれたことにも業腹だが、よりによってコイツに目をつけられるとは。


「メイドのお嬢さん、君の名は?」


 近づいて来ようとしたソイツを、サッと手で制す。

 そうでもしないと、コイツに。

 この王子にレイラが穢されてしまう!


「あなたに教える名などありません。さ、行きましょ姫様」

「ええ。こんな無礼者、放っておきなさい」


 珍しく姫様と意見が合う。

 そうして再び歩き出そうとしたとき、いつの間にか距離を詰めていた王子に手を掴まれた。


「きゃっ!? な、なにするんですか!」

「きゃっ♪ だって。かわいい悲鳴あげるじゃない。私のときもそんな悲鳴上げてほしいわあ」


 何か隣から聞こえるのは気のせいだろう。

 まだ力を発揮できない今、俺はただのか弱い女子。

 掴まれた腕を振りほどこうとも、ビクともしなかった。


「は、放してください!」

「いいや、君の名を聞かせてくれ。それを聞くまで、僕はこの手を放さない」


 相手は仮にも国の王子。

 継承権はないとはいえ、彼に逆らえる者は少ない。

 しかし、この場には国など関係ない人物がひとりいる。


「ちょっと貴方、私のメイドに何をするのかしら?」

「ひ、姫様……っ」

「でもいいわ。私よりこのメイドに用があるのでしょ? 好きにしなさい」

「ひ、姫様ぁ!」


 何という裏切り。

 先程のスルーが効いたのか、姫様はスタスタと歩き去っていく。

 俺も追いたいが、この掴まれた手は簡単に振りほどけない。

 無理やり振りほどけば、レイラ自身に迷惑がかかってしまう。


「さあ、君の名を聞かせてくれ」

「俺……わ、私はレイラと言います。姫様のお供なので、私はこれでっ!」


 人が増えてきたようだが、もうこの際無視だ。

 今は一刻もはやく、この場から逃げ出したい一心だった。


「ありがとう。では、最後にひとつだけ」

「お、教えましたよ! さ、手を放してください!」


 もう解放される、という気の緩みがいけなかったのだろう。

 王子は膝をつくと、俺の手に素早く顔を近づけ――。


「君に一目惚れした。これは、親愛の証だ」

「え、あっ……ちょっ!?」


 手の甲に、生暖かい息が吹きかけられ。

 短く、王子の口づけが刻まれた。


 ………………

 …………

 ……


 はっ!?

 一瞬意識が飛んでしまったが、近くから聞こえてきた悲鳴で戻ってきた。

 自分から出た悲鳴ではないはず、多分。

 既に腕は自由になっており、俺は王子に――されてしまった手の甲をマジマジと見つめる。


「………………」

「レイラ、僕は君を――」

「ふ……ふ、ふざけるなぁ!」


 あっ、と思ったときにはもう遅かった。

 そのキレイな顔を上段蹴りでふっとばし、王子が何回か転がっていったところで我に返る。

 ……ちっ、目撃者は男女2人か。


 その男子の方は、信じられないというように目を見開いて。

 女子の方は、お腹を抱えて大爆笑してこちらを見ている。

 しかもその2人は、俺のよく知る人物だった。


「嘘、です……わたしの身体が、王子様に不敬を……もうダメですぅ」

「あははははは! あれが本当にアレク? ダメ、お腹いたいわ!」


 見ら、れた?

 になって再入学したことも信じられないのに。

 王子に迫られ、それを撃退した場面。

 それをこの身体の持ち主と、婚約者に見られるなんて。

 とりあえず。


「お久しぶりです。アレク様、サラサ様。このレイラ、恥ずかしながら学園に入学してまいりました」


 淑女の礼を返したら、野太い悲鳴と令嬢の笑い声がさらに大きく響き渡った。




 ◇◇◇




「まず、あんたはアレクで良いのよね? その女との関係は何?」

「野蛮な女性ね。レイラ、私にも説明しなさい」

「お前たちな……」


 現在、俺の部屋には3人の女子がいる。

 ここは姫様と俺の部屋なので、2人いるのはおかしくない。

 今の俺を、女子にカテゴライズするのなら。

 残る1人は、さっき俺を見て大笑いしていたサラサだった。


「そういえばレイラは来なかったのか?」

「ここは女子寮よ? あんたの身体のレイラが入れるわけないじゃない」

「そ、そうか」


 確かにここは男子禁制。

 禁制なのだが、今の俺は女子なので入れてしまう。


「で、そこの女はあんたが男と知りながら同部屋? うわぁ」

「今が女の子なら関係ないわ。私達はイケない関係なの」

「姫様!」


 こんなんじゃいつまで経っても埒が明かない。

 とりあえず姫様は血を吸わせて黙らせ、棺桶に突っ込む。


「んっ……ふぁっ……ほ、ほら! これで満足しただろ! 説明は俺がしておくからもう寝てくれ!」

「あら乱暴? では寝るわ。明日からはお日様の下だものね」

「ええ。コイツにはしっかり教えておくので、おやすみなさい姫様」


 棺桶がパタン、と閉められる。

 部屋にひとつだけ備え付けられたベッドでは、俺が血を吸われる光景を見てサラサが笑い転げている。

 淑女としてはあるまじき姿。

 衣服は乱れ、艶めかしい脚や見えてはいけないところが見えている気がする。

 もはや何も言うまい。


「っく、ははは! やっぱりダメだわ、これ、これがアレクなのっ!?」

「おい、笑いすぎだろ」

「ごめっ、アレクがっ……艶のある声! ぜひレイラちゃんにも聞かせてあげっ、く、ははは!!」

「や、やめろっ!」


 こんなの、身体の主であるレイラに聞かれた日にはドン引きされる。

 血を吸われる瞬間は、レイラに見られないようにしなければ。


「ふ、ふくく。はぁ……はぁ、お腹いたい。で、私はレイラちゃんとアレクが入れ替わったとしか聞いていないのだけど?」

「ああ。お前は信じてくれるんだな、こんな話」

「当たり前じゃない。何年あなたの婚約者をやっていると思ってるのよ」


 婚約者兼、幼なじみ。

 親父も兄も信じてくれなかったが、さすがサラサだ。

 お互いにその気はないとはいえ、コイツ以上に気の合う異性はいない。

 ……これで性格と体型さえよければ、婚約者として文句ナシだったのに。


「もちろん、説明してくれるのでしょうね?」

「ああ、俺がどうしてこうなったか――」

「あの王子に一目惚れされて、お姫様候補のレイラちゃん?」

「ぐ……もうやだアイツ」


 忘れかけていた現実が襲ってくる。

 この状況もそうだが、これからの学園生活を考えると憂鬱にもなる。


「ダメ、思い出したらまた笑えてくる。で、さっきの姫様といい……全部話してくれるわよね?」

「最初からそのつもりだ。聞いてくれ」


 元々、サラサとレイラには事情を話そうと思っていた。

 あとはアル兄と、あの親友にも。


「――じゃあまず、俺がどうしてレイラになったのかから話そう」


 幸いにも、今の俺は夜に強い。

 この、半吸血鬼にされた身体は。

 夜語りも苦にならないというのは利点だった。


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