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02 柵からの解放

 ロミエットとは堅い絆で結ばれた幼馴染であり親しき友であり良き恋人であった。


 ジュリオが他者のサポートでしか能が無く、日の目を見ることは夢のまた夢である『執事』のジョブを授けられても、彼女は軽蔑せずに付き合ってくれたのだ。


 だがある日、ロミエットが誉れ高き『勇者』のジョブを授けられた時から全ては変わってしまった。


 勇者とは世界を救う運命に選ばれた者、一昔前の時代にこの大陸に君臨していた魔王も恐れるジョブであり、事実、勇者と相打ちの形で滅ぼしたのだ。


 ロミエットが勇者になってからはジュリオを召使い同然に扱い、その上敬語以外での会話すら許されず、仲睦まじき関係は影も形も無くなってしまったのだ。


 大金を手にしても貯蓄や寄付に使用すると美論を語る者ほど、いざ実際に手にすれば湯水の如く自分の快感のために使用する。

 彼女もそのパターンと同じであった。


「まあいいや、後のことなんて追々考えよう。どっか辺境の村になら仕事も転がっているだろうし」


 あれからジュリオは新たな仕事を探していた。

 冒険者を辞めてからは活動拠点であった王都を離れ、現在は草木の生い茂る山道を彷徨い歩いている。


 何故ならば地図も持たずに飛び出して行ったために、遭難状態であったからだ。

 そんな時は今来た道を早々に引き返すに限る、そう考え始めた時。


「ヤバいんよヤバいんよ~!」


 奥から一人の女の子の悲鳴がジュリオの耳に入った。


「およ、こんな土地にどうして子供がいるんだ?」


 その疑問に首を傾げる間でもなく、向こうの方から走り寄ってきた。


「あっ、おにーさん! おねーさん? とにかく遠くへ逃げなきゃダメだよ~!」


「うーん、とは言ってもさ、生憎ここらの地理に詳しくないからぐるぐる同じ所を逃げるだけになりそうなんだが……」


 女の子は長い金髪に間延びした口調とどこかお嬢様のような風貌であったが、それでも彼女からは命を左右するような危機感をひしひしと感じられた。


「そこにいました! お頭!」


 その女の子の背後から、不精ひげを生やした男達が迫ってくる。

 翡翠の宝石が輝く首飾りをそれぞれ装着している所を鑑みるに、おおかた彼らは何かの連合だろう。


「やっと追い付いたぜ、ってなんだオメェ。まさかこいつの親か?」


「いや違うぞ。てか俺まだ二十(ハタチ)だがそんなに老けて見えるのか? どこかの水場で確認しとけば良かったな」


 ジュリオは淡々と独り言を語るが、リーダーと呼ばれた男はガン垂れながら吐き捨てる。


「ほーん、そんじゃその女を渡しな。こいつはオレらの隠れ家の付近を嗅ぎ回ってたんでね。オメェさんにしても無関係なんだしよぉ」


「ひぃ……。この人怖いんよ……」


 女の子が怯えた末に一筋の涙を流し、男は懐から一枚の紙幣を見せびらかす。

 その女の子を渡せば金と交換するとの無言の交渉条件であった。


 しかしジュリオは、突然指をパチンと鳴らした後、平静を保ちつつ答える。


「だがこの子をみすみす渡してしまうってのもメリットが無いからな、どうしようかな」


「あんだと、オメェせっかくオレらが譲歩してるってんのに要求が呑めねぇのか? 剣どころか棒きれさえ持ってねえくせに立場分かってますかタコスケ」


「あっそう、そういえば何をくれるんだっけか? さっさと言えよ」


「だからこの金……あり? オレのカネどこに消えた!?」


 男が手に持っていたはずの紙幣がどこにも無い、代わりに握ってあったのは真っ黒な灰のみであった。

 手品を見た猫のように呆気に取られている光景を意に介さず、ジュリオは得意気に語る。


「交渉決裂。まあここなら誰も見てないし手荒に行かせてもらうよ」


「ね、ねえお姉さん。私はどうすればいいの……」


「あっとそうだな。グロいの見たくなかったら目を塞いでるだけでいいぞ。【魔法・火葬(ファイアレクイエム)】!」


 ジュリオが妙な単語を口走ると、後方で控えていまリーダーの仲間が、たちまち紙幣だったものと同様の灰と化していた。

 しかも何の音をも立てずに、灰の臭いすら漂わせずにだ。


「へ……? 野郎共どうした!? ええっ!?」


「目立たず地味に魔法を行使するのは得意だからな。どんな訳があってもこんな小さい女の子泣かしていい理由は無いぞ、賊が」


 ジュリオは見抜いていた。

 彼らが近辺を騒がす『翡翠の盗賊団』であったと、首飾りから判断したのである。


「あ……あわ……あひぃぃぃぃ!」


「逃げるのかよ。最後まで責務を全うしないで何が盗賊だ、捕らえる価値も無い」


 残されたリーダーは、圧倒的な力の差を見せつけられたせいで、すたこらさっさと尻を捲って逃げてゆく。

 恐怖に立ちすくんでいた女の子はジュリオに問う。


「――なんで、何で私を助けたの……? だってお姉さんとは初対面だし、私だってあの盗賊達とグルかもしれないのに……」


「気にするな、ただあいつらの金で釣ろうとする態度が気に食わなかっただけだ。別にお嬢さんから何が頂こうって魂胆では無いからな」


 淡白であるが、ジュリオの言葉には嘘偽りがまるで感じられなかった。

 もう自分には、意思を縛り付ける者や強行手段を咎める主はいないのだから。


「あ……」


「どうしたんだ、まだ誰か追っ手がいたのか?」


 女の子のかすれるような一声に、万が一を考えて抜かりなく周辺を三度見回す。


 だが気づいた時には、ふわふわしたものに抱きつかれた感覚が下半部を包んでいた。


「ありがと~! 今のお姉さんの魔法、と~っても容赦無くて素敵だったんよ~!」


「お、おいやめないか。あんまり触るんじゃない」


「えへへ~。ハグは女の子の感謝の気持ちなんよ~。お姉さん知らなかったの?」


 マイペースな女の子のスキンシップにより、ジュリオはたじたじになりながらも顔が柔らかくなる。


「あっ、ごめんなさい。私みたいに大きいおっぱいを押し付けられるのは嫌だもんね……」


 何か思うところがあったのか、女の子はしゅんとなって腕を離してしまう。

 先程までのテンションが一気に転落したようであった。


 だが、そんな女の子を慰めるべく、ジュリオは一つの本心を投げ掛けた。


「いや、別に俺は悪くないと思うぞ。むしろ性的な意味で好きというかつまり――」


「す、好き!? だってだって、私こんなおっぱいのせいでずっとモテてなかったのに、ふえええ~~!?」


 女の子は頬を真っ赤に染めながら、恥ずかしさわ霧散させるためにその場を走りまわっていた。


「わ、悪い……。ああ何してんだ俺の変態! ドスケベ!」


 ジュリオはあまりの軽率な言動に対してあらゆるワードで自責していた。


 ジュリオはこう見えて胸の好みが異質である。この大陸では胸が小さければ小さい程魅力的である女性観なのだが、ジュリオはこの女の子のようにはち切れんばかりのサイズがとにかく好みであった。


 その為、幼馴染が眠りについた隙を見計らい、仮面を外して別人に成り済まして夜の王都内で気に入った女の子を誘惑していた過去がある。

 観賞するだけで手を出してはいないが。


 そして、女の子は上目遣いで呟く。


「お姉さん、私の純情ハートを撃ち抜いた責任、取ってよね……?」


「……へ?」


 意外な反応に思考が追い付かず、ジュリオは石像のように硬直していた。

次回は明日になります。

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