2. 紅茶
「それで、どこから説明してくれるんだ?」
ルヴィリアは、買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら切り出す。一方のイテナは、ルヴィリアが順調にしまっているのを確認しつつ、紅茶を淹れていた。
「まぁ待て、紅茶を飲みながらにしようじゃないか。時間はたっぷりある」
ルヴィリアが「わかったよ」と不満げに答えるのを見て、イテナはフッと笑った。
ルヴィリアが食材をしまい終えて、ダイニングに向かうとイテナが既に紅茶とケーキが用意して座っていた。紅茶の香りがダイニングを満たしている。
「遅かったな」
「イテナがさせたんだろ」
「じゃんけんで負けた貴様が悪い」
「はっ、やる気になれば何度でもやり直せるんだろ?大人げない」
ルヴィリアは、イテナが時間を操れる魔術師であることを思い出しながら時計を見る。現在時刻は午後4時17分。ティータイムにはちょうど良い時間だ。
「この程度のことで魔術は使わんさ。魔術には代償が伴う。そう安くはない」
「ふーん、イテナの代償って?」
ケーキの先端をフォークで削り取りながら聞く。イテナは紅茶を一口飲んでから返した。
「さて、なんだろうな」
イテナはルヴィリアを嘲るように微笑む。ルヴィリアはイテナのいつもの癖だと思いながらも、不服そうにフォークを咥えながら言葉を返す。
「そんな答えで納得できるか」
「それよりほかに聞くべきことがあるだろう」
イテナの指摘に、ルヴィリアは我に返って話を切り出す。
「そうだ、まずは俺の魔術ってなんだ? 即時回復……ってわけじゃないよな」
「ふむ、まず回復力についてだが、それは手順を踏まないと殺せないという呪いだ」
「呪い?」
ルヴィリアは、持ち上げかけたカップを置いて、イテナを見つめた。
「私が呪いと呼んでいるだけで、あくまでただのルールだ」
「じゃあどうやったら死ぬんだ?聞いておかないと自分の弱点もわからないだろ」
「ふむ、しかしな……よくわからないんだ」
「は?」
「それは貴様の血筋に代々伝わる、遺伝性の呪いだ。ところが貴様は少々やっかいでな」
「代々ってことは母さんも?」
「ああ」
イテナは、ケーキを口に運ぶ手を直前で止めて答え、口に入れる。
「じゃあ母さんは10年前の戦争で死んでないんだな?」
「ルールだと言っただろう、手順さえ踏めば死ぬと。それに私はその問いに答えたことがあるだろう?『貴様の母はもう帰ってこない』とな」
「そうか……」
「たとえ死んでなくとも もうじき寿命だ。貴様の家系は短命なんだ。魔術師は2度死ぬ。1度目は魔術師としての死。血管に沿って体中に張り巡らされた魔力管の寿命だ。大体40~50歳くらいで迎える」
「じゃあイテナもそろそろか?」
ルヴィリアがそういたずらをした子供のように笑って聞くと、イテナは少しだけ口角を上げ、無言のままルヴィリアを見つめた。その冷たい視線にルヴィリアは耐えられなくなり、咄嗟に紅茶を口にした。
イテナの外見は20代後半といった程度である。しかし、ルヴィリアのイテナに関する一番古い記憶でも同じ姿なのである。ルヴィリアはその変わらぬ姿に不気味さを覚え、過去に何度か年齢に関する疑問をイテナへ投げかけているが、いつもはぐらかされている。
「2度目は肉体の死。ここは人間と同様だから説明不要だな。貴様の家系は魔術師としての死と同時に肉体も限界を迎える。恐らく肉体より先に魔術管が尽きてはいけないというルールだ。他の魔術師はこの順番が逆転してもいいんだがな」
「なるほどな。で、俺の魔術は何?」
ルヴィリアはケーキのイチゴを齧りながら、イテナを鋭く見つめる。イテナがそれに動じる様子はない。
「魔術は遺伝するもの。母の魔術が主魔術、父の魔術が副魔術となる。主、副というのはあくまで次に遺伝するときにどちらが優先されるかという話だ。故に基本的に主魔術を極める。魔術師の短い一生は次に繋げるためのものだからな」
「それで?」
「貴様の母の魔術は創造。万物、いや物でなくとも創造できる」
「随分な魔術だな、もはや─」
「『もはや神の領域』か?普通の魔術師は神など信じないからな。そういう言葉が貴様から聞けて嬉しいよ。とはいえ、それだけの力は大きな代償を伴う。まともに使えない。故に、基本的には先代が作ったものの保守のために生きていると言っても過言ではない」
ルヴィリアは食べ終えたケーキの皿にフォークを置き、カップに手を掛ける。
「何を守っているんだ?」
「そりゃ、魔術師に敷かれたルール、魔術師の世界そのものだ」
「まるで王じゃないか」
「王だからな」
ルヴィリアは、その言葉に耳を疑い、動きを止める。持ち上げていたカップも中途半端な位置で止まっている。
「……今は魔術師協会の会長だから、王と呼ぶのは相応しくなかったか」
「じゃ、俺は王子様ってわけか」
「ところがどっこい」
「ところがどっこい!?」
普段のイテナ─不敵な笑み以外ほぼ無表情のような感情表現に乏しい人─から発せられたとは思えない言葉に、ルヴィリアはうっかり反応してしまった。イテナはわざと発したと言わんばかりの笑みを浮かべている。
「事情が複雑でな、そうでなければこうして魔術師協会から離して、わざわざ私が育てるわけがないだろう」
「じゃあ、ショッピングセンターでの魔術師協会に捕まるっていうのはそういう……」
「ああ、まず貴様の母は貴様の存在を隠している。協会も子供がいるとは思っていない」
「なら逃げなくても─」
「魔術は遺伝性だと言っただろう。のんきに事情説明などしては気が付くはずだ。私と貴様の母の努力が水の泡になってしまう」
ルヴィリアは、確かにとカップに残った僅かな紅茶を飲み干した。
「もしかして副魔術に問題があるのか?または父親が母親と釣り合わないとかそういう理由で─」
「さあな」
「さあなって……」
「そうだ、くれぐれも魔術学校に行っても、その魔術と立場を明らかにするなよ。伝手を頼って学校内での名前も変えておく、協力者もいる」
「魔術学校……」
「心配するな、魔術学校は魔術師協会の管轄ではない。あらゆる魔術勢力に中立な魔法学会というところが管理している」
イテナも紅茶を飲み干し、カップと皿を片し始めた。ルヴィリアもそれに続いて立ち上がる。
「いいか、くれぐれもうっかり本名を名乗るなよ」
「問題ないさ、今までほとんど名乗ったことが無いんだからな」
「それもそうか」
ルヴィリアは自分が学校ではなく、家でイテナから様々なことを教えられていた理由をようやく理解し、ただ閉じ込められていたのではないという事実に安堵した。