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38 絢爛武闘会終幕まで

 おびただしい数の矢には、それぞれ意思が宿っているように優れた連携攻撃により、ジュリオへ迫った瞬間地鳴りや爆発音や数々の轟音が会場へと響き渡る。


「キャロル選手決まったーっ! ついについに勝負あったかーっ!」


 レフェリーはあっさりした決着に仰天しながらも声高に唸る。

 周辺には白煙で満たされ、その中心にはうつ伏せか仰向けで倒れているジュリオの姿が顕れるはずである。


「【魔法・氷雨々(ツララ)】今回は上質な仕上がりだ」


 煙が晴れた時にキャロルが見定めた光景は、樹木が地を突き破ったとばかりに巨大な氷塊がジュリオを護っていた。


「貴女の魔法力、いくらなんでも規格外すぎるわ! まさか絶対的不利な相性を力業で打開するだなんて!」


 幼き頃より冷静沈着で感情を表に出さないキャロルだったが、この途方もない魔法のスケールには度肝を抜かれてしまっている。


「とはいえ、これは流石に手こずったな。なにせ強度を限界まで高めるために自分の身を捧げてまで造ったからな」


 ジュリオの右手には、いくつか抉られた箇所から赤い血が雪解け水のように滴り落ちていた。

 理屈は不明だが、魔法の行使に命を賭けても厭わない覚悟こそが効力を上昇させる数少ない方法なのだ。


 火事場の馬鹿力とはよく言うが、ジュリオは自分で自身を追い詰めて意識的に用いたのである。


「ジュリオ選手が見事に防いだーっ! 私めの見解でございますが、これらの氷像は瞬きよりも早く正確に造りあげた芸術的一品、まるで神の手を持つ彫刻家ございます!」


 レフェリーはそれ相応以上に、饒舌に語り盛り上げる。


 観客やアリスやシェピア、それどころか空を翔る鳥さえも思い思いの歓声をあげて祝福していた。


「まさか私に剣を使わせるとはね。ここからは貴女の首を獲るつもりで参るわ」


 キャロルはそう言うと、枯渇した魔力に頼る戦法を捨て、ただの飾りしかない存在感であったプラチナ製の長剣を構える。

 見た目よりも遥かに重量があるはずだが、難なく両手で正面向きを維持していた。


「あんたをパクるが、まさか俺に本気を出させるとは大した奴だな。これから、あんたの顔面をグーでぶん殴って女の顔を出来なくするからそれなりの覚悟しておけよ」


 ジュリオは脅迫まがいの宣言を呈したが、無論、宣言通りになっても試合後に回復魔法で治療するだけである。


 現在、魔力は枯れ果ててしまい回復にも長時間を要するために体術での勝負へと変更したのだ。


「そんな幼稚な覚悟なんてとっくに決まっているわ。絶対に勝利する覚悟もね、はあっ!」


 そして、先にキャロルが勇猛果敢に疾走し、待ち構えるジュリオへの射程範囲に到達する寸前、腕力に任せ横凪ぎに斬り結ぶ。


「なかなかの業物だな、当たればひとたまりもないが直に食らう前に決める……ぶっ倒されろ!」


「っ! 常人離れした反射速度ね!」


 ジュリオは雄たけびをあげて剣線の下をめがけて屈みながら突き進む。


「胴をとった! くらってくたばれ!」


「私としたことが熱くなりすぎたわね、かくなる上は……!」


「喧嘩のつもりか、上等!」


 情けを捨てて相手のしかめっ面へと拳を迫らせたが、同時にキャロルの拳も迫りかかっていた。


「私の底力、思い知りなさい!」


「その程度の気合なんて物理ではね返す!」


 投げ捨てられた剣は結果的に飾り同然だったが、キャロルとて殴り合いでの戦いにはかなりの強者であった。


「ぐうっ……! 効いたわ……!」


「こりゃ、脳震盪になりそうな一撃だ……」


 互いの腕がクロスし、骨の随までぶち当たった衝撃音が響き、両者は伝わった威力によってふらつくようにのけぞる。


「やられる前にやるしかない、アリスの友人をボコボコにしてでもな……」


「優勝は諦めないわ……! 何があろうと、必ず!」


 再びお互いが苦痛に悶えながらも立ちあがり、最も手っ取り早く確実な攻撃手段を繰り出す。


 それに対して歯を食いしばりながら片手であしらえば、今度はもう片方の手を握りしめて目の前の身体へと殴り飛ばし、脳の中核まで響く衝撃で朦朧としそうになりながらも、すかさず回し蹴りで反撃を試みる。


 そこに秘められた尊厳無き戦闘には、回避などといった勝負から遠ざかる選択は存在せず、愚直にも多大なダメージを与えられる部位を狙って拳を交えるのみであった。



■■■



「厳しく……なってきたわ……」


「魔法抜きにしてもなかなかやる……これでこそガチの戦いってものだ……」


 今や二人は、口内や爪等数々の部位からあふれんばかりの血をこぼし、美貌に満ちた顔面もツギハギのような痣が刻まれ、一度の呼吸だけでも精一杯である。


「だけど私は戦える、どれだけ追い詰められようとも自分のために踏ん張れる……う……うおおおおお!」


 おぼつかない動作だが、危険信号を鳴らしている節々を目醒めさせ、ジュリオの姿のみを定めて命懸けで力を振り絞る。


「俺も駄目だな、どつくどころか腕も起こすのも億劫だ。だからこれで終いにするか……」


 ふらりと拳を構えると、その姿勢のまま相手へ取っ組み、腕を腕で封じ込めながら、がら空きになっている状態の脚へと足払いをかける。


「ああっ……ぐっ……」


 体勢を崩され転ばされようがキャロルは血を吐きながらも即座に立ち直そうとするものの、そこにジュリオが体重をかけて相手を地へと落とす。


「ここまで来ておきながら……情けないわね……私って……」


「へへ……両手をついたな、この勝負、俺が貰った……」


 キャロルは根気負けにより失神してしまい、ジュリオは血まみれの拳を空へと振り上げ、言葉を出さずに喜びを顕にする。


「り、両者一歩も譲らない凄まじい闘いでしたが……栄えあるレディース部門優勝者は、ジュリオ・フレズベルク選手に決定ですっ!! 皆様、盛大なる喝采を!」


 レフェリーの公平なる審判により、たった今新たとなるチャンピオンが、この戦闘者達の血と汗でまみれた神聖なる場所に誕生した。

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