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17 まるで平和な時間・その頃のロミエット3

 盗賊団の頭目だけは、抵抗出来ないよう立ち上がれる力を削いでから拘束して連れ帰り、オノミコト村の長へと頼み込んで警備の行き届いている座敷牢へと監禁させた。


 ティティ兄弟については即刻医師の元に導き、薬浸けにされた影響は今後も出ないのかを長時間かけて診療してもらったが、幸運にも病傘姫(ヤンデレラ)の大変優れた製造技術が、今後も影響が現れない程に薬品が身体の血液から完全消滅していた。

 この村で一週間リハビリを受ければ無問題だと、兄弟の健康状態に医師は驚きながら結果を述べている。


 ここまでリスクや中毒性が無い薬にしたのは、「今後も兄弟の戦闘力を末永く利用するためだったから許してくれ」と往生際悪く自白したが、彼はこの騒動で唯一社会的に手遅れの者であると語るまでも無かった。


 なお、アジトの事後処理や頭目の護送については、明日朝一番に王都の兵士が派遣されるのだと、村長は粋な計らいで微力ながら恩を返していた。


 そして、吉報を届けられた村人は我先にと集結し、盛大な拍手喝采でジュリオとアリスを出迎える。


「やったあやったあ! こんなにちやほやされた体験って産まれた時以来なんよ~」


 アリスは功績としては目立たない方であるが、ジュリオの傍で戦い抜いた者として、相応以上の黄色い歓声で讃えられていた。


 それに何より、瞬く間に村で起こっていた問題を、漫画のヒーローのように率先して奔走し、わずか一夜にして片付けたジュリオに対しての感無量な讚美は、年に一度のお祭り騒ぎのようである。


「ジュリオ様万歳! お前さんはモノホンの救世主だ!」


「こんな男性と女性が内在してるみたいな方なのに、どういうわけか妖しい色気があるぜ」


「ブラボーブラボー! キャー! カッコイーワー!」


「これは儂の蓄えですじゃ! いいえ、逆に蓄えを恵んで欲しいですじゃ!」


 とてつもない歓喜のあまり一部の者は意味不明な言動を口走っていたが、ここまで来ると細かい対応など浮かばなくなるので、ジュリオはむしろ気が楽になっていた。


「ああくそっ……。休憩せず戦ったフラフラだからさっさと寝たいってのに、こいつら俺を過労死させる気かい」


「なあに、我々なんぞに謙遜しないで祝賀を楽しんで下さい」


「それもそうだな、自分の都合で人様の厚意を受け取らないなんて一生の恥だからな」


 ジュリオはそう論を語り、村人達の胴上げを逆流するまで堪能させられた。


「これは……うっぷ……」


「おおおい皆の衆! ジュリオさんが苦しんでおられるぞ!」


 そのため、流石の村人達とあれども謙遜でないと解り、必死の形相でジュリオを介抱させながら宿屋のベットへと救急搬送した。


 遠巻きに眺めていたアリスは、青リンゴをいっぱいに頬張る口を止める。


「あれ~? ジュリさんもうおねむの時間になっちゃったの? じゃあジュリさんの分までワッショイされなきゃ~!」


 勢い勇んで集団へ駆け出したアリスは、ジュリオの時よりも高く胴を打ち上げられ、僅かの間で真っ青になりながら吐き気を催してしまったため、同様に宿屋へと運ばれていった。



☆☆☆



 どんちゃん騒ぎの音色を聴きながら、宿屋の同じ一室で横になっている二人は顔を見合わせる。


「外よりは静かだな。やっぱり静まっている方が落ち着けていいな」


「私も~。だから今日は幸せな夢をみれそうなんよ~」


 アリスは目まぐるしく変わる状況からようやく安定した空間に着けられ、のほほんとした表情になっていた。


 ジュリオはふかふかなベットの感触で安息の時を味わう。

 幼馴染との冒険者生活では決して得られなかった満足感が、疲労困憊の身体をマッサージのように楽にしてゆく。


「でもジュリさんって何者なの? どちらか(兄弟か村人)の選択肢をまるっと両方選べちゃうなんてタダ者じゃないよ~」


「俺もつくづくそう思う。まあただの強欲な人間だと思ってくれりゃいい。それかお節介焼きの執事かあるいは……」


「へ~。だけど多くの人を助けられる欲張りさんなんて、きっと前世は歴史に残ってる人なんよ~」


「おいおい、お世辞はお子様が言うものじゃないぞ。まあ有り難く受け取っとく」


 ジュリオは、こんな他愛のない話でありながら表情が柔らかくなっていた。

 やはり、ロミエットとまともな会話さえも許されない今までの隷属した状態から解放されたおかげである。


 しばらくして、アリスはピカンと閃いた。


「そうだ~! 今日は二人で抱き枕になって寝ようよ~! すっごくぐっすり出来そうなんよ~」


「へえ、それは面白そうだ。じゃ、そっちに行くからじっとしてろよ」


「ふえ? あわわ、ジュリさん遠慮しなさすぎるんよ~!?」


 ジュリオは大人の貫禄を見せつけるように堂々とやって来たため、アリスは喜びと恥じらいに胸躍らせながらジュリオへそっぽを向いて迎える。


 そしてジュリオは、小さな背中をそっと抱きしめた。


「ほほう、なかなか高級な抱き枕だなこれは。ってアリス、まさかもう寝たのか」


「ぷしゅぅぅぅ……ぷしゅぅぅぅ……」


「よくこれで寝息立てられるな。おやすみ」


 ジュリオは、もちもちした極上の感触を堪能しながら、まもなくしてまどろみへと吸い込まれていった。


 その過程で思考していたものは、性根の変わり果てたロミエットとの記憶。

 今や眠ってしまえば再び夢に出てきてしまう程恐ろしい事実であり、追放の刻印と同じく一生治らない心の傷であるが、それをアリスという小動物的存在がメンタルケアになって軽減してくれる。


 おかげで、ロミエットが影も形も出現しない心地のよい夢の世界を存分に快活に過ごせたのだ。



▽▽▽



 結論から言えばミニドラゴン討伐のクエストは成功。


 しかしその実態は、仲間が殿(しんがり)となってやむを得ず退却した事態であったが、あろうことかランガスが単独でミニドラゴンの首級を持ち帰ったのだ。


 つまり、彼には誇れる成果だが、一方で無様を晒しておめおめ逃げ帰っただけな勇者への称賛は向けられるはずが無く、ジュリオとの冒険者時代で高まりつつある権威がここにきて立ち止まってしまったのだ。


「どうしてよ……どうしていつもやってるはずの事がダメになってるのよ……」


 ロミエットは惨めな勝利にふてくされていた。

 この世の神のように崇められるべき勇者であるのに、遠巻きから刺さる哀れみの目線がかなり堪えたのだ。


「フライダ、それに勇者殿、此度の戦果はお主らのお陰だ」


 討伐証明部位であるミニドラゴンの頭を引き換えたランガスが、ロミエットの元へ戻る。


「そうっすね……。ま、まあ命があっただけ良かったっす。それに報酬だって貰えましたし、初にしては上出来っすよ」


 フライダは、悲観しているロミエットの心中を読んで、慰めるような声色で話す。


 しかしロミエットは拳を握りながらフラストレーションを爆発させる。


「あんた達! どうして無神経にヘラヘラしてられるのよ! 今回の無様な戦いはあんた達の責任よ! 冒険者ギルドの主役はこのアタシなのに、なぁんでアタシ未満の立ち位置で出しゃばってたの! 本当信じられない! もうあんた達の報酬はナシよ!」


「む……」


「ええっ!? いくら何でも酷いっすよ!」


「ッ! ごめん、嘘に決まってるわ。ちょっと言い過ぎただけよ……」


 ロミエットはしゅんとなり、己の不手際を棚にあげた罵倒や、分け前に関しての処罰を取り消す発言で事を収束させようとした。


 だが、無報酬の宣言を聴いた二人の、根から失望するように落胆した顔と、言い争いに発展しないように丸くまとめた抗議の返答が脳裏に刻まれる。


 現に今も、横暴な言動を気に留めているようで、二人とも困り顔で固定されている


「ジロジロ見られるからいい加減その目を止めなさいよ……だからアタシが悪かったって言ってるでしょ! それでも冒険者なの!?」


 ロミエットは、謝罪の意を受け取っていながら全く変化しない眼差しに対し、再度衝動的な怒りを露にさせる。


「…………」


 今度は一言も言い返さない。

 だがそれは自戒による沈黙ではなく解決の放棄、気の済むまで自由に罵って構わないとの男特有のメッセージであった。


 しかし、次に彼女の脳裏を遮ったのは、別れ際のジュリオが突き放した言葉であった。


「発言や行動には責任を持て」


 その蔑む視線で向けられた言葉が、頭の中で幾重にも反射し、頭痛や目眩に冒されそうな声量へと移り変わってゆく。


 自分はジュリオとはもう無縁のはずなのに、何故あの仮面に隠された忌々しい顔が浮かびあがる。


 開き直ってジュリオを忘れるために挑んだクエストは、かえって精神を根深く蝕まれる結果となった。

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