20 動乱の王都
元凶であろう男の周囲の光景に、二人は目を疑った。
肺に悪影響を及ぼしかねない黒煙が山火事のようにたちこみ、元は石づくりの街並みだとは思えない程の焼け野原状態であったのだ。
爆破の余波により、遠くの建物も瓦礫の山と化している。
「とんでもない有り様だなこれは、……っと?」
重々しい鎧の鳴る音が聞こえたかと思えば、隣まで近づいてきた者はジュリオを手で制した。
「失礼、冒険者ではないのならあの脱獄犯に関わらず衛兵の指示に沿って避難して下さい! ここは我々が取り押さえます!」
「おい、この惨状が見えないのか。あれはあんたみたいな並の兵一人で勝てる相手じゃないだろ」
「ご心配ありません。我々とて税金を頂いている分の責務は果たしますので、では、さらばですっ!」
「待って! ねえジュリさん! あの人を止めてあげて!」
アリスは絞られるような声で、ジュリオに求める。
その兵士は、フルフェイスの鉄兜により内の表情は勇ましいのか恐れているのかは不明だが、鉄槍を正面に構え、中心で凄んでいる脱獄犯へ果敢に駆け出した。
国王への忠義がよほど深いのだろう。
だが、時間稼ぎでもこれ以上むざむざと命を散らさせる案なぞ、ジュリオには微塵も無い。
「あんの愚王のために駄犬みたく死ねれるなんて、泣かせてくれるじゃねーかよボケカス。なら、ヴォレが捕まる前にあのボケの家族も喚き散らせてやんねぇとなバーカ! 【スキル・ボンバーインパクト】!」
「まずい、こいつスキル持ちだったか……!」
ジュリオは、雄叫びに匹敵するスキル発動の宣言に、驚きたじろいでいた。
魔法が精神を消耗する奥義だとしたら、あの男が言うスキルとは体力を引き換えに発動させる奥義。
一度発動すれば、体の構造上不可能な動きだろうがマリオネットの如く自動的に実行できる。
だが、常人が身体に負荷のかかる動きをとってしまえば、それ相当の代償が災いのように降りかかる諸刃の剣であるので、冒険者の間では魔法よりは主流では無いのだ。
「くっ……わたくしは、無駄死にとして終わるのか……!」
津波のような炎の障壁が、とてつもない地鳴りや衝撃と共に彼へ迫り来る。
「全く、世話の焼ける【魔法・氷雨々】」
殉職を覚悟した兵士の前に、五重に連なる氷の壁を焦土に突き刺した。
その兵士はゆっくりと目を開ける。
「私は、翼が生えたと思いましたが……」
「良かった~。ジュリさんがいなければ目も当てられ無かったんよ」
「生きてるなら立て、そして成すべき使命を全うしろ、まだ逃げきれてない民間人はいるだろ」
「お手数をおかけしました……。後は……頼みます」
今にも果てようとしていた兵士は、無意味な判断と力不足を実感しながら後始末をジュリオに託し、自分に適した事を成すために、入れ歯をくわえようとしている老人を背負い、安全な場所まで歩き出した。
「――あいつのスキルの効果、名前の通り俺の氷は一個しか破壊出来てないな。俺もスキルは色々修得してるが、敵にヒントを教えるみたいで好きになれん」
黒煙を吸い込みながらも咳き込まず淡々と分析するジュリオ。
事実、言語を理解する知能の無い魔物にこそスキルが有効だが、現在のような対人戦では手品を行う前に種明かしをするようなもの、頭のキレる者ならば即座に対応可能である。
この男の使用したスキルは威力こそあれどたった一撃だけ、よって氷は一つ破壊するのみで終わったのだ。
「ガーッハッハ! 実力主義な冒険者のゴミ共にもとんでもねぇ奴がいるじゃねーかボケ!」
「自惚れるな。そもそも俺は冒険者じゃないからあんたが大したこと無いだけだぞ」
「よぉぉぉぉしムカついた! 手始めにテンメェからぶち殺す!」
蛮族同然の男は、唾を飛ばしてジュリオに対してのみ破壊目標を定める。
ジュリオは、この時より既に氷の壁を上空へと浮かばせており、四方から相手へ降り下ろす攻撃へと転用していた。
「はい、これで終了」
「アァ!? こんな小手先効くわけねぇだろうがボケ! ヴォォォレのスキルは死ぬほどあんだぜゴラ! スキル……っげえ!」
男は猛々しく防ぎ止めようとしたが、それより先に氷の速度が急速となっており、握り拳に命中してスキルの発動が阻害される。
「ベラベラ喋り過ぎだ。【魔法・風旋】」
「あんだとこのバカ! ってヤッベエエエエエ!」
ジュリオの掌から風の刃が吹き荒れ、灰を撒き散らしつつ男を放り投げる。
「いけたのジュリさん!?」
「いいや、この風魔法じゃ殺せる攻撃力には届いてない。まあ法に処されなきゃならないから勝手に殺したらまずいんだけどさ」
「わぁ~、ちゃんと試行錯誤しながら魔法使ってたんだね~。執事さんの鑑~」
アリスのふわっとした感想を素直に受けとり、相手が突っ伏している間に無力化させるために走る。
しかし、その男は突っ伏しているのではなく、ただ伏せていながら自己嫌悪に陥っていただけであった。
「クッソ! 折角ヴォレは『爆弾使い』の激レアジョブになったっつゥのに、何でちっともさっとも勝てねぇんだよボケアホ!」
「ただでさえ冷静になれてない奴が覚えたての技を使いこなせる訳無いだろ。さて、犯罪者気取って楽しかったか?」
ジュリオは抑揚の薄い声色で男の所業に対して厳しく叱る。
「冷静だと、ゴミ! んなメガネかけた喧嘩しねぇザコみてぇなマネしてどうしろってんだカス!」
「ほら、それだろ。もっと気を鎮めて物事考えれば勝利の法則が見えてくるものだぞ。ここにいるアリスだって、ご覧のように冷静そのものだからあんたに全く怯えてないだろ」
「わ、私? 私はどちらかというとビックリしすぎて声が出ないだけなんよ……えへへ……」
話を振られて困惑しながらも、ジュリオに褒められたので照れながら答えていた。
「冷静った……? 冷静、う、うわあああ!!」
「おお、水面みたいに冷静になれたじゃないか、それでこそ男だ。それじゃ、冷静のまま苦しもうか」
男はひょっとした表情がぞっとした顔色になって、へっぴり腰になって震えだした。
彼は暴れ回りすぎて高揚した気分が下がりつつあったが、更にジュリオの全身からクモの糸のように電流が迸っていたのだ。
「い……嫌だバカ、捕まってたまるかボケェェェ!!」
あの魔法は何ボルトあるかは不明、それでもまともに喰らってしまえば一たまりもないと冷静になった頭脳で把握してしまい、男は背中を曝して一目散に逃走を始めたのだ。
「あっと、自棄になって襲うと思ったが尻尾巻いて逃げるとはな」
「ちょっジュリさん! 感心してないで追いかけないと」
「いや、そうとも言えなくなったみたいだ、あの子を見てみろ」
男を一歩も追わずに細めた目で眺めていたが、その理由は、生きながら瓦礫に足を封じられていたであろう女の子へ、男は尖った瓦礫をナイフ代わりに首もとへと突き付けていたからだ。
男の逆上を誘い、接近戦に持ち込まなければならなかった理由も兼ねていた。
「離すのじゃ無礼者め! 離さぬか!」
煤で黒ずんだ金髪縦ロールヘアーの女の子は、尊大な口調で男を罵りなから力なく抵抗している。
その様子を意に介さず、男は王都に響く声量で子悪党お得意の台詞を吐いた。
「お、お、おいてめぇら! この女の命が惜しければ動くなカス! 動いた瞬間どうなっても知らねぇぞボケ!」
その言葉に二人はほんの少し動揺したが、すぐに男のやった行動を呑み込む。
拙い手際ながらも、女の子を人質にしたのだ。
「あっそう。そんなお粗末な作戦で俺を脅すつもりか? 馬鹿馬鹿しい」
ジュリオはうんざりしながら呟いた。
この距離なら魔法は届く、そうすると人質の女の子も否応なしに傷ついてしまうが、回復魔法で治療を施せば済むこと。
見物者のいない今の内に実行し、治した後はほとぼりが醒めるまでしらばっくれれば問題無いと、ジュリオは割りきり、手段を選ばない戦法を思案していたのだ。
しかし、アリスの隣に先程の兵士の姿があり、その者は人質の女の子の驚愕な真実を告げる。
「ひ……姫様、姫様!! あれだけお忍びで出掛けるなと陛下に注言されながらどうしてでございますか!」
「姫だと!?」
あれほど冷静を論じたジュリオでさて、女の子の正体には驚きの色を隠せなかった。




