第81話 パンドラの箱
わたしたちは、用意された個室におもむく。ふたりの足取りはとても重かった。広間から部屋まで、沈痛な顔を崩せない。
部屋の前では、師団長さんが待っていてくれた。たぶん、心配してくれていたんだと思う。
「両陛下。お待ちしておりました」
彼女はそう言って、表情を崩した。安心したのだろう。彼女の顔をみていると、少しだけ苦しくなってしまう。
「ありがとう。無事に終わりましたよ」
王様は、そう言った。疲れているので、今日は休みますと話して、ふたりで部屋に入る。
彼女は心配そうな顔をしていた。わたしたちの表情が暗かったからだろう。
部屋の中では、重苦しい雰囲気が続いている。
部屋の窓から夜空を見上げても、曇っているせいか月も星もみえなかった。真っ暗な夜空だった。
「カツラギさん、今日は疲れましたね。早く寝ましょう」
彼はそう気遣ってくれた。本当に優しい人だ。わたしにも、ほかのだれかにも……。
だからこそ、不安になる。彼にとって、わたしは単なる契約結婚の相手にすぎないんじゃないのか。重荷になっているだけなのではないか。彼を支えるのは、わたし以外の誰かのほうが適任ではないんだろうか。元の世界に居場所をなくして、流浪してきた自分でじゃなくて、もっと立派な彼女のほうが……
わたしは、あえてパンドラの箱を開けた。こんなに苦しいなら、もうどうなってもいい。自暴自棄ともいえる心境で、解き放たれた言葉が暴走する。
「陛下、わたしはあなたにとって何なんですか?」
彼を困らせるとわかっている。それをあえて彼にぶつけるのだ。最低だ。
「えっ……」
彼は驚き言葉を失う。この言葉は、今の居心地がよい関係を破綻させる悪魔の言葉だった。
「わたしは、あなたにとってなんなんですか。妻ですか? 恋人ですか? 友達ですか? それとも、契約相手ですか?」
言葉の勢いが止まらなくなる。それ以上は駄目だとわかっていても、波は止まらなかった。
「カツラギさん、さっきの話に動揺しているんですね。深く考えすぎてはいけませんよ」
彼はそれでも優しさをわたしにふりかけてくれる。
それはとてもありがたかった。
でも、、、、
でも、、
でも
「ごまかさないでよ」
大声で怒鳴ってしまった。わたしは苦しかったのだ。彼に八つ当たりをしているのかもしれない。
「もう、苦しいんですよ。こんな関係」
ダメだ。ダメだ。ダメだ。これ以上はいけない。なんども頭はわたしを抑えようとしている。
「意味が分からないんですよ。こんな不安定な関係」
「……」
彼は黙って聞いている。理不尽なことを言われているのに。
「わたしは、あなたのことが好きなのに……。あなたはわたしに気持ちすら教えてくれない。聞いてもいけない」
「カツラギさん……。落ち着いて」
「あなたは、わたしに一度も“好き”だって言ってくれないじゃないですか」
今まで気づかないようにしていたことを言ってしまった。もう、後戻りはできない。
いつの間にか、顔はクシャクシャに濡れていた。たぶん、ひどい顔をしている。
近くにあったスマホを思いっきり握りしめた。
「もう終わりにしたいんです」
そう言い終わると、わたしの意識は少しずつ暗黒に包まれていった。
彼がどんな顔をしていたか、視界が滲んでよくわからなかった。




