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06 執事さんは振り返る

「お前の索敵が正しければあっちにいるヤツは強敵だな。だからダンジョンってのは突発的なトラブルがあって良いな、ハラハラしてきたぞ」


「ジュリさん、まさかスリルを楽しめちゃうタイプなの? 私そんな危険な人と一緒だなんてもうメロメロになっちゃいそうなんよ~」


 自信に満ちた一声に、アリスの骨の髄まで支配していた緊張や不安が溶解した。

 そんな吊り橋効果に似たドキドキ感に酔いしれてるのもつかの間。


「グググ……」


 地ひびきと野太い唸り声が響いてくるため、すぐに恋の妄想から現実に引き戻されたのであった。


「おいアリス。今回は主導権は俺がもらう、お前を守りながらの戦闘は俺の得意技だからな」


 二人は奇襲に備えられるよう曲り角から距離を取る。


「ググ……グガガガ!」


 魔物が唸り声を荒げ、天井にも届いてしまう程の図体が現れる。

 水牛のような面、木の幹よりも太い腕、その手にはかなりの重量を持つであろう金槌が握られている人型の魔物であり、その圧迫感は油断が死を生んでしまうと本能で感じずにはいられない。


「これってまさか……、ミノタウロスだよジュリさん!」


 アリスは見た目だけで瞬時に敵の種族を分析、迷宮の番人と比喩され、並の冒険者では手に負えない強さを誇る『ミノタウロス』だと把握した。


 そうしてる僅かな間にも、ミノタウロスはジュリオを獲物だと認識して袈裟に振りかぶる。


「任せとけって、この程度なら俺一人でも余裕だ【魔法・氷々雨の剣(ツララ)】」


 後ろに引いた掌に、尖端が針のように鋭く尖った氷の塊が複数出現し、ジュリオは一本だけ掴んだ瞬間、コンマ一秒の速さでミノタウロスの懐へと接近し、魔法で創った得物を心臓部へと押し込んだ。


「ググッ、グギャァァァ!」


「武器は自己調達、冒険者の基本だと学んだからな」


「すごい……。魔法や刃物も弾くほど硬い外皮を貫くなんて、ジュリさんってパワーもめちゃくちゃあったんだね、同じ女の子だなんて信じられないよ~」


 アリスは瞳を輝かせて感想を述べる。


 とはいえ、ジュリオはただ力任せに押し込んだのではない。

 相手の皮膚の柔らかそうな部位のみを狙い、そこから防御の薄い体内の心臓まで串刺しにする。

 完璧に計算された動作であった。


 しかし、ジュリオは氷柱を握る手を離し、バックステップでアリスの隣に移動する。


「浅かったか……。心臓狙いだったがちょいと計算が狂っちまったみたいだ。でも次の手は用意してるから安心してくれ」


 淡々と語るジュリオ、一方ミノタウロスはしっかり生きており、金槌を地に振り落とした後であった。

 このまま留まっていれば頭上から敵の反撃を受ける可能性があったので一旦引いたのだ。


「ググ……グオオオオオ!」


「でもどうすればいいのこの状況、ミノタウロスさん激おこなんよ」


「無論、当たれば問題ない。【魔法・電流放出(サンダーストリーム)】」


 ジュリオの掌がバチバチと音を鳴らした直後、ミノタウロスの全身を細い糸のような電気で包み込む。


 だが、ミノタウロスとてたったその程度の威力ではダメージにならず怯むはずもない。

 鼻息を荒げ、金槌をジュリオ目掛けて投げ飛ばす。


「おっと単純、こんな牛もどきの軌道を読むなんて造作ないぞ。さて、これで落着だ」


 ジュリオは涼しげな顔で避け、先程突き刺したツララを避雷針のように利用し、電気を集中させた。

 そのツララの表面には電気を通りやすくする水が滴っており、防御が不可能に近い内部からの攻撃に作戦を変更したのだ。


「グアアアァァァァ!!」


 ミノタウロスは断末魔の雄叫びをあげ、糸が切れたように地に伏せる。


「やったねジュリさん! こんなに容易く倒せちゃうなんてヤバヤバだよ~」


 アリスははしゃぎ回り、体中で感嘆を表現する。

 しかしジュリオは、髪を揺らす謎の風から悪い予感を想像していた。


(さっきミノタウロスが投げた金槌、ブーメランみたいに戻ってきてるな。執念の成せる業ってわけか)


 ミノタウロスとてタダでは転ばない。

 破れかぶれであるがジュリオを仕留めんとするため、直角に曲がってくるよう金槌に念を込めたのだ。


 後ろに振り向く、数秒後に背中へ激突すると予想し、鼻で笑いながら脚を動かした。


 そんな時、金槌による危険をようやく察知したアリスは甲高い声で叫んだ。


「ジュリさん危ない! 屈んで避けて!」


 ジュリオが避けれる姿勢だとは分かりきっていたものの、声に出さずにはいられなかった。


「避けて……か」


 ジュリオは避けられた、避けるのに労するはずなどなかった。


 だがアリスの「危ない、避けて」のワードを耳に納めた途端、ジュリオはピタリと急停止し、そのまま金槌が背中へ直撃してしまったのだ。


「ジュ……ジュリさぁん!」


 アリスは駆け寄る。

 間違いなんてしていない、しかし責任感が重くのし掛かっていたからだ。


「いいやこれくらい平気だ。ただの呪いみたいな悪い癖なだけだからな」


 ジュリオは服の内側に氷の障壁を忍ばせて防御していた。

 よって軽傷だけで済んだのだ。


 アリスは安堵し胸を撫で下ろしたが、それもつかの間、ジュリオの不可解な行動についての疑問が脳裏を走り回った。


「ねえジュリさん……」


「お前の言いたいことは分かってる。こんな命令を無視するような行為を癖でするなんて執事として最悪だと思ってるのも分かる」


「じゃあどうしてなの? ジュリさんってこんなに強いはずなのに、何故か可哀想だよ……」


 アリスは問い詰める、だが何も知らぬ者からすれば当然の疑問だろう。


 そんな今までに無い真剣な表情を視認し、ジュリオは意を決して全容を話す。


「確かにあそこで指示通り回避すれば忠実な従者として誉め讃えられるだろう。だがそうすると『危ない』と言ったはずなのに危なくないと結果的に主君の判断が間違ったことになっちまう、だからわざと攻撃を喰らったんだ。自分が不忠と罵られようが主の顔を立てる、キッチリ仕える者とはちと違うのが俺なんだ」


 これらは全て誰からも習った訳ではない。

 ロミエットの都合の良い執事に成り果てた時に決めた自論である。


 ジュリオは冒険者時代を思い返し、痛みをひしひしと感じながら言葉を紡ぎ続ける。


「俺はな、何だかんだ言って甘かったんだ。もしかしたらあいつの変貌は全部演技で、後々騙していてごめんなさいって詫びてくるんじゃないかってな。だからその時が来ると信じてあいつが勇者として名声を轟かせるよう影から手伝っていたんだ。今みたいに俺だけ体張って、あいつの判断は全て正しいって周囲に知れ渡らせる為にな……」


 絞り出すようにロミエットに仕えていた経緯を語り、「喋りすぎたか」と呟いて過去を吐き出す口を閉じた。

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