最終話 月がきれいですね②
わたしは、バルベの塔へとたどり着いた。ここが、わたしの唯一の希望だ。
向こうの世界では、この塔はもうこの美しい形を保っていなかった。
今はその美しい姿を、さらに雪化粧で着飾っている。
わたしは、塔下に立ち祈った。
それはとてもシンプルな祈りだった。
「神さま、お願いします。彼と会わせてください」
向こうの世界に行ってしまった時、わたしは居場所が欲しいと祈った。誰かに愛されたかった。必要とされたかった。それが、神さまに通じたんだと思う。
だから、わたしはもう一度祈るのだった。
わたしはただ、彼ともう一度、会いたかった。
会って素直になりたかった。別れた時のけんかを謝って、またふたりの時間を前に進ませたかった。
「わたしに夢を見せたんだから、その続きを見せてください」
わたしはさらに祈り続けた。
心残りはいくつもある。
彼に正直になれなかったこと……
彼に自分の気持ちをちゃんと伝えられなかったこと……
彼の気持ちをちゃんと聞くことができなかったこと……
彼にもっと料理を作ってあげたかったこと……
もっと同じ時間を共有したかったこと……
どうしようもなく、どうしようもなく、どうしようもなく
わたしは彼を愛していた。
アイザック氏は言った。わたしが未来世界の秩序を壊してしまう恐れがあると。
でも、世界の秩序なんて知ったことじゃない。
一度、機械によって壊れた秩序を、機械によって維持している歪んだ世界の秩序なんて知ったことじゃない。そんな世界なんて壊れた方がいい。好きなひとと一緒にいることができない世界なんて、それは世界のほうが間違っている。
わたしは最低のワガママを言っているのかもしれない。世界に混乱を生むだけの存在かもしれない。
それでも、
彼と一緒なら、どんな世界の果てにいっても大丈夫だと思っている。
むしろ、
彼とならどこまでも一緒に行きたいのだ。
世界を敵に回しても。
こんな大きな事態に巻き込まれていても、わたしを動かすのは単純な衝動だった。
“大好きなひとと会いたい”
それなら、わたしは世界を破壊する悪魔にだってなれる。
目からは涙がでてきた。
凍てつく空気は、それさえも凍り付かせようとする。
降り積もる雪は少しずつ地面を覆っていく。
わたしはそこで何分も何分も立ち尽くしていた。
そして…………。




