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第84話 思い出②

 わたしが隠し撮りした写真と、別荘で撮ったツーショット。

 なぜだかよくわからないけど、彼と一緒に撮った写真はデータの中では存在していて。彼が実在していたことを証明し続けていた。


「……」

 写真の中での彼は笑っていた。最後に見た彼の顔は、とても悲しい顔をしていたに違いない。罪悪感が沸々と湧き上がってくる。どうして、あんなことを言ってしまったんだ。どうして、あんな不器用な告白しかできなかったのか。どうして、素直になれなかったのか。どうして、彼のことをもっと尊重してあげられなかったのだ。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。


 ひたすら、心の中でわたしは自分を責め続けた。永遠と続く苦行。居場所を求めていたはずなのに、自分からその居場所を壊してしまった。本当にわたしは馬鹿な女だ。


 ふと、時計を見る。こちらの世界に帰ってきてから、3時間。アイザック氏の説で言えば、向こうの世界では3カ月が経過しているはずだ。このまま、わたしは時空の壁に阻まれて、どんどん遠ざかってしまう。こんな悲劇のヒロインになるために、むこうにいったわけではないのに。


 このまま、なにもしなければ、わたしは数週間で彼に会えなくなってしまうだろう。彼に素直になることもなく、時間という重石に押しつぶされてしまう運命が待ち構えている。残酷な運命。こんなものを用意する神様なんていなくなってしまえばいいのに……。


 ひとりでいると心が押しつぶされてしまいそうになる。

 だれかに話しかけたかった。

 わたしはいつの間にか電話をかけていた。

「どうしたの? 綾? こんな時間に」

 電話に出た彼女の声は、いつものように優しく柔らかだった。

「あっお母さん。ごめんね。こんな時間に……」

 わたしは母に電話をかけていた。


「なにかあったんでしょ」

 母はなんでもお見通しだった。

「そう。あんまりいいニュースじゃないんだけどね」

 わたしは、安心したのだろう。淡々と話し始めることができた。


「実は」

「会社辞めちゃった?」

 お母さんは、わたしが言おうとしていたことを先に言ってしまった。どうしてわかるのだろうか。

「…………」

「あれ、もしかして?」

「…………」

「ほんとうに?」

「うん」

「まあまあ」

 気が抜けた明るい声だった。お母さんはいつもこうだ。大雑把というか、快活というか。なのに、大事なことはすぐわかってしまう。

「あんまり、気にしないでいいわよ。仕事なんていっぱいあるし。しばらく、ゆっくりしなさい」

「いいの?」

「いいわよ。忙しくて、あんまり遊んでないんでしょ。せっかくなら旅行でも行ってきなさい。お土産よろしくね」

 もう、このひとは……。大好きな母だ。

「ありがとう。お母さん。大好き」

「もうなによ。急に気持ち悪いわね。お父さんにはうまく言っておくから、楽しんでくるのよ」

「ありがとう。お母さん。ちょっと遠出してくるね」

「いってらっしゃい」

 母は朗らかに笑っていた。

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