第67話 料理
結局、お忍びのお買い物は、無事に終わった。
少しドキドキしたけど、心配することもなかった。
あの後の流れは……
ご想像にお任せします。
ただ、王様の顔がトマトのように真っ赤になっていたということだけは書いておこうと思う。
「さて、準備をしますか」
わたしは気分を変えるために、そう言った。
別荘のコック長さんが手伝いをしてくれることになっている。
王様と村長さんは、夕食まで仲良く魚釣りに行ってもらった。
「いやだー。綾ちゃんとデートするんだー」
とひとりだだをこねていたが……。
買ってきたマグロの切り身から準備をする。
村長さんからもらったしょう油と生姜、日本酒は飲んでしまったので代わりのワイン、高級な砂糖の代用ではちみつを使うことにした。
さすがに、異世界なので、日本と同じ材料を集めるのは苦労する。
鍋に水と調味料を入れて、沸騰させる。
懐かしい香りだ。
まだ、離れて4カ月くらいだけど、このにおいを嗅ぐだけでとても嬉しくなる。
「もう、食べられないかもって思っていたのにな……」
感慨深くわたしはそうつぶやく。
「やはり、故郷の味は格物ですよね」
イカの下準備をしてくれていたコック長さんに聞かれていたようだ。
「すいません。つい、懐かしくなってしまって」
いえいえと笑いながら、コック長さんはイカのはらわたを取ってもらった。
「ありがとうございます。ちょっと、下準備が苦手で……」
料理は好きなんだけど、魚などを捌くのがどうも得意ではない。
「わかります。わたしも慣れるまでに、かなり時間がかかりました」
そう言ってふたりで笑いあった。
コック長さんは、見慣れぬ料理に目が輝いている。
下準備が終わると、わたしの横に立って、一々感激している。
マグロの煮つけをだいたい作り終えて、わたしはイカの煮物の準備を始める。
煮物ばかりで、茶色い食卓になってしまったなと少しだけ後悔した。
しょう油と再会できたよろこびで、ハイテンションになってしまい大事なことを忘れていた。
「こんなんじゃ、SNSで女子力が足りないって言われちゃうよ」
そう言って、フフっと笑いだす。
まるで、中学生が好きなひとのために、初めてお弁当を作っているみたいにわたしは浮かれていた。
「王妃様、とても美味しいですよ」
手伝ってもらったコック長さんに味見をしてもらった。
「この味付けが、米に抜群に合いますね」
また、日本食のファンを増やしてしまった。
異世界人だけど……。
「でも、よかった」
「なにがですか?」
「料理を作っている間、王妃様がとても楽しそうだったので」
「そうですか?」
「ええ、そりゃあ、もう」
「恥ずかしいですね」
照れ隠しで、笑ってごまかした。
「本当に陛下のことが好きなんだなと見ていて、わかりました」
いきなり、突っ込まれた爆弾に、わたしはむせる。
「そして、こんなに優しい味です。王妃様が、陛下をどう思っているかなんて、簡単にわかります。味は嘘をつきません」
恥ずかしくなって顔が赤くなる。
市場で王様をからかったから、その天罰かもしれない。
でも、もう嘘はつけなかった。
つきたくもなかった。
「はい、正解です。わたしは彼のことが大好きです」




