第８２話 帰還
「ここは……」
目がさめた時、わたしは見知らぬ場所にいた。白いベットに、薬品の香り。まるで、病院みたいだ。そんな風に思った。まさか、そんなわけがない。わたしは、その考えを否定する。
「大丈夫ですか」
白衣を着た女性がそう聞いてきた。
「ここはどこですか？」
「ここは病院ですよ。あなたは、駅で急に倒れて、ここに運ばれたんです」
びょういん？ 魔大陸じゃないのか。王様はどこにいってしまったのだろう。わたしは必死に現実逃避した。
「いま、何日で何時ですか？」
「２４日の午後８時ですよ」
わたしがリストラになった日付だった。
わたしは、帰ってきてしまったんだ……。否定したかった事実を認めなくてはいけない。
大好きなひととあんな最低の別れ方をしてしまったということとともに。
血の気がひくような音がする。
「検査の結果、とくに異状はありませんでした。過労による貧血だと思われます」
彼女は淡々とわたしの病状を説明してくれる。
「そうですか」
生返事を返すだけだった。
「念のため、一晩ここに泊まって様子をみたほうが……」
看護師さんはそう言った。
「大丈夫です」
「でも……」
「大丈夫です。お願いしますから、帰らせてください」
わたしは力強く帰宅する旨を伝えた。ひとりだけになりたかった。
その後、医師に生活上の注意などを説明されて、様子をみて通院するように言われた。詳しく説明を受けたはずなんだけど、その説明はほとんど頭には残らなかった。
そして、わたしは自分の部屋に４時間と４カ月ぶりに帰還した。
向こうの世界に持っていってしまった鞄はわたしとともに病院に来ていた。中には財布、スマホ、家の鍵……。すべてが無事に入っていた。
自分の部屋なのに、まるでそんな感じはしなかった。むこうの世界に慣れてしまったのだろうか。
ベットに寝転がる。そのベットは、王様と寝ていたそれとは違う。
ふたりで寝られるほど大きくなく、そして、隣にいて欲しいひとがそこにはいなかった。
もしかしたら、夢を見ていたのかもしれない。リストラされて、ストレスが高まったことによる脳の幻覚。自分の居場所が欲しくて、作り出してしまった悲しい幻覚だったのかもしれない。考えれば考えるほど、おかしくなってしまうような感覚になる。
あの４カ月は、神さまがわたしにくれた優しい休日だったのだろうか。
窓から夜空を見る。こっちの世界では、空は冴えていて、大きな月がわたしを照らし続けてくれていた。
彼と向こうで、同じ月を見ていたことを思いだす。
それを思い出すだけで、心が締め付けられる。
「もう一度だけ、王様に会いたい」
さっき、彼に最低のことを言ってしまった口がそう言った。
都合が良すぎる。自己嫌悪だ。
でも、それでも
わたしは彼に会いたかった。
