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第83話 思い出

 ひとりだけで、ベットに延々と考え事をして過ごした。

 たまに、夜空を見上げる。

 思いだすことは、彼のことばかりだった。

「仕事も無くなったばかりなのに、どうして彼のことばかり考えてしまうのだろう?」

 貯金は結構ある。失業保険ももらえるだろうから、しばらくは大丈夫だろうけど……。

 考えなくてはいけないことは山ほどあるのに、わたしの心の中にあるのはひとつだけだった。


「夢なら、覚めないで欲しかった」

 わたしはふてくされたようにそうつぶやく。

 さっきまでは横にいてくれた人は、もういないのだ。


 わたしはひとりで、夢のなかでの思い出を思いだす。

 空から降ってきた時のこと。宰相さんから突拍子もない提案。王様と村長さんとの決闘。フードの男の襲来。湖での最低のプロポーズ。ドタバタの挙式。不意のキス。パレード。彼のために作ってあげた料理の数々。海でのバカンス……。

 夢なのに、すべてはっきり思い浮かべることができた。まだ、目がさめたばかりだからだろうか。もしかしたら、これは少しずつ失われていってしまうのかもしれない。

 それを考えるだけで、胸が苦しかった。

 彼との思い出が、もう手にはいらないのかもしれない。そんなことを考えたくはなかったけど……。


 わたしは、どうしようもなく彼のことが好きだったんだと思う。

 わかっていたつもりだったのだけど、本当はわかっていなかった。もう少しだけでも、彼と一緒にいたかった。もう少しだけでも、彼と手を握りたかった。もう少しだけでも……。

 そんな叶わない願いが、ポンポンと出てきてしまう。

 なんとバカだったのだろう。あんな幸せな環境にいたはずだったのに……。わたしはそれを壊してしまった。


 彼のにおいが欲しかった。温もりを感じたかった。

 もしかして……


 わたしは、ひとつの可能性にかける。鞄に入っているスマホを取りだす。

 画面が割れてしまったスマホを、パソコンに繋いで、中のデータを確認する。

 そして、


「あった」

 奇跡はそこに起きていた。あの出来事が、彼という存在が。夢ではなかったという証拠が……。

 わたしは、泣き出す。視界はもうにじんでいて、なにも見えなかった。


 たった2枚だけでも、データの中に彼は存在した。

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