24 圧迫されてしまいそうな謁見
門番から深々と会釈をもらい、二人はいよいよ謁見の間へと案内されて行き、一際大きな扉を潜った先でお目にかかれた者を敬虔な眼差しで見定めた。
「あの人が王様なの……?」
気圧されるような雰囲気により、アリスは小声で話しかける。
カーペットの感触がある程度緊張を和らげていたが、それでも別の世界に迷いこんだように錯覚してしまう。
「いや、多分大臣だろう。頼むから予行練習通り目配せするなよ」
「分かった……んよ」
アリスに釘をさしつつ、方膝をついて辞儀の姿勢をとる。
しばらくして、大層豪華な法衣を纏った者が、空席だった玉座に腰をおろす。
「国王陛下、彼女がジュリオ・フレズベルクでございます」
でっぷりと肥えた腹が高貴な身分を印象するカーン・アクダイ大臣が、丁度やって来た者へと口を開く。
「うむ、隣の者は?」
「アリス・リリースティと申しておりました。しかしかの者への御用はあらぬはず、退席致させますか?」
「いや、余があの者を含めて謁見させよと命じたのだが」
「ははっ、失言でございました」
表情を緩めず、威風堂々とした迫力を醸し出すアルジーン・アルテマス王。
彼は広大な領土を統治する身でありながら、類いまれなる能力と人望を兼ね備えた才色兼備なる者である。
今、城下で発生している暴動へ対しても、懐柔的な方面のみで解決へ向かえている程に慕われているのだ。
「……では改める。よくぞ参られたジュリオ・フレズベルク、そなたへと書状を届け出たのは他でもない、我が娘を死の淵から救出した件である。余はその功績を称え、そなたに銀級論功紋章を授与する。大臣、ここへ」
「はっ」
目で促されたカーン大臣が、シルバーカラーで輝くメダルを彷彿とさせる物を、畏まっているジュリオへと渡しに歩く。
「銀級……だと……」
「す、すごすぎるんよジュリさん……」
「ああ、というか後で話そうか」
ジュリオは一瞬胸が高鳴り、同じく興奮に至っていたアリスとひそひそ話を繰り出したが、すぐに正気に戻り、その銀級論功勲章を礼節をもって受け取った。
たった今ジュリオが頂いた物は、言うなれば国家の危機を単独で救った証である。
事件の規模次第で銅、銀、金と質が上昇するが、銅級の時点で所持者はそうそうおらず、金級は初代勇者の墓に飾られている一つのみとなれば、ジュリオがいかに誉れ高い功を叩き出したのかが分かるだろう。
「俺めには過分な報酬でございます」
ジュリオは台本に書かれたような言葉遣いで返す。
「さて、ここからは余の個人の質疑に入る故、楽にして良い」
「はっ……」
王はそう述べたものの、ジュリオは身分の差による緊張がとけない。
堅苦しい形相を柔らかくしようと奮闘しつつ、その言葉へと耳を傾ける。
「そなたのジョブは執事と聞き及んでいる、それにだ、銀級論功勲章を授与された執事は歴代でも現れなかったのじゃ。それ故、余の家臣の参考になるよう、執事としての振る舞いを是非とも教授したいと思うてな。如何かな」
「へ、陛下!」
王はやや砕けた口調となりながらジュリオへ問う。
重くなった空気こそわずかに解消されたが、カーン大臣は慌てたように忠言する。
ジュリオは、己がかつて縛られていた信念をありのままに答えた。
「俺めの自論にございますが、執事とは主君に仕えて三流、主君の命を完璧にこなして二流、そして、傍若無人と蔑まれようとも主君を益を第一に考えて行動し、あえて己自信を出来損ないの無能の身に置き、引き換えに主君を聡明なる者として比較させられてようやく一流と存じてございます」
ジュリオはお手本通りの言葉をスラスラと口に出せた。
「……ふむ、それは真か。そなたの申すことはもっとも且規格外な信条であるが、生憎、余の家臣団にはそれを実行に移せる優秀な者は一人もおらん。天晴れじゃ、そなたこそ天下一の執事なのじ……なり」
「有り難きお言葉、しかと胸にしまいまする」
率直すぎるモットーに対してあまりにも称賛を頂いたため、ジュリオは口調が段々と怪しくなっていた。
しかし、謁見は未だ終わらない。
「では最後に大臣よ。お主はジュリオへ何か質疑はあるかの?」
王は確かに最後と言ったが、この最後にとてつもない試練が待ち構えていた。
「では、僭越ながら一つお尋ねしたい。ジュリオ君、馬鹿は高いところを好むという言葉はご存じかね? 時に、ここにおわす陛下はこの王国領内では最も高き場所に座られている。では今一度問う、君は陛下をどのような人物と心得ているか、はっきりと申して頂こう」
「なんとっ!? だ、大臣! いくらそなたでも今の発言は無礼に値するのじゃ!」
カーンの突飛な質問により、その場の空気が死の世界に誘われたように様変わりした。
周囲の兵士は、ジュリオの末路を案じながら、皆それぞれ冷や汗をかいては鳥肌を立てている。
アルテマス王ですら、蛇のような薄ら笑いを浮かべる大臣へ訂正するように促しているのだ。
(ジュリさ~ん! これが噂に聞く圧迫面接ってやつなの! もう夢の中へ逃げたい気分なんよ!)
アリスは自分に聞かれてないのにも関わらず、起こりうる最悪の未来に恐怖している。
全ては大臣の悪知恵によるものだ。
あえて馬鹿と前置きした上で、その国王を領内一の愚か者と吐かせるよう誘導を開始したのだ。
「国王陛下、何を申されますか? 私も彼女を真似、己を捨てて彼女の真意を問おうとしたまででございます」
「はぁ……。大臣にはジュリオの爪の垢を煎じて飲ませたい……のじゃ」
カーン大臣はしてやったりと邪悪を込めた視線で見下した。
王以外が自分の地位に近づくのが気に入らない性質であるために、そうした者へわざと悪知恵を働かせた質問を放つ、とても立場に相応しくない人物だ。
その度に、切り抜けられない方が悪いと相手へ責任転嫁するとことんなまでの問題児である。
「黙しているようだがどうしたかねジュリオ君。まさか、口には出せない理由でもあるのではないのかね? クク……」
たたみかけるようにジュリオを焦燥へと囚わせようとする。
だが、ジュリオが沈黙を貫いていたのは考え込んでいるのではなく、答え自体は既に導き出しており、ただ高貴な者の性根を観察していただけなのだ。
「……フフッ。そんなちゃちな質問なんて、あいつに比べればなんてことないな」
「……はて? 君は今、何と申されたかな?」
「――陛下、事実としてあの大臣が前述した理論ならば弁解の余地は有りません。ですが俺めの抱いている主観としては、この大陸にあまねく愚者が高所へのさばらぬよう、陛下自身がシンボルとなって高所をおさえて睨みを効かせているからだと存じております。どんな悪名を背負ってまで平穏を思う、まさに、天に最も近き真の王だと、俺の見解でございます」
「ホッホッホ、やはり尻尾を現したなこの女狐め……えっ、えっ、えっ?」
ジュリオは顔色も表情も何一つ変えず、なぞなぞを解き明かすように易々と答えきったのだ。
これには一同胸を撫で下ろし、その非の打ちようのない回答に心の底から感服し、アリスも飛び付きたい気持ちをおさえきれずに、ジュリオのドレスの裾を掴んで感嘆を表現していた。
「ジュリさん、奇想天外な発想ばかりするのにいっつも成功しちゃうなんて……私、考えるのやめたんよ」
「ああ、考えなくていい。その代わり感じろ」
「ハッハッハ! これは愉快じゃジュリオ・フレズベルクよ! そなたはまさしく銀級勲章に勿体無き逸材、今後とも末永く友好を築きたいものじゃ! ところで大臣、解っておるな」
アルテマス王は、ジュリオの閃きを称賛した後、カーン大臣へと物申す。
「い、いや滅相もございませぬ。私、彼女を引き立たせるためにあえて無礼を働いたまででして……」
「三流大臣、そなたには政務大臣剥奪の罰を与える」
「なっ!? なあああにいいいい!!」
カーン大臣は、たった一言で真っ白に燃え尽きてしまった。
なお、今回が初ではなく、その度に元の地位へ返り咲いている。
こうして、ジュリオは裏冒険者ギルドとの親交の架け橋となり、大変栄誉ある銀級論功勲章をお土産に獲得したのであった。
そして、帰路についた時、ジュリオの後頭部に何かが当たる感覚が伝わる。
「うん? ただの紙か。いや見覚えがあるような……ポエムじゃないか」
ブクマが減った理由は薄々察しています
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