三年生の秋
小学生だった頃、好きな人はいましたか?
夏休みがあけると、学芸会の話題があちらこちらから聞こえてくる。
今年はどんなお話を劇でやるのか、どんな曲を演奏するのか、何を踊るのか。
本当は踊るチームに行きたかったけど、じゃんけんで負けて劇チームになっちゃった。
やる気のない私はもちろん、セリフの少ない楽な役を選んだ。
すると
「はーい、それでは村人役が定員を大幅に超えてるからオーディションしまーす!!」
という悲しい先生の提案が、教室中に響き渡った。
毎年10月になると、音楽やダンス、劇などを盛大におこなうイベントがあった。
学年全体での合唱、演奏、ダンス、演劇。
音楽の部活動に入ると、これにプラスして3曲ほど演奏する。
玄関から体育館まで、全学年全生徒の工作や絵、習字などが飾られ、保護者にとってホームビデオや写真撮影が捗る日。
私はこの学芸会があまり好きじゃない。
なのに…………
“ねぇ君、こんな森の中に1人できたの??”
そんなつもりじゃなかったんだけど、狼に追いかけられてしまって、気づいたら森の奥深くにいたんだぁ。
“まぁ大変!狼に追いかけられたのね”
“ ”この部分をオーディション参加メンバーが読んで、受け答えを先生がする。
誰を合格させるかは、ダンスチームになったクラスメートによって多数決される。
はやく終わらせたいのに、こんなことになるなんて…
変な緊張と、こんなところで初めてオーディションというものを経験したからか、あまり記憶がない。
仕方ないから、落ちたら村の商人をやろう
次に向けて心を切り替えた
はずなのに
どういうわけか10人のうち2人しか選ばれないオーディションに、見事合格したのだった。
「はーい!そうしたら、役ごとに固まって座ってくださーい!」
4クラスから各2人ずつ選出された村人役たち。
さすがに三年生になると、大体クラスが違ってもわかる人が増えたおかげか、村人役のほとんどが知ってる人だった。
固まってワイワイ楽しんでいると、
視界の端に誰かが見えた。
…見たことない男の子。
ジーッとみてると、向こうも気づいて目が合う。
村人役??
……まぁね。
じゃあここ入りなよ!!
手招きして、私が無理矢理あけた隙間を指さした。
いや、いいよ。ここからでも聞こえる。
確かに、この中にはいるのは勇気がいるかもしれない。
彼以外、全員女の子だし。
そっか、わかんないことあったら聞いてね!
そういうと、男の子はフッと笑って
大丈夫、オレには同じクラスのこいつが居る。
そう言って指を刺された女の子が気づいて
「え、なんか言った???」
って私と男の子に尋ねた。
あ?うるせぇよ
そういうと、女の子は
うるせぇよってなんなのよ、ちょっとぉ!!!
と、男の子をパシパシ叩いた。
あの子、4組の子だ…てことはこの人も4組なのか…
ちょうどこの日、4組の子と遊ぶ約束があり、先にホームルームが終わった1組の私は4組の前で待っていた。
4組ってことは、あの人いるんだよね…
何気なく扉のガラス部分から中を覗いた。
うわ、ほんとに4組だ。しかもナナの隣の席…
そうしてると、4組はガタガタとダルそうに立ち上がり、「さよーなら」とお辞儀をして、扉が開いた。
「ナナー!!!」
廊下で手を振りながら呼びかけた。
「あ、ちぃちゃん!1組はやかったんだね!」
「今日は先生用事で、帰りの会がなくなったの!」
視界の端に、またあの男の子がうつった。
綺麗な青色のランドセル。
私達が教室を出る時、男の子も友達と喋りながら廊下に出た。
背丈は…私と同じくらいなのね。
玄関を出ると、彼は真っ直ぐの道に向かっていった。
すぐ右に曲がる私と、家は近くないみたい。
しばらくすると、本格的な学芸会の練習が始まった。
練習できるスペースが限られてる為、道具を作る時と、演劇の練習をする時が交互に来る。
男の子は相変わらずクールな表情で近くにいるだけで、こちらの輪には入らない。
そんな男の子が、とても気がかりだった。
女子の輪には、なかなか入れないよね…
なんか可哀想になってきた…
「ちぃ、そこのペン取って!!」
村人役の1人が遠くから言ったので、いーよー!と返事をし、ペンをその方向へ投げた。
すると、たまたま通りがかった体格のいい男子のボディに当たり、ペンはマヌケに半分ほど私のところに戻ってきてしまった。
そこにいたみんなが笑った。
「大着するからだよぉ」
と、依頼主がペンを取りに来た。
「ごめんね」
男子は「俺がミラクルボデーでよかったな」と言い残して去っていった。まだみんな笑っている。
元のポジションに戻ろうとした時、男の子をチラッと見た。
こんな表情もするんだなぁ。
男の子が笑っていた。
はじめて笑った顔を正面から見た気がする。
それから月日は経ち、無事に学芸会は終了。
日常を取り戻した。
6時間目までびっちり授業がある。
久しぶりだしさすがに辛い…。
そして、なんだろう。
少しお腹が痛い。
先生にお腹が痛いのでトイレに行きます、と告げ
教室をあとにした。
絶対、朝食べたジャムだよ…お母さん…
いつのかわからない少し残ったジャムを朝ごはんに出したんだ。
しばらくしてトイレから出た時、廊下に
あの4組の男の子がいて、思わず
わっ!!!!!!!!!!!!
と飛び跳ねて驚いてしまった。
男の子もその私の声に驚いてビクッとした。
「ごめんごめん、びっくりした…」
全身が心臓になった。
「…サボり?」
と男の子が真顔で聞いてきた。
「違う!!サボってない!!」
サボってるわけがない!
「じゃあ…う…」
「うるさい、それ以上言うな」
私は全身の心臓を動かして教室に戻った。
同じ日
「う〇こだろ?」
廊下の掃除をしてる時、男の子が突然背後からそう問いかけた。
なんたる無礼な!
持ってた箒で、男の子をたたいた。
いってぇ、って笑いながら、男の子は去っていった。
気がつくと、廊下ですれ違う度にいたずらし合う仲になっていた。
「オレにバレンタインチョコないの?」
「ありません!」
「オレにも1つちょうだい、余ってるんだろ」
こっそりお道具袋に忍ばせてるチョコレートを覗いてる。
「予備なし!」
冬の厳しい寒さも一瞬で通り過ぎ、春になった。
こんなに1年が早く感じるのははじめて。
そして、この時期
クラス替えが行われた。
あの男の子の名前が、同じクラスに記載されていた。