第5話 はじまり
あらためて、わたしは自己紹介をはじめる。
「わたしは、葛城綾といいます。28歳です。日本という国に住んでいました。そこで建築関係の仕事をしていました」
「女性なのに、建築関係ですか。それはすごい」
王様は感嘆の声をあげる。
「主に、設計など力が必要ではない部門でしたので……」
わたしはそう説明した。詳しい話は、世界が違うのであまりしないほうがいいだろう。
「なるほど。それでどうして、空から? 」
宰相は誰もが思う疑問を突き付けた。わたしはワインを一口飲み答える。
「わたしにもよくわからないのです。仕事が終わった後、帰宅途中にいきなり気を失ってしまって」
「気がついたら、空にいたと? 」
王様は的確に話を理解してくれる。
「そうです。そして、今に至ります。だから、わたしは女神なんかじゃないんです。単なる人間なんです」
「そうでしたか……」
「もしかすると、あの雨ごいの魔法が、こことは違う別世界に干渉して、カツラギ様をこちらに連れてきてしまったのかもしれませんね」
「雨ごいの魔法?」
「昨日は、豊作を願う祭りが開かれていまして、そこで王であるわたしが、王家のみに伝わる秘術、雨ごいの魔法を使ったのです」
「雨ごいの魔法は、世界の理を簡単に捻じ曲げてしまうほど、強力な魔法です。わが国でも、年に1度の豊作祭の時にしか使用は許可されていないものなのです」
兄弟は続けて、答えてくれた。
「では、その魔法の影響で、わたしは別の世界に召喚されてしまったということですか」
「おそらく」
王は神妙な顔でそう答えた。
「もとの世界に戻る手段は? 」
ふたりは首を横に振る。
「そう、ですか……」
死にたいと思っていたほど、嫌いな世界だった。でも、もう戻れないと思うと、どうしようもなく寂しい。見知らぬ世界で、わたしはどうなってしまうのだろうか。
不安で胸が押しつぶされそうになる。
「わたしはこのあとどうすれば……」
思わず、不安が口から出てしまった。
「大変申し訳ございません」
王様が謝ってくれる。彼に非がないのはわかっている。
「そんな。事故みたいなものですし……」
わたしはあわててフォローしようとするが、言葉がでてこなかった。
「われわれで、できる限りのことはさせていただきます」
王様はそう言ってくれた。その言葉がとても嬉しかった。向こうの世界ではもうわたしは必要とされていない。そんなわたしに彼は親身に寄り添ってくれる。
「であれば、兄さん。そして、カツラギ様。おふたりが結婚なさってはいかがでしょう? 」
宰相さんは予想の斜め上の提案をしてきた。ただ、ここからわたしたちの運命ははじまったのだ。