9. 荷解き
自己紹介の後、琴が「皆さんはまず、この学校に1日も早く慣れてください。本格的に活動をしてもらうのはその後です。必要な時はこちらから声を掛けますので」とだけ伝えて、1年生は解散になった。
早めに始まったことと、自己紹介のみで終了したことで、外はまだ日が高いままである。建物から出て、ルヴィリアがこの後の予定について考え始めたところで、ケイが「そういえば寮で荷解きをしないとな」と言った。これにより、全員まずは寮へ向かうことに決めた。
移動中は相変わらず、天音がマリの言葉の端々に突っかかって言い争いのようになっていた。それでも会話を止めることがない2人を見て、ルヴィリアとケイは「仲が良いんだか悪いんだか……」「相性は最悪としか言えないけどね」「喧嘩するほどなんとやらってヤツじゃないか?」と呟いていた。
男子寮と女子寮の間には噴水があり、そこで4人は別れることにした。別れる直前、天音がそうだ、と連絡先の交換を提案した。天音、ケイ、マリは交換したのだが、ルヴィリアだけが携帯電話もスマートフォンも持っておらず、「ルヴィリアが通信機器を持つまで、必要なときはケイが部屋まで伝えに行く」という結論に達した。
寮は明らかに男子寮の方が一回り小さい。
「ケイ、なんでこっちの方が小さいんだ?」
「あー、それは絶対女子学生の方が多くなるからだよ。一部の例外を除いて、女性の主魔術が子供の主魔術になる。だから子供の代までしか魔術を伝えられない男性を、わざわざこういう学校に入れないんだよ。大抵は親が魔術を教えて、そのまま協会に所属させる。協会で軍に入るか研究をするかは魔術次第だな」
「そうなのか、ありがとう」
「だからこそ、ただの先祖返りで、ろくに魔術が使えないのに入学してるルヴィには驚くよ。まあ、知らないことを知りたいというその好奇心はわかるけどね」
軽い雑談をしながら、ルヴィリアは2階の一番端、201号室の前に到着した。ケイは1つ挟んで隣の203だということで、一足先に部屋に入っている。扉は学生証がカギ代わりになっており、かざすとピッという音と共に開錠された。
(これは学生証を失くしたら大変だ)
ルヴィリアは学生証をウエストポーチにしまって入室する。部屋はトイレ・シャワー付きの1K。学生1人1人に与えるにしては十分な広さである。靴を脱ぐかどうかを含めて、基本的にどう使ってもよいという説明がなされていた。過去には自分用の研究室に改造した学生もいたらしい─勿論卒業時に元に戻すように指示が出されている─。
ルヴィリアが靴を脱いで奥へと向かうと、部屋にはベッドと机、そして棚が備え付けられていることが分かった。ベッドと机の間には段ボールが置いてある。まずは一番上の箱を開封しよう、としゃがんで段ボールに手を掛けると、どこからかピッという音がした。ルヴィリアが、隣の入室音かなにかと思い、作業を続行しようとしたところで、聞き覚えのある声がした。
『やぁルヴィリア。元気にしているか?』
「イテナ!? どこから……っていうか、そういうのはせめて1日以上経ってから言え」
『貴様のことだ、死んではいないと思うが─』
「学校初日に死んでたまるか」
『疲れているだろう。慣れないことばかりだからな、ゆっくり休め。さて、本題に入る前に1つ伝えておく』
「……」
ルヴィリアは、一体どこから話しかけているのか、と部屋を見回している。
『これは録音した音声だ』
はぁ、とため息を吐き、ルヴィリアは荷解きを再開する。録音した音声ならば、いっそラジオのように聞き流してやろうと考えた為だ。
『机の上は既に確認したか?』
「机の上?」
録音の問い掛けに作業を中断され、少々不満そうに顔を右に向け、しゃがんだまま机の上を覗く。そこには明らかに、自分が用意した荷物には入れていなかった物が2つ置いてあった。ルヴィリアは立ち上がり、手に取って確認する。
「スマートフォンと人形?」
『知り合いに頼んで作ってもらった世界に1つのイテナちゃん人形だ。これで寂しくないな』
淡々とした口調で、語られるルヴィリアにとってどうでもいい情報に、ルヴィリアは人形をベッドの上に投げたくなったが、同時に音声の発生源がこの人形であることに気が付き、人形を元の位置に戻す。
「なんか愛らしく作ってあるからこそ、無性にイライラするんだけど……」
可愛らしくデフォルメされたその人形をちょいちょいと突きながら、握っているスマートフォンを見つめる。
『私の連絡先が登録してある。但し、本当に困ったとき以外掛けてくるな。私も忙しいんでな、貴様のホームシックや泣き言には付き合ってやれん』
「そんな電話頼まれても掛けないけどな」
『かなり機能が限られている代わりに、絶対に協会に電話の内容を聞かれないように細工してある。ま、当然協会に掛けたら聞かれるがな』
「そうだろうな……」
イテナのいつもよりマイペースな話の進行に半ば呆れつつも、ルヴィリアはつい反応して、言葉を返していた。
「もしかしてとっておきのプレゼントってこれか?」
外見は黒いボディの至って普通のスマートフォン。ルヴィリアが電源を入れて、操作してみても、特に変わったところはない。
「こういうのに詳しくないけど、全く特別感が無いな。本当にそんな細工が─」
『外見で怪しまれないよう、市販品と同じモデルにしてある。ちなみにとっておきのプレゼントは人形の方だ。かなり手間がかかったから捨てないようにな』
「そっちかよ」
ルヴィリアは、無駄に疲れたような気がして、机に両手をつけて、人形を見下ろしている。
『これで音声を終了する。最後に1つ……』
「なんだ、まだあるのか」
『これは録音ではなく、通話だったぞ』
「イテナお前‼なんのつもりだ!……って反応が無いな」
ルヴィリアは、イテナの最後の言葉を聞くと同時に、掴んで、人形に向かって叫んでいた。しかしそれ以上イテナの反応はなく、ルヴィリアは机に人形を戻した。その直後、スマートフォンに『もう2度と人形の通話機能は使えない。そもそも、電話をする道具はスマートフォンの方だぞ。覚えておけ』というメッセージがイテナから届いた。
「イテナこそ覚えとけ……」
ルヴィリアの学生生活はこうして幕を開けた。