01 追放除名処分
明るく軽い雰囲気で行きたいと思います。
「あんたねぇ、また魔物を仕留め損なうとか、ほんっとどうかしてるわよ! 聞いてるの! ジュリオ!」
広々とした冒険者ギルドの隅まで響く声量で、一人の女性が怒鳴っていた。
その怒声の対象は、彼女の目の前で土下座しているジュリオという者へ向かっていた。
「はい……。私めがミニドラゴンを取り逃がし、ロミエット様のお手を煩わせてしまった失態は重々承知しております……」
己の非を認め、なおも地にめり込む力強さで頭を下げ続けるが、彼女はジュリオの頬を平手打ちしながら言葉を紡ぐ。
「どうっせ反省してないんでしょ! あんたはいっつもいっつもロクに魔物も倒せないでアタシが倒してばかり、どんだけ無能なのよ!」
「も、申し訳ございません……。つきましては次回こそは反省点を活かして……」
「言い訳するな! あんたは黙ってアタシの命令だけ聞いてればいいのよ! それが『執事』としての役割でしょ!」
「うぐっ……!」
追い討ちとばかりにジュリオの脳天にカカト落としを喰らわせる。
これには、周囲にいた同業の冒険者達も一連の流れに反応して遠巻きに眺め始めた。
『執事』というのは15の時にジュリオが神の啓示により授かった職業、その身を賭して主を助ける補助系スキルを中心に修得するジョブである。
屋敷に仕える正式な執事とは別物であり、あくまでも冒険者のジョブとしての執事だ。
しかし、ジュリオはサポートどころか彼女の足を引っ張ってばかりであった。
此度のクエストは小竜の討伐、開幕こそロミエットとの連携で優勢であったが、その途中に彼女が敵の爪での攻撃に注意した所、何とジュリオは回避せずに正面から喰らってしまったのだ。
それも今回だけではない、前回も前々回も彼女の注意に背くかのようにミスを繰り返し、そんなヘマを拭うかのようにロミエットが代わってトドメを刺しているのだ。
そしてその度に「ロミエット様の忠告通りでございました」と謝罪の意を示すのがある種の様式美となっていた。
「もういいわ、あんたには愛想がついたわ。だからあんたは追放、私に着いてこれない人間なんていらない」
「なん……ですって!?」
ジュリオは虚を突かれたかのように頭を上げる。もっとも顔は道化師のような仮面で隠しているのでどのような表情かは不明だが、少なくとも負の方向であるだろう。
「認めたくないならもう一回言うわ。あんたは今日限りでクビよ。というか冒険者なんて辞めれば?」
「承知致しました」
「キャハハ! そうよねぇ、あんたが冒険者辞める訳――えっ?」
ロミエットは予想だにしていない返答にキョトンとしていた。
どうせ『勇者』である自分に恋心を抱いているであろう為に、離れたくないと喚き散らすだろうと予想していたからだ。
だが、一つ返事でいつも承諾する時のような声色で言ったのだ。
「ちょ、ちょっと冗談よ……私が冗談好きだってこと分かってるでしょ? こんなの真に受けるだなんてあんたもバカね……。マジでストップストップ!」
彼女は慌てて受付へ向かったジュリオを制止しようとするが、時既に遅し。
「おや、取り消すのでございますか? ですがご覧の通り、追放除名処分の焼印が刻みこんでおりまして、双方の合意の上でしたのでつい先走ってしまいました。フフッ」
ジュリオは純白の右手ぶくろを取ると、その手の甲には『追』の一文字が痛々しく描かかれていた。
冒険者を辞める、それは二度と冒険者になれないと意味する。
この一生消えぬ焼印はその証拠となってしまうのである。
だがジュリオは、そんな処遇と口振りに反して、心なしか気分が高揚しているようであった。
「ねえ、嘘よね? だってあんた私の従者でしょ。勝手に辞めるなんて刑罰モノだから……」
「辞めたらと申したのはロミエット様では無いですか? なのでもう私は従者ではな……従者じゃないからもう良いか、まあ、邪魔者を追い出せて良かったじゃないか。なあ、ロミエット」
ジュリオの口調が一変し、かつて普通の幼馴染であった幼少期の頃へと戻っていた。
そんな豹変ぶりに、ロミエットは高圧的な顔色が一気に青ざめてゆく。
「なんなの……。私達、一緒に冒険者頑張ってきたじゃない……何で今更そんな事言うのよ……」
「いいや、俺自身から抜ければ従者として命令違反になると思ってな、お前が直々に追放命令を下すまでずっと耐えていただけだぞ。これで打算通り俺は晴れて自由の身ってわけだ、ありがとさん」
ジュリオは決別しながら食事時でも脱がなかった仮面をスラリと外す。
露になった顔は、粗暴な口調からは想像出来ない程は正反対の、目鼻立ちが整った男性と見間違えるような麗しき女性であった。
ロミエットは不覚にも同性ながらドキッとしてしまったが、ジュリオが拘束から解かれたように口角をつり上げたのが引き金となり、すぐに説得するため恥を捨てて立ちふさがろうとする。
「お、お願いジュリオ、さっきのは謝るから。頭下げろって言うなら下げる、犬の真似をしろっていうなら迷わずやるから、もう一回昔馴染みの頃からやり直してよ……」
一転、ペコペコ頭を下げるロミエットに少しだけ興味を抱き、ジュリオは暫し考えた後、言葉を投げ掛けた。
「まあ同じクエストを乗り越えたよしみとして最後に一つ言っておく、発言や行動には責任を持て。お前の軽はずみな行動でも傷つく奴はごまんといるからな。さっきのは冗談でした~って言えば死んだ人間が生き返ると思うか? ま、お前は黄金色の将来が約束された『勇者』だからそんな些細な心配はいらないか。じゃあな」
「待ってよ……。待ってってばジュリオ……」
後悔先に立たず。軽い足取りでギルドから去って行くジュリオの背中を見ながら、ロミエットは絶望感に駆られてがっくりと肩を落としてしまう。
まるで、二人の今後の歩む道を象徴するかのようであった。
この日を境に、ジュリオは忍耐をやめた。