第二話――悪行観察――
俺、ルヴェスタ。生まれた森があんまりヒマだったから、試しに悪人になってみようと決心した森の妖精サン。
念のため言っておくが、ねばーならんどで鱗粉振りまいてるちみっこを想像しないように。身長185センチ、体重72キロの立派な旅人体型です。だってヒマだから鍛えてたし。二百年も無意味に訓練してれば筋肉だってつくだろう。
ちなみに、生まれた森では身長や体重を計る習慣なんて無かったから、西へ向かう途中にあった人間の宿で食糧を確保した後で計ってみた。
宿にいた人間たちはみんな俺よりも背が低かったから、どうやら身長は高い方らしい。体重がどうかは不明。比較対象がいないのだから仕方ない。
それはそれとして、その日の出来事だが。
話で聞いたときはかなり近く感じた黒妖精の森は意外と遠くにあるようだった。3日や4日の野宿に何の抵抗もないが、道中で宿を見つけたらそこで一晩過ごしたいと思うのはごく普通の感情だと思う。
俺も例に漏れず、そこで休もうと思って斧を担ぎ上げ中に入ると、カウンターに座っていたばーさんが、
「金を出せ」
と言ってきた。ここは悪人らしく、問答無用で殴り倒しても良かったのだが、その日は何故か悪人をしない気分だったので、正直に金は持っていないが寝床と食糧をよこせと言ったところ、奥で笑いこけていたむさ苦しいおっさん達に剣を片手に詰め寄られ、仕方がないので話を聞いてやるハメになってしまった。
「一人で押し入るとはいい度胸だ」だの、
「スカシやがって用心棒舐めんな」
だのとよくわからないことを喚き立てた上、殴りかかって来る奴までいたのだから驚きだ。
金を出せから始まり、たったひとりを複数で取り囲んだ挙げ句に襲いかかる。今にして思えば、あれが世に言う強盗団というものだったのだろう。
俺たち森妖精は肉体的な損傷を理由に滅びることはないが、殴られたり切られたりしたら当然に痛みは感じる。
やられる前にやってしまおうかとも考えたが、男たちは一斉に走り寄って来ると、なぜか全員持っていた武器を差し出して来たのだ。幾分勢いが良すぎて危うく怪我をするところだったが、その日の俺は悪人をする気分ではなかったので、親切はありがたくいただいておく事にし、文句は言わずに受け取った。
しかしこれは、食糧ではなく武器をやるから帰れということなのだろうか、と悩んでいたら、
「相手が悪すぎる」
「逃げるぞ!」
と口々に騒ぎ立てて、中にいた人間たちを囲むようにして走り去っていったので、手元に残った8人分の武器を適当に放り投げて食糧確保と身体測定に向かったわけだ。
それから2日、寝ずに歩き続けた所に、俺の最初の目的地である黒妖精の森はあった。
噂によると、黒妖精というのは非常に残虐な性質で、混乱や争いを好むという、俺のいた森の連中とは正反対の種族だそうだ。きっと俺にも悪人の何たるかが分かる筈だ。
実のところ、俺は悪人というのがどのようなものなのか、よくわかっていないのだ。生まれた森の連中が善人なのはよく分かる。善人の対義語が悪人であろうとは予想している。しかし、具体的にどんな行動を以て悪人と呼ぶのかはわからない。
だから俺は、あの森の妖精と正反対の性質を持つという黒妖精の日常を垣間見るべく、ここまでやって来たのである。全ては、俺の悪行に戦々恐々とする街の様相を拝むために!
森に足を踏み入れると、途端、住人たちの視線が突き刺さるように向けられた。なるほど、確かに俺がいた森とは大分雰囲気が違っている。
相手が困っていない時にさえ手を差し伸べるあの性質を善意と呼ぶのなら、単に足を踏み入れただけの俺に向けられるこの刺々しい空気を悪意と呼ぶのだろうか。
うん、新鮮だ。
だが、これからどうしたものだろうか。正直、自分がここまで目立ってしまうとは思っていなかったので、黒妖精の日常をこっそり覗き見る程度のつもりでいたが、この様子ではそれも難しそうだ。
どうやって悪行を目にしたものか、と一人でしばらく考え込んでいたが、急にピンと閃いた。
何も隣で見ている必要はどこにもないのだ。ようは悪人のなんたるかが分かれば満足なのだから、その悪行というのを自分で身に受けてみるのが手っ取り早いではないか。
幸か不幸か、俺は滅多なことでは死んでしまうこともないし、この際多少痛い思いをするのも経験というものだ。
決心がついてしまえば、無意識の緊張感も緩み、周囲の様子を観察する余裕もできた。
どこを向いても黒髪、黒髪、黒髪で、こちらを見据えている瞳も驚く程に黒い。これは黒妖精の名前からも予想がついていたが、不思議なのは誰も彼もが男性であることだった。
もといた森では髪や瞳の色は様々で、実に色とりどりだったし、男性も女性も同様に沢山いた。
それは人間も同じだったので、他の妖精たちもそうだと思い込んでいたが、違っているのだろうか。
誰かを呼び止めて尋ねてみようかと思った瞬間、背後から不穏な気配がした。
驚いて距離を取りながら振り向くと、見覚えのない男が剣を握ってにやにやとこちらを伺っている。
「お前、世界樹がある森の妖精か?」
問われた内容を頭の中で反芻し、ゆっくりと頷くと、男は握っていた剣を鞘に納めながら更に言った。
「木の実や草の実を食うか、枯れた木を割るか、歌を歌うかしかしない種族だっていうのはマジか?」
俺は再び頷く。
その瞬間、周りで俺と正面の男のやりとりを見守っていた男たちが一斉に群がってきた。
この前から男に群がられてばかりのような気がしたが、前回のむさ苦しいおっさん達と違って今回は男の俺から見ても容姿が整った男ばかりだったので、若干状況が違っている気もする。
ともかく、今日は何をされても抵抗はしないことにしようと心に誓って、状況を把握することに専念するが、ここの連中はどうしてこんなにデカいのだろうか。
俺は決して小さくはない。ないはずだ。実際、もといた森や途中で立ち寄った宿では自分よりも長身なヤツには会ったことが無かった。
もちろん、この世の中で自分が一番長身だとは思っていないが、自分を取り囲む男全てが俺より頭一つ分背が高いのだから驚くばかりだ。
しかし、一体何の用なのだろうか。にやにやとあまり善意を感じない笑みを浮かべているが、武器を持っているヤツは一人としていないところをみると、少なくとも怪我をする心配は無さそうだ。
「俺に群がって、一体何の用なんだ」
焦れて尋ねると、初めに俺に話しかけてきた男が答える。
「あの森のヤツらは自分の森から出ることが殆どねえから珍しいのさ。しかもお前、オレらや北の白妖精とならんでも見劣りしねえ顔してやがる。オレがいらねえって言ったら貰えるかもしれねえと思って品定め中さ」
……前半は分かった。俺にとって黒妖精が珍しいのと同じで、この森の連中も俺が珍しいという事だ。だが後半がイマイチよくわからない。いらないかもしれないから品定め?
「俺が貰われるのか? こんなデカいの捕まえてまさか人間の真似をして子育てごっこじゃないだろうな?」
俺にとっては素朴な疑問だったのだが、どうやら非常に的外れな発言だったらしい。全員でひとしきり笑ったあと、これじゃあ期待するだけ無駄だと言って去っていった。後に残ったのは結局、初めから話している彼だけだ。
「まあ、人間の真似には違いねぇな。オレたち妖精には本来なら必要ないことだけどな、やってみると楽しいぜえ?」
「だから、何をするんだ」
頭の中を疑問符が駆け巡っている俺を知ってか知らずか、黒妖精は終始にやにやと笑い続けて言った。
「子作りごっこさ」
2話投稿です。やっと二人目の人物が登場したところで、次は大人向けです。